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第17話:火の兄レオン

夏の夕暮れ、畑の端で土煙が舞っていた。

レオン兄が、両手を前に突き出している。

額に汗をにじませ、声を張り上げた。


「ファイア!」


ぼふっ。

乾いた音と共に、掌の前に赤い火花が散った。

だが、炎はすぐに煙のように消え、跡形もなくなる。


「まただっ」


兄は唇を噛んで、泥の上にしゃがみこんだ。

二歳の俺は、小さな足で兄に近づく。

母が木陰で見守っていたが、俺が行くのを止めはしなかった。

長男カイルが家を継いだ今、レオンの魔法の練習は、アルディア家でも大事な節目となっていた。


「セレン」


俺を見ると、兄は困ったように笑った。


「見てたんだな。火が、ぜんぜん続かないんだ」


俺は首を傾げた。


「はぁ、はぁ」


赤ん坊のような言葉しか出せないが、心の中でははっきりと思っていた。


(流れが荒れてるんだ。胸から一気に押し出してるから、火花で途切れるんだよ)


俺は兄の手をちょんと指差した。

そして自分の胸に手を当て、すぅっと息を吸って見せる。


「んー」


小さく吐く。

呼吸に合わせて、掌に向かって流れを細く伸ばすイメージを重ねた。


レオンは目を瞬かせた。


「ゆっくり?」


俺はこくりと頷く。

難しい言葉にはできないが、“効率を上げるイメージ”を伝えようと必死だった。


兄は深呼吸した。

胸を膨らませ、吐く息に合わせて両手を前へ。


「ファイア」


ぱちん!

今度は火花が束になって弾け、小さな炎がふわりと灯った。

数秒だけだったが、確かに“火”と呼べる形を保っていた。


「で、できた!」

兄の顔がぱあっと輝いた。


その笑顔を見て、俺の胸が熱くなった。


(伝わったんだ)


兄弟だからこそ、言葉にならない感覚でも届く。

俺が必死に探ってきた魔孔の感覚を、兄は素直に受け止めてくれたのだ。

レオンは立ち上がり、拳を握った。


「セレン、ありがとう! 俺、もっと練習して、ぜったい士官してみせる!」


火属性は戦に向いている。

兵として迎え入れられやすい

父が言っていた。

兄はきっと、その道を進むのだろう。

俺はただ「兄さんなら大丈夫」と声を上げ、小さな手を叩いた。

兄は照れくさそうに笑って、もう一度炎を灯そうと構えた。

その背中は、夕暮れの火よりも熱く燃えていた。

俺は小さな胸に拳を当てて思う。


(カイルの夢を、俺も支える。魔孔を知った俺にしかできない形で)


夏の風に揺れる稲穂の中、二人の“火の修行”は始まったばかりだった。


翌日も、夕暮れ時の畑の端で火花が散った。

レオンは、毎日欠かさず火の練習を続けていた。

朝は畑の仕事を手伝い、昼は川で泥だらけになり、そして夕暮れには必ず俺の前で炎を出す。。

最初はすぐに消えていた炎が、今では手のひらに留まり、ゆらめく光となっていた。


「ファイア!」


ぼふっ。

赤い火がまた弾け、今度は少しだけ長く形を保った。

レオンは拳を振り上げ、にかっと笑う。


「よっしゃ! 昨日より続いたぞ!」


俺は畑の土に腰を下ろし、兄の姿を見ていた。

昨日、俺が身振りで伝えた“呼吸に合わせるイメージ”。

兄はそれを素直に信じて続けている。


(すごいな、ちゃんと続けてる)


前世で見てきた大人たちは、結果が出なければすぐに諦めた。

だが兄は、昨日の小さな成功を信じて、今日も何度も試している。


「ふぅー、すぅー」


兄は深呼吸し、両手を前に突き出した。


「ファイア!」


ぱちん!

火花がまとまり、小さな炎の玉が宙に浮かぶ。

数秒、いや、十数秒は持った。


「見ろよ、セレン!」

兄は笑う。

その笑顔は泥で汚れていても、誇らしさで光っていた。

俺は手を叩いた。


「兄さん、本当に凄いです」


その後も兄は、汗だくになりながら繰り返した。

炎は時に散り、時に小さな火柱になり。

成功と失敗を繰り返しながらも、諦めなかった。


「セレンに教えてもらったからだ!」


兄は炎を消すと、俺に向かって笑った。


「俺、昨日からちゃんと続けてるんだぞ。すごいだろ!」


俺はこくこくとうなずいた。


(うん、すごいよ。兄弟だから届くんだ。俺の“感覚”が)


(兄ちゃんの掌の“穴”……あれは末端の魔孔だ)


炎が生まれる瞬間、そこから流れが外に押し出されるのが見える。

俺が小さな指で循環を回すときと同じ感覚。

だが兄はそれを無意識にやっている。


(俺の知識と、兄ちゃんの努力。重なればきっと)



その時、畑の向こうから父ゲイルの声が響いた。


「おーい、レオン! 畑を踏み荒らすなよ!」


レオンは「ははっ!」と笑って手を振った。

父は笑いながら鍬を担いで去っていったが、ちらりと俺たちを見て頷いていた。


(気づいてるな、父さんも)


兄は俺の隣に腰を下ろし、息を切らしながら言った。


「セレン、俺、士官することを目指してるんだ。火属性は戦いに向いてるからさ。兵士になれば、村を守れるだろ?」


その瞳は真剣で、炎よりも熱かった。


夕焼けの空に、小さな炎がまたひとつ、舞い上がった。

俺はただ小さな手を伸ばし、兄の炎の魔力に想いをのせた。


「兄さんならなれます!絶対に」


(レオンの努力は、本物だ。俺も支えるから、一緒に進もう)


すると


「あれ?」


兄の炎が、ほんの少しだけ安定した。

ゆらめきが弱まり、丸く、長く燃え続ける。


「セレン、お前、、今、何かしたか?」


レオンと俺は二人して目を丸くした。


(共鳴したんだ、兄の魔力と、俺の魔力が)


それから俺たちは、不思議な遊びを続けた。

兄が火を出し、俺は手を伸ばす。

ただ呼吸を合わせ、胸の循環を重ねる。

すると、兄の火は少しだけ長持ちした。


もちろん偶然かもしれない。

だが、兄の目はもうそれを信じていた。


「セレンと一緒だと、火が安定するんだ」


レオンは胸を張り、俺の頭をぐしゃぐしゃ撫でた。


「よし、これからも一緒に練習だな!」


俺はこくこくと頷いた。


(響き合ったんだ。魔力は“共鳴”するんだ)


畑の奥で鍬を振るっていたカイルが、ちらりとこちらを見ていた。

その視線は何も言わず、けれど静かに頷いていた。

「続ける強さ」を知る兄だからこそ、この小さな成果を感じ取ったのだろう。


俺は思った。

これは、ただの遊びなんかじゃない。

小さな炎に宿った“共鳴”は、未来につながる予兆だ。


「兄さん、俺も、必ず強くなる」


そういうとカイルはニカッと笑った。


炎のゆらめきと、兄の笑い声。

それは兄の努力の証であり、俺たち兄弟の絆の灯でもあった。

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