第10話:属性なしが魔力を放つ、奇跡か、異端か
夕方の家は、煮込みの匂いと薪の煙がまじり合っていた。
囲炉裏の火はおとなしく、時折ぱち、と弾ける。
母リーナの膝に抱かれながら、俺は胸の奥から指先へ魔脈を意識し魔力を流していた。
(胸の奥から走る流れ、、節をすり抜け、最後に指先で“外”とつながる)
転生者である俺は、魔力を仕組みとして観察していた。
だがこの世界の人々にとって魔法とは当たり前のもの。
魔力の通り道など考える者はいない。
だから、俺のやり方は誰も知らないようだ。そもそも興味もないのだろう。
『ぱちん』
薪が爆ぜ、火の粉が舞った瞬間、
反射的にビクッとした俺の体は、思わず指先の孔が熱を帯びる。
無意識に扉が開き、淡い光がふっとこぼれた。
陽炎のような揺らぎが空気に浮かび、すぐに消える。
「えっ!?」
母リーナの声が震える。
俺の小さな手を両手で包み、目を見開いた。
その気配に気づき、父ゲイルが土間から入ってきた。
長男レオンも顔をのぞかせ、次男カイルは桶の水に手を突っ込んだまま呆然とする。
「今の、、光?」
「リーナ、火の粉じゃないのか?」
だが父も俺の掌に手をかざし、驚きに息を呑む。
「いや、違う。中から何かが走ったぞ」
母の頬が紅潮し、涙までにじんでいる。
「セレン、あなた、魔力を放ったのね!」
レオンが驚きの声を上げる。
「でも、簡易判定で“無属性”って言われたじゃないか!」
「外れ子なんかじゃなかったんだ!」
母リーナは頬を紅潮させ、涙をこぼした。
「……よかった」
震える声が、夕暮れの家に溶けた。
「セレン、、あなた、本当に、、魔力を持っていたのね!」
「ずっと信じてた、信じてたつもりだったけど、心のどこかで諦めかけてた。でも、こうして目の前で、、!」
声は嗚咽に変わり、彼女は俺を胸に抱きしめた。
温かい涙が頬に落ち、俺はただ瞬きを返すしかなかった。
父は腕を組み、唸るように言った。
「……赤子が魔力を扱うこと自体、聞いたことがない。
それに、簡易判定で四大属性に反応しなかったのに、、魔力を放っただと?」
目を細めながらも、その声には抑えきれない興奮が混じっていた。
母はそれでも目を輝かせ、俺を抱きしめる。
「だからこそ奇跡なのよ。鑑定の儀を待たずに力を示すなんて、奇跡としか言えない!」
父は少し考え込み、俺の手をじっと見た。
「だが、一度だけでは判断できん。火の粉に惑わされた可能性もある。セレン、もう一度やってみせられるか?」
赤ん坊に求めるには無茶な言葉。
だが母はすぐに膝を整え、期待に満ちた声を投げかけた。
「セレン、大丈夫よ。ゆっくりでいいの。もう一度、見せてちょうだい」
母の声に合わせ、俺は流れを再び走らせる。
胸から腕、そして指先へ。
押さず、ただ扉に触れる。
ふっ。
指先から僅かな空気の揺らぎが立ち上り、短く震えて消えた。
「見えた! 今度ははっきり!」
レオンが叫び、カイルは呆然としている。
母は歓喜の涙を浮かべて俺を抱きしめた。
「やっぱり、無属性なしなんかじゃないんだわ!」
父も口を結びながら、静かに頷いた。
「四大属性以外の力など、村では前例がない。
だが、、もしや、貴族の血筋に稀に現れるという“特別な属性”ではないか、、?」
その言葉に母は驚き、涙に濡れた目を見開いた。
「まさか、うちの子が?」
父は首を振るが、その瞳の奥に隠しきれぬ光が揺れていた。
~
その夜。寝室。
母は布団に潜り込んでも、まだ涙の跡を隠しきれなかった。
「……あなた、あの子は本物よ。簡易判定で“外れ”とされたけど、、あんなに綺麗に力を示して。
きっと女神様が選んだに違いないわ」
父は腕を枕にしながら、天井を見つめている。
「ああ、そうかもしれん。だが未知のことだ。良いことか、悪いことか、まだ分からん」
「でも、きっと良いことよ。私は信じてる」
母は小さな声で笑い、布団に潜った。
父はしばらく黙り、やがて低く呟く。
「もし本物なら、俺たちの家族の運命も変わるかもしれんな」
夜の静寂に、その言葉だけが残った。
そして翌朝、リーナの教育ママとしての日々が始まる。
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次回予告
リーナは教育ママとして、神話や祈りの本を夜ごと読み聞かせるようになった。
その中で語られた「人は試練を越えるたびにレベルが上がる」という言葉。
だが、俺の前に現れたのは、想像を超えた恐怖の存在。
魔物。
赤い眼に射抜かれ、呼吸を奪われ、幼い身は吐き気と共に打ちのめされる。
俺の魔力では、どうにもならない。
けれど、母から聞いたレベルアップという希望だけが、胸の奥で灯を消さなかった。
次回、第11話「恐怖の魔物、そしてレベルアップの決意」
教育ママの声と、魔物の影。その狭間で、幼き決意が生まれる。




