第1話:転生、辺境農村の赤子に
暗闇から光へ。
耳をつんざく産声が、自分のものだと気づくのにしばらくかかった。
転生。
目を開ければ、藁と木で組まれた天井。
土壁のひび割れから忍び込む冷たい風。
湿った匂い。
前世で暮らした真っ白なマンションの壁も、AIに追い詰められたデスクも、もうどこにもなかった。
俺は、辺境の農家に生まれ落ちていた。
「リーナ、よくやったな」
がっしりとした手が母の肩にそっと触れる。父ゲイルだ。
丸太のような肩幅に、日焼けした大地のような顔。普段は雷鳴みたいに大きな声で笑う男だが、このときばかりは少し震えていた。
「ゲイル、この子……元気よ。ちゃんと泣いてる」
母リーナはかすれ声で微笑み、俺を胸に抱き寄せた。
八歳の長兄カイルが、少し照れたように覗き込む。
「小さいな……でも、手はもう俺と同じ形してる」
「カイル兄ちゃん、俺にも見せて!」
六歳の次兄レオンが泥だらけの手を拭いもせずに飛びつき、俺の顔をのぞき込む。
「うわっ、ちっちゃ! 指が米粒みたいだ!」
その言葉に、母は苦笑しながらも大切そうに俺を抱き直した。
俺は三男。生まれたばかりの赤子だが、中身は違った。
前世では「努力すれば報われる」と信じて資格を取り続けた凡人。だが社会はAIに取って代わられ、積み上げた努力はすべて無意味にされた。
報われない努力を繰り返し、死んだ。
数日後、母に抱かれたまま広場へ向かう。
村に子が生まれると、必ず村長と神父に挨拶するのが習わしだという。
「おお、リーナ。子は元気か?」
白ひげを撫でる村長ハルドが大声を上げた。
「はい、元気です」母が少し緊張しながら答える。
ハルドは俺を抱いたリーナの腕に大きな手を伸ばし、ぽんと頭を撫でた。
「よく食って、よく寝て、大きく育てばそれで十分だ」
「ありがとうございます」
母は頬を赤らめて小さく頭を下げた。
そこへ、白い法衣を着たオルド神父が進み出る。
「新しい命は村全体の光です」
静かな声が広場に響き、村人たちが頷いた。
神父は俺に掌をかざし、穏やかに祈りを紡ぐ。
「セレン、この村で健やかに育ちますように。家族と共に歩むその道が、いつも祝福で満たされますように」
そして少し声を和らげて付け加える。
「四大属性の簡易判定は、生後一か月、赤子が外に出られるようになってから行います。忘れないようにな」
「ええ、覚えておきます」
母が強く頷き、父も腕を組んでうなずいた。
「簡易判定? 四大属性ってなんだ?」
赤子の俺は声に出せない。
だが心の中では、思わずそんな言葉が浮かんでいた。
(火・水・風・土? まさか、異世界お約束のアレか? 俺もそれを試されるのか!)
村人たちは当然のように頷いていた。
どうやらこの世界では当たり前の習わしらしい。
俺だけが、その仕組みに驚きと期待を抱いていた。
村人たちが「よく来たな」「新しい命だ」と口々に声をかける。
前世では誰も俺の誕生を祝ってはくれなかった。だからこの温もりは、不思議で、そして涙が出そうなほど嬉しかった。
そして、その夜。俺は奇跡を目にする。
囲炉裏の前で、母が小さく囁いた。
「ファイア」
その瞬間。
ぽっと炎が生まれ、赤く薪を包んだ。
「……!」
前世で読みふけったファンタジー理論も、今目の前で起きた光景の前では無力だった。
「おお、今日もよく燃えたな」父ゲイルが感心したように声をあげる。
「すげぇ!」レオンが跳ね上がり、両目を輝かせる。
カイルは黙って頷き、真剣に見入っていた。
父もまた、井戸水の桶に掌をかざし、「ピュア」と唱える。
濁った水が一瞬で澄み渡り、光を映した。
「これが魔法、、」
俺の胸は震え、熱くなり、どうしようもなく声が漏れた。
「あー、あ、あー!」
「ほら見て、セレンも喜んでる」母が嬉しそうに笑う。
「魔法を見るのは初めてだからな」父も笑い、俺の頬を大きな指で軽くつついた。
前世で夢にまで見た世界。
魔法が、こんなにも当たり前のように人々の暮らしを支えている。
胸が焼けるほどの衝撃とワクワク感に、赤子の体は小さく震えていた。
その夜、母は俺を揺籠に寝かせ、優しく子守歌を口ずさんだ。
「ねんね、ねんね。星の光の下で」
その歌声に、俺は自然と笑みを浮かべてしまった。
リーナは驚き、そして小さく呟く。
「……セレン。夜空を渡る星のように、笑顔で生きてほしい」
「セレン?」父が眉を上げる。
「そう。この子はセレン。星のように、光を抱いて生きてほしいの」
ゲイルは腕を組み、少し不器用に唸った。
「農家らしくない名だが、、まあ、悪くはないだろう」
「ありがとう」母は涙ぐみながら微笑み、俺の小さな手を握った。
その温もりの中で、赤子の俺は確かに感じていた。
(今度こそ、この世界で俺は生きていきたい)
月光が窓から差し込み、名を得たばかりの俺を優しく照らしていた。




