第16話: 兄の鑑定の儀! 土属性と農夫の職業を授かる
石畳を踏みしめる音が、耳に心地よく響いていた。
俺は母リーナの背におんぶされながら、ときどき「あるく!」と主張して短い足を地面に降ろしてもらう。二歳の足取りは心もとないが、それでも兄カイルの晴れ舞台を見届けたい気持ちが勝っていた。
今日はいよいよ「鑑定の儀」。
十歳になった子は大教会で大精霊に己を示し、属性と職業を授けられる。村の小さな神父ではなく、司祭が立ち会う正式な儀式だ。
街へ向かう道すがら、子どもたちが落ち着かずに騒いでいた。
村長は手を振って制し、喉を鳴らして咳払いをした。
「静かにせい。よいか、今日の鑑定の儀というのはな」
いつもの飄々とした顔ではなく、村を代表する長としての口ぶりだった。
「大精霊の御前で己の魔力を示し、与えられた属性と“職業”を授かる、大切な節目じゃ。
たいていの場合は家業を継ぐ。農夫の子は農夫に、猟師の子は猟師に。そうして村は続いてきた」
長男である兄カイルが“農夫”を継ぐことはこの社会では当然の前提、そう誰もが思っているのだ。
村人たちはうんうんと頷き、子どもらは目を輝かせた。
俺も母の背で耳を澄ます。
そこで村長は少し声を落とす。
「ただな、昔からこんな話も伝わっておる。ごく稀に“大精霊に選ばれた者”は別だと。農夫でも猟師でもなく、騎士や魔導師といった“特別な職”を授かる。そういう言い伝えがあるのじゃ」
「ほんとにあるの?」と少年の声。
村長は肩をすくめ、にやりと笑った。
「さぁな。わし自身は見たことがない。だが昔の記録にはそう残っておる。夢を見るくらいは悪くなかろう」
大人たちはドッと笑ったが、子どもたちの目はさらに輝きを増した。
俺も胸の奥がざわめいた。
(特別な職業。この世界には特別な人間もいるのか)
その曖昧さの奥に妙な現実味を感じた。
~
やがて一行は街に入る。
土壁の村の教会しか知らなかった俺には、大教会の光景は眩暈がするほど圧倒的だった。
高くそびえる尖塔、聖印の旗、彩色ガラスを透かす光。
空気そのものに濃い魔力が渦巻いており、二歳の俺でも肌で分かるほどだった。
母の背に揺られながら、俺は口をついて出てしまった。
「……だいせいれいは? でてくるの?」
母は一瞬、返事に詰まった。
そのとき隣を歩いていたマルタ婆が、杖をつきながらくぐもった声で答えてくれた。
「大精霊様が直接お出ましになることはないよ。
今日の鑑定は、司祭さまに任されておるのさ。
大精霊様から代行を許された役目じゃから、疑うもんじゃないよ」
「……そっか」
少し残念に思ったが、すぐに理解した。
(大精霊が毎回降りてきたら大ごとだもんな……)
中央広間に入ると、紫の法衣を纏った司祭が祭壇に立っていた。
村の神父とは比べものにならない威厳に、大人たちも自然と頭を垂れる。
「次、カイル=アルディス」
厳かな声に呼ばれ、兄が前へ進む。
カイルは真剣な表情で前へ進む。
俺は母の肩越しにその背を見つめた。9つの頃から畑を任され、黙々と鍬を振るってきた兄。その背中には、家を継ぎ生きる覚悟が刻まれていた。
祭壇に置かれた水晶盤へと掌をかざす。
瞬間、ごうっと大地の響きが広間を揺らした。
茶色の光が水晶に走り、力強く輝く。
「属性は―土」
司祭の声に、村人たちが安堵の息をもらす。
尤も、村では簡易判定にてすでに分かっていたことだ。
分かっていたことだけど、大精霊からのお墨付きというのは欲しいものだ。
(やっぱり、カイルは大地の人だ)
鍬を握る背中にふさわしい結果だった。
鑑定はまだ続く。
司祭がさらに問いかけた。
「カイル=アルディス。大精霊の御前に問う。汝は家業、農夫の道を継ぐことを望むか?」
兄は迷いなく頷いた。
「はい。父ゲイルの跡を継ぎ、農夫として生きます」
司祭は頷き、聖句を唱える。
水晶が再び光り、土の輝きが深く沈んでいく。
「汝、大精霊の許しを得て、職業『農夫』に転ず」
その瞬間、俺の感覚に衝撃が走った。
兄の体から、どすん、と重たい魔力が溢れ出すのを感じた。
胸の奥に大きな魔孔が開き、そこから大地の流れが全身へ染み渡るような、、。
(……今の!)
俺の中の“魔孔感覚”が、はっきり反応した。
職業を得ることで、魔孔そのものの動きが変わったのだ。
司祭が告げる。
「農夫の特技―体力強化を授かれ。これより汝の労働は大地と共にあれ」
歓声が広がった。
父は豪快に笑い、母は涙をぬぐいながら手を合わせる。
兄は照れくさそうに頭を下げていたが、その表情は誇らしかった。
俺は二歳。まだ何もできない。
けれど兄の転職の瞬間を見て確信した。
(職業、それが人を変えるのか)
属性だけではなく、進む道を選び、許された者に特技が与えられる。
カイルはただの少年から、正式に「農夫」となり、体力強化という力を授かったのだ。
(職業は、ただの肩書じゃない。魔孔そのものの流れを上書きした!)
兄はもう、ただの子どもじゃない。
農夫という職に就き、体力強化の加護を得た一人前だ。
(十歳で成人か、早すぎる。)
人は過酷な世界で生きるほど、早く大人になる。
ならば俺も、のんびりとはしていられない。
(この世界は甘くない。俺も、もっと早く追いつかないと)
儀式を終えて街を出ると、街道沿いで秋祭りの準備が始まっていた。
太鼓の試し打ち。若者たちの歌声。藁人形を飾る笑い声。
「収穫祭も近いな」父が言う。
母は俺を揺らしながら笑った。
「セレン、あの歌声。あなた、好きなんでしょう?」
耳を澄ますと、胸の中の魔孔がふるりと震えた。
(俺も、必ず、この世界での生きる道を見つける。その時までに、この力を掴んでみせる!)
秋のざわめきの中で兄の背を見つめ続けていた。




