第12話:レベルアップできない? 赤子転生の最初の絶望
魔物との遭遇は、俺の胸に焼き印を刻んだ。
赤黒い眼、吐き気を伴う威圧感。
ただ視線を浴びただけで呼吸が止まり、全身がすくみ上がった。
あの赤い眼はいまも脳裏に焼きついている。
人は勝てない。俺の魔力程度ではどうにもならない。
その確信が、恐怖と共に深く刻まれた。
~
二歳の誕生日を祝ってもらった俺に、母は兄たちと同じように本を読み聞かせ始めた。
母は相変わらず教育ママとして燃えている。
「セレン、今日は“勇者と七つの試練”のお話よ」
夜ごと古びた羊皮紙の本を抱え、焚き火の横で語り始める。
声はゆっくりと、子どもでも分かる調子。
兄たちは布団に寄り添い、瞳を輝かせて聞き入っていた。
「勇者様は試練を乗り越え、その証を得ていった」
「その証が“レベル”なのよ」
リーナの誇らしげな言葉に、レオンもカイルも「すごい!」と身を乗り出す。
俺は心の中で小さく呟いた。
(魔物を倒さなければレベルは上がらない。だがレベルを上げなければ、魔物など倒せない)
その思考は、首を締める縄のように俺を縛った。
(これじゃ堂々巡りだ)
赤ん坊の身で魔物に挑むことは不可能。
農民の暮らしでは、一生魔物を狩る機会すら巡ってこないかもしれない。
その閉塞感に、胸の奥がじりじりと焦げる。
俺は布団の中で小さな手を握り、深く息を吐いた。
(結局、今の俺にできることはひとつだ)
魔物を倒すことはできない。
ならば、自分の中にある魔力を知り尽くすしかない。
胸にある大きな輪。
流れを変える節。
末端にある出口。
転生してから試行錯誤してきた“魔孔”の感覚。
これを徹底的に探り、鍛え、操る。
それこそが、未来へ繋がる唯一の道だと。
◇
翌日。
よちよちと庭に出た俺は、土に手を当てた。
ひんやりとした冷たさと、じんわりとしたぬくもり。
その奥に確かな流れを感じた。
「自然の持つ魔力」
火の熱、水の冷たさ、風のざわめき。
それに加えて、大地そのものにも流れがある。
足の裏から響いてくる大きな脈動に、胸の魔力が震えた。
さらに森の端。
木の根に触れると、枝のしなりや水を吸い上げる気配が共鳴した。
桶の水に指を浸せば、冷たく澄んだ流れが指先を震わせた。
(世界全体が、魔力を宿しているんだ)
しかし同時に理解した。
自然の流れは、あまりにも大きい。
森を渡る風の奔流。
小川のせせらぎ。
それらに比べれば、俺の胸の小さな輪など塵に等しい。
「だからこそ、俺は学ばなきゃいけない」
大河の中にある小舟のような存在。
ならば自然の魔力を調和する術を見つければいい。
◇
さらに試す。
外歩きのたびに俺は自然と「練習」を始めていた。
大地の上を一歩踏み出すたびに胸で魔力を巡らせ、
(足の裏から大地の力を掴めないか)
そう意識する。
次は森の端。
木の根に手を当てて、胸で練った魔力を重ねてみる。
(俺の中の流れと、木の流れ、つなげ!)
ぶわっ。
体内の魔力が一気に乱れて、頭がくらくらした。
「う、うう」
木の方はびくともしない。
まるで俺の方が弾かれたようだった。
水辺でも試した。
桶の水に指を浸し、体の流れをそっと合わせようとする。
だが結果は、指先がちりりと痺れただけ。
水面は静かに揺れるだけで、何も起きなかった。
(だめか。根源的な力である四大属性ではない俺の魔力では、自然との調和は難しいのか?)
(いや、きっと魔力がまだ弱すぎるだけだ)
小さな手をぎゅっと握る。
歩くようになった俺には、もう外の世界が見えている。
だからこそ、世界と自分の魔力を“繋げる道”も見える気がしていた。
集中。
練る。
圧縮。
解き放つ
その瞬間。
「―ッ!」
指先から、小さな衝撃が弾けた。
びん、と金属を弾いたような音が空気に響く。
水面が一瞬だけ震え、小さな輪が広がった。
「え?」
(今のは?)
胸の奥が熱く震えていた。
(一瞬、ほんの一瞬だけど、外と共鳴した)
その直後だった。
胸の輪と外の揺らぎが一体になった途端、体の内側がざわめいた。
指先。掌。足の裏。背中。
これまで曖昧だった小さな“穴”の存在が、次々と浮かび上がってきた。
「全部、わかる!」
大きな基幹の魔孔だけじゃない。
普段は気づかない、微細な魔孔が全身に散らばっている。
それぞれが共鳴し、胸の大河へと繋がっていくのが見えた。
体中が楽器のように震え、すべての穴が小さな音を奏でる。
俺はその響きに圧倒された。
それは奇跡のような体験だった。
世界と繋がり、体の全てが呼応している。
小さな存在なのに、確かにこの大きな世界の一部として生きているのだと。
「これが、俺の体なんだ」
涙がにじんだ。
初めて、自分自身をまるごと理解できた気がした。
魔力が外に漏れ、そして全ての魔孔が共鳴した
それは俺が“自分の力”を知った最初の瞬間だった。
全身の魔孔が共鳴した。
胸の大河から指先の小さな穴まで
すべてが響き合い、体が一つの楽器のようになった。
「ならば、、体全部を共鳴させられれば、もっと先に行けるはずだ」
そう信じて、俺は新たな試みに挑む。
まずは胸の基幹魔孔をゆっくり巡らせる。
そこから枝分かれするように、指先や足裏の小孔へ流れを伸ばす。
「ひとつ、ふたつ」
意識を伸ばすたび、小さな明かりが灯るように魔孔が応える。
それをひとつひとつ重ねていく。
だが。
「っ!」
数が増えるほど、流れは複雑に絡み合う。
胸の輪は乱れ、全身がびりびりと痺れだした。
頭の芯が重く、視界が揺れる。
「まだ、だめか」
小さな体にとって、複数の魔孔を同時に扱うのはあまりにも負担が大きかった。
~
夜、母が俺の額に手を当てた。
「セレン、また熱を」
泣きそうな声で抱きしめられる。
その温もりが申し訳なくて、俺は心の中で必死に謝った。
(ごめん、でも、やめられないんだ)
母の温もりの中、ふと気づいた。
全部を一度に操ろうとしたのが間違いだった。
母の歌が一つ一つの音でできているように。
無理に束ねるのではなく、小さな響きを丁寧に繋いでいけば、全てが大きな旋律になる。
胸の基幹魔孔に意識を落とす。
流れを静かに巡らせ、安定させる。
そこから、指先の小さな穴へ。
「今は、これだけ」
一つ目を通す。
流れが乱れないことを確かめる。
次に、もう一つ。
足先の小さな孔へ流れを伸ばす。
呼吸を合わせ、心臓の鼓動に重ねる。
「ひとつ、ひとつ」
すると不思議なことに、魔孔ごとにわずかに違う“響き”があった。
指先は高く澄んだ音色。
足先は低く重たい響き。
背中は柔らかく、胸の奥は大河のように深い。
「まるで、音楽だ」
俺は思った。
ひとつひとつの魔孔は、それぞれ違う“音”を持っている。
それを順番に繋げると
旋律のように体全体を巡る。
試みはまだ短くしか続けられない。
赤ん坊の体には負担が大きいからだ。
それでも成功した瞬間、胸の奥は今までにないほど軽やかに巡った。
「これだ」
強引に束ねるのではなく、丁寧に響きを重ねていく。
それこそが調和の道。
川のせせらぎも、森の脈動も、俺の中の流れも、同じ作りの魔脈で巡っていた。
大きな大きな自然の魔力に自分を重ね、委ね、そして比較したその瞬間、全身の魔孔が光を放つように浮かび上がり、俺は初めて自分という器の全てを知った。
==================================
次回予告
魔力が暴走!?
セレンの胸の奥で渦巻く力は、家族を驚かせ、母リーナの“親バカ魂”に火をつける!
「セレンは天才魔法使いになるのよ!」
燃え上がる教育ママ魂に引っ張られ、ついに村の教会へ
静かな語り部・オルド神父との出会い。
火のゆらめき、水の冷たさ、風のざわめき。
母のドタバタ教育と、世界の魔力が重なり合うとき、セレンの中に眠る力が目覚める
次回
「親バカ一直線! リーナ先生のドタバタ特訓!」




