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第18話: 木剣の少年、アルト

夕暮れ時、村の道は朱に染まっていた。

藁葺き屋根の家々からは夕餉の匂いが漂い、どこか懐かしい、土と煙の混じった温かい匂いが胸をくすぐる。

だが、その温かさとは裏腹に、俺の耳には冷たい声が届いていた。


「……あの子が、セレンか」

「簡易判定で反応がなかったって聞いたぞ」

「外れ子、かもな」

「働き手になれば十分だろう」

「……いや、不吉じゃなきゃいいがな」


笑い声ではなかった。

けれど、そこに混じるのは、落胆と恐れ。


(外れ子、、不吉、、俺が?)


胸の奥に、じわりと棘のような重さが広がっていく。

涙も声も出ない。ただ、大人の意識を持つ俺だからこそ、その空気の冷たさをはっきり感じ取ってしまった。



その夜。

囲炉裏の火が小さく揺れる頃、薬草の束を背負ったマルタ婆がやってきた。


「リーナ、ゲイル。薬草を分けに来たよ。冷えると咳をする子が増えるからね」


白髪を頭巾で押さえ、腰は曲がっているが、眼光は若者より鋭い。

母リーナは嬉しそうに迎え入れた。


「いつもありがとうございます、マルタ婆」


囲炉裏の前に腰を下ろしたマルタ婆は、俺を抱く母に視線を落とした。


「村長に聞いたよ。セレンは簡易判定で“四大属性なし”と出たんだろう? それでも魔力はあるんだってね」


父ゲイルが眉をひそめる。


「婆さん、あまり外で口にしてくれるな。話が独り歩きする」


「隠せば余計に怪しまれるさ」


マルタ婆は苦く笑い、煙管を火にかざした。


「昔から伝わっておる。記録にない属性を持った子は“不吉”と恐れられた、とな」


母が顔をこわばらせる。

「……不吉なんて、そんな!」


マルタ婆はため息をつき、しかし声を落ち着けて続けた。


「わしは悪く言っているんじゃない。人は“分からないもの”を怖がる。怖れはやがて、冷たい視線になる。毒も薬も、境目は紙一重。どう積み重ねるかで、人を救いもすれば、傷つけもする」


父は腕を組み、炎を見つめながら言った。


「四大に当てはまらぬ力など、この村では前例がない。だがもし、、貴族の家系に稀に出る“特別な属性”ならば」


母は即座に首を横に振り、俺を抱きしめる。


「セレンは、不吉なんかじゃない。私達にとって今でも十分に特別な存在よ。」


マルタ婆は細めた目をさらに細めてうなずいた。


「だからこそ積み重ねだ。今日の一歩を、明日の二歩に。間違えば毒、続ければ薬。忘れるんじゃないよ」


不吉。

その言葉は棘のように胸に刺さる。

けれど同時に、母の「特別」という声が、温かな灯火のように胸を支えていた。


数日後の夕暮れ。

兄レオンが村道で掌の炎に集中していた。


「今日こそ、火を長持ちさせる!」


俺は胸の循環をそっと重ねる。呼吸ひとつ、鼓動ひとつ。

俺の流れをレオンの手元へ添えるように意識すると、炎はふるふると揺れを収め、芯が見えるほどに安定した。


「やった! セレンと一緒だと本当に長持ちする!」


レオンが俺の頭をわしゃわしゃ撫でる。くすぐったい。けれど誇らしい。


その時だった。


「返せ! 俺が拾ったんだ!」


「嘘つけ、先に見つけたのは俺だ!」


少し先の丁字路で、子どもたちが地面でもつれ合っていた。

手の中で光る小石が、夕陽を弾き返してきらりと光る。

青白く、角度で色が変わる、不思議な石。


レオンが眉をひそめ、「おい、やめろって」と駆け出そうとした瞬間―


「そこまでだ!」


風を切るような澄んだ声。

黒髪の少年が砂を蹴って飛び込んだ。手には木剣。構えは無駄がなく、美しかった。


「ケンカして壊すくらいなら、俺が預かる」


少年は光る石を拾い上げ、子どもたちの間に立った。

その眼差しは真っ直ぐで、子どもたちは文句を言いながらも後ずさる。


「どうしても欲しいなら、明日一緒に取りに来い。見つけた方のものじゃない。“みんなの宝”にするんだ」


「ちぇっ」

「でも、、アルトに怒られるのは嫌だ」


子どもたちは泥だらけのまましぶしぶ去っていった。


木剣を担いだその少年は石を光に透かし、口元を引き締めた。


「こういうのは、みんなで守るのが一番だ」


レオンが目を輝かせる。


「すげぇ! 今の動き、本物の剣士みたいだったぞ!」


少年は振り返り、俺たちを見て軽く笑った。


「俺はアルト。村長の孫だ。見苦しいとこを見せたな」


「見苦しくなんかない!」とレオン。

「格好よかった! 本当に剣士みたいだ!」


アルトは肩をすくめる。


「まだまだだよ。じいちゃんに鍛えられてるだけさ。でも俺は決めてる。いつかこの村を守る剣士になる。それが俺の夢だ」


迷いのない声。

その言葉は、夕暮れの空気をまっすぐ貫いて、俺の胸に響いた。


(守る)


胸の内側で、温かな流れが震えた。


レオンが拳を握りしめる。


「すげぇ夢だな! 俺もこの村を守る兵士になるため士官することを目指してる!」


アルトは俺に視線を向ける。


「お前は? セレンだろ。みんなが“外れ子”だなんだって言ってるが、お前はどうしたい?」


その瞬間、通りの向こうで誰かがひそひそと囁いた。


「外れ子、そもそも不吉じゃなきゃいいけどな」


アルトは真剣な眼差しで俺を見た。


「セレン。人に何を言われても関係ない。自分で決めろ。自分で歩け。俺はそうしてる」


胸の奥で、マルタ婆の言葉がまだ重く響いていた。

“記録にない属性は、不吉”

村人たちの冷たい視線。背後から刺さる、見えない棘。


けれど、それ以上に強く残っているのは、母の涙声。


「この子は特別」


兄たちの顔。


「弟を笑うな!」


俺は、小さな拳をぎゅっと握った。

逃げないために。


そして、声にした。

「俺は、証明する」

「俺自身の存在を、母や兄の正しさを」


アルトの眼差しが真っ直ぐに俺を射抜いていた。

アルトは満足そうに笑い、木剣の柄に手を置いた。


「いい答えだ。俺は俺を信じる。だから前に進める。お前も同じだな」


俺はうなずいた。


「俺も、自分を信じる」


アルトは笑い、木剣を差し出した。


「じゃあ、約束だ」


俺とレオンはその鞘に手を添えた。木の温もり、人の汗、積み重ねの匂い。


(不吉? 違う)


(俺は、不吉なんかじゃない。分からないから怖がられているだけだ。なら、分からせればいい。積み重ねて、証明すればいい)


月の光が土壁を淡く照らしだした頃

遠くで犬が一声だけ鳴いたあと、村は深い静寂に沈んだ。


その静けさの底で、俺の小さな誓いは、音もなく、確かに燃え続けていた。

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