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第19話: 次男レオン、士官を目指す! 火属性の兄の選択

兄レオンは、火の気配をまとっている。そんな言い方が一番しっくりくる。

夕暮れ、畑の端で木の枝を振るうと、空気が少しだけ乾いて、ぱきんと割れるような音がした。

俺は三歳になったばかり。まだ背は低いけれど、胸の奥で回す小さな輪(循環)は、最近だいぶ安定してきた。


「兄さん、息を先に整えて」


俺が手を胸に当てると、レオンは素直に真似をして、ふーっと長く吐く。


「こうか?」


「うん。吐いてから、肩じゃなくてみぞおちで吸う。そこでちょっと止めて、手のひらに集めるイメージ」


レオンの掌の“穴”(末端の魔孔)が、ちかっと光った気がした。俺にしか分からない微かな震え。


「……お。いま、来たかも!」


兄の目がきらりと光る。木の枝先で、乾いた風がもう一度ぱきっと鳴った。


この“効率の上げ方”を兄に伝えるのは、これで何度目だろう。

素直に試して、素直に喜んで、素直にまた失敗する。

レオンは、そういうやつだ。火みたいに真っ直ぐで、消えかけてもすぐにまた燃える。


畑の真ん中では、長兄カイルが鍬を振っていた。

十歳の鑑定で「農夫」に転じ、体力強化を授かってから、背中がさらに大きく見える。

父ゲイルは「よしよし」と頷き、母リーナは洗い桶の前で歌を口ずさみ、夕餉の支度を進めている。


その日の空は高く、赤かった。

レオンがぽつりと言った。


「俺、さ。士官を目指すこと今日父さんに言うよ」


風が止まった気がして、俺は兄の横顔を見上げた。


「し、かん?」


「兵隊じゃない。ちゃんと上に行くやつ。街の隊に入って、もっと先へ」


言葉の端に、火花が散ったような熱があった。


「次男は家を支えるか、家を出るか、だろ?」


レオンは笑って肩をすくめる。


「家を継ぐのはカイル兄ちゃんがもう立派にやってる。じゃあ俺は、外に出る。ずっと思ってたけど、最近は確信に変わった」


確信。

兄の掌で、末端の魔孔がまた微かに震えた。

俺はうなずいた。「どうして?」


レオンは空を指差した。


「火はさ、外で役に立つ。村でも役に立つけど、戦が来たら、俺らみたいな火は前に出て、でかい声で道を開けって言われる。兵隊にすることを考える属性だって、村の狩人も言ってたろ」


収穫のあと、狩人たちが囲炉裏端で話していた。「火の子は戦に強い。領都じゃ喜ばれるぞ」


その時の、半分誇りで半分心配そうな大人の声が、耳に残っている。


「それに、士官になるには基礎がいる。体の動かし方、魔力の使い方、ぜんぶ筋道立てて鍛える。

セレンの言ってた“効率”ってやつ、俺には合ってる。やれば、ちゃんと伸びるのが分かるんだ」


兄は自分の胸を軽く叩いた。


「だから、いまのうちから、狙いを決めて走る。遠回りしたくない」


三歳の俺には、兄の言葉すべてを理解できたわけじゃない。

でも、胸の輪がふるっと震えて、「この決意は本物だ」と告げてきた。


「父さんに?」


「言う。今夜、ちゃんと」


日が落ちる。

囲炉裏の橙が、土間の影を揺らす。

ご飯をたいらげて、湯気の向こうで父がひと息ついたとき、レオンは椀を置いて、背筋を伸ばした。


「父さん。俺、士官を目指したい」


鍬の柄みたいに太い沈黙が、土間に立った。

母は手を止め、カイルは視線を上げる。

父ゲイルは、いつもの豪快さをしまい込み、ゆっくりと息を吐いた。


「……次男は、長男を助けるか、外へ出るか」


父は昔からの言い回しを、ひと文字ずつ噛むように言った。


「お前は外を選ぶってことだな」


レオンは頷いた。「うん」


「士官は、ただ兵隊になるよりも骨が折れるぞ」


父の声は低いが、荒くはない。


「字もいる、計算もいる。命令するには、まず自分が折れない体がいる。……金も、いる」


母が小さく息を呑む。

父は続けた。


「だが、火の子は通りやすい。前に出て道をこじ開ける属性だ。

村として推薦を出すことも、できなくはない。……ただし、覚悟はいる」


レオンは迷いなく言った。「ある」


母リーナは、唇を噛んでから笑った。


「……だったら、せいぜい食べて、せいぜい寝なさい。倒れたら終わりよ」


目だけが少し潤んでいる。

父はうんと頷いて、いつもの大きな手でレオンの肩を叩いた。


「なら、やることは決まってる。明日からも畑と薪と走り。文字は村長に頼んで読み書き。魔力は―」

父の視線が俺に落ちて、にやりと笑った。


「セレンの“わけのわからん効率”ってやつを、もう少し教えてもらえ」


俺は胸を張って、こくりと頷く。

母がくすりと笑い、カイルが「頼む」と短く言った。その声は、土と同じ重さを持っていた。


それからのレオンは、さらに火を強くした。

朝は畑で体を作り、昼の合間に走り、夕方に木剣を振る。

夜は囲炉裏の前で、俺と並んで呼吸を合わせる。


「吐いて―止めて―集めて―」


「掌から、じゃなくて、肘の“節”も通して。関節のとこ、魔力が引っかかる」


「肘、ここか? あ、流れが軽くなった!」


循環の魔孔(関節の“節”)を通すと、末端の魔孔まで力が抜ける。

そのたびに兄の動きは無駄が削がれ、火花の“鳴り”が一音ずつ澄んでいった。


ある日、村の通りで小競り合いがあった。

年上の子が年下の腕をねじり、泣き声が上がる。

レオンが駆け寄ろうとした瞬間、先に飛び込んだ影があった。

木剣を構えたアルトだ。村長の孫。まだ小さいのに、姿勢が崩れない。


「やめろ」

短い声。

押し合いはすぐ萎えた。年上の子も鼻をすすって引き下がる。

レオンは苦笑して頭をかいた。「出遅れた」

アルトは木剣を肩に担いで、こちらをちらりと見た。「……火の兄ちゃん、走るの速ぇな」

レオンが笑い、拳を小さく合わせた。

俺はその光景を見ながら思う。

(やっぱり、剣の家の子だな。)


夜。

祭りの太鼓の稽古が、遠くでどん、どん、と鳴っている。

音に合わせて胸の輪が勝手に回り、魔力が小さく波打つ。

俺は隣の兄の息を数えた。吐いて、止めて、吸って。

掌に、火があるみたいに温かい。


「……セレン」


レオンが横目で笑う。


「お前の言う“効率”、最初はわけが分からなかったけどさ。なんか、道が見えるんだ。努力したら、ちゃんと届く道が」


「うん」


「俺、怖くなくなった。士官になるの、怖かったけど。……今は、楽しみのほうが勝ってる」


胸が熱くなる。


「兄さん、絶対なれるよ」


俺は小さな手で、兄の掌の下、末端の魔孔の上に自分の指をそっと置いた。


「ここ、ちゃんと開くようになってる。前より、ずっと」


レオンは真面目な顔で頷いた。


「じゃあ、走る。明日も、明後日も。十になったら鑑定を受けて、火の道で認められて、村の推薦をもらって街へ行く」


言葉が、火打石みたいに軽く弾ける。


「俺は士官を目指す。……家を出るけど、家のために戦う。

カイル兄ちゃんの畑を守るために。母さんの歌を守るために。父さんの笑い声を、消さないために」


俺はうんうんとうなずきながら、胸の奥で輪を回した。

音と一緒に、家族の気配が巡る。

火と土と、歌の匂い。


(俺も急がなきゃ)


レオンが走るなら、俺は俺の道で追いかける。

効率を上げ、魔孔を整え、誰かを支える道を。


太鼓が、遠くでひときわ強く鳴った。

レオンは立ち上がり、夜の空気を胸いっぱいに吸い込む。


「もう一走り、行ってくる」


「いってらっしゃい」


俺は布団の上で小さく手を振った。兄の背が暗がりへと消えていく。

その足音は、村の外へ一直線に伸びる道の音に、たしかに重なっていた。

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