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第7話:努力の代償

胸の奥に輪を描く。

ぐるりと回って、流れが戻ってくる。

たった数秒しか保てなかったはずの感覚が、少しずつ長く続くようになってきた。


「よし」


赤ん坊の俺に言葉はまだ出せない。

けれど心の中で、確かな手応えを感じていた。


昼は布団の中で。

夜は母に抱かれて眠るときに。

俺は何度も何度も試した。


呼吸に合わせて、流れを巡らせる。

胸から腕へ。腕から掌へ。

戻ってきた流れが胸で輪を描くと、体全体がふっと軽くなる。

ほんの一瞬だった循環が、十秒、二十秒と伸びていった。

流れが胸から全身へ広がり、手足の先までかすかに温かくなる。

掌に集まる感覚さえ、ぼんやりと掴めるようになってきた。


「できる、俺にもできる!」


心が震えた。

前世では、努力しても結果が出ないことばかりだった。

だが今度は違う。

小さな努力が、確かに未来へ繋がっている。



だが、それは同時に「代償」も伴っていた。


何度も魔力の循環を繰り返した夜、俺の体は熱を帯びていた。

額からじんわり汗が滲み、呼吸が浅くなる。


「っ」


胸がちくちくと痛み、ぐったりと力が抜けた。

俺はそのまま気を失うように深い眠りに沈んだ。



翌朝。

母リーナが俺を抱き上げて青ざめる。


「セレン! 熱い!」


父ゲイルも慌てて水を汲み、布で額を冷やす。

兄カイルとレオンは不安そうに覗き込み、泣き出しそうな顔をしていた。


当然だ。

彼らは知らない。

俺が夜な夜な、自分の中で魔力を巡らせていたことを。

赤ん坊の体に、無理をさせすぎた。


それでも俺は、後悔していない。

確かに、掴んだのだ。

魔力が輪を描いて巡る感覚。

それは俺の中に確かに存在している。


熱で朦朧としながら、俺は心の中で呟いた。


「もっと、、もっと上手くなりたい」


「次は、、この流れを、、安定させるんだ」


まぶたを閉じると、母の声が遠くで聞こえた。

子守歌。

あの響きに導かれるように、俺は再び眠りへと沈んでいった。


魔力の循環。

胸に輪を描くあの感覚は、俺にとってすべてだった。


欲は止まらなかった。

もっと長く。

もっと力強く。


輪を何重にも描くように、胸の奥を巡らせる。

それを繰り返すほど、体はじんわりと熱を帯びていく。


「っ」


額に汗が滲み、呼吸が荒くなる。

赤ん坊の体に、無理をさせすぎているのはわかっていた。

それでもやめられなかった。


その夜、また俺は懲りずに力尽きた。

布団の中でぐったりしていた俺を見て、リーナが駆け寄る。


「セレン、、! また熱が、、」


冷たい布で額を拭いながら、心配そうに俺を抱きしめてくれる。

胸に顔をうずめたとき、リーナの鼓動と声が重なった。


「セレン、、あなたは静かな響きのように、優しく、生きてほしい」


その言葉は、幼い俺の心に深く刻まれていく。


子守歌が口ずさまれる。


「ねんねんころりよ」


リーナの腕の中で、ふと魔力の流れが整った。

今まで不安定だった循環が、リーナの鼓動に合わせてすうっと巡っていく。

輪が乱れず、透明な川が体を流れていくように。


「、、!」


心の奥が震えた。

リーナの声に導かれ、魔力の流れが安定する。

リーナの子守歌に呼応したかのように。


俺は悟った。

力で無理やり押し流すのではなく、静かに響かせるように巡らせればいい。

強引さではなく、調和。

まるで母の歌のように。


ぐったりとした体の中で、俺は小さく笑った。


母は俺の反応を見て、嬉しそうに微笑んだ。

「ふふ、セレンは歌が好きなのね」


俺が気づきを得たとはつゆ知らず

連日続く俺の高熱に、リーナはとうとう決断した。


「マルタ婆に見てもらいましょう」


村外れに暮らす薬草採り。

小言が多いが物知りで、病や怪我のときは必ず頼られる賢女だ。


乾いた草と土の匂いが漂う小屋の前に、しわだらけの老婆が立っていた。


「おやまぁ、やっと来たのかい」


リーナではなく俺を見ながら言った。

これが、俺とマルタ婆の初対面だった。

何か見透かされているような不思議な女性だった。


彼女は俺を一瞥すると、鼻で笑った。


「顔色は悪くない。だが、目はぎらぎらしておる」


リーナが心配そうに尋ねる。


「それって、大丈夫、、なんですか?」


マルタ婆は杖で地面を突き、きっぱりと言った。


「大丈夫じゃない。薬も毒も、ほんの一匙で変わる。同じことさ」


リーナが息をのむ。

婆は背の籠から薬草を取り出し、火にかけながら続けた。


「少しの熱は体を鍛える薬になる。だが続けば毒になる。赤子でもな」


ゲイルが腕を組み、低く唸る。

「つまり、無理をさせすぎてるってことか」


「そういうことじゃ」


婆は薬草を煎じながら、厳しい目を向けた。


「焦るな。小さな積み重ねが力になるんだ。赤子に必要なのは、無茶ではなく時間よ。世界は四大属性ばかりではない」


小さな積み重ね。

毒と薬の境目。


それはまるで、俺に向けられた戒めのようだった。


力で押し流して倒れるのではなく、

少しずつ積み重ねてこそ、本当の力になる。


マルタ婆の小言混じりの声は、胸の奥にじんわりと染み込んでいった。


その夜、母の腕の中で俺は再び循環を試みた。

今度は焦らず、ほんの一滴ずつ水を垂らすように流れを巡らせる。

すると、胸の奥で波紋が広がるように、静かに魔力が輪を描いた。


「これでいいんだ」


赤ん坊の体はまだ弱い。

けれど俺には時間がある。

母の歌、父の背中、兄たちの笑顔、そしてマルタ婆の言葉。

そのすべてが支えとなって、俺を導いてくれる。


0歳の小さな俺の魔力循環は、まだかすかな波にすぎない。

けれどその波は確かに、静かに、確実に広がっていく。


俺は“静かな響き”として、この世界に生きていく。

そして小さな積み重ねを、ひとつひとつ刻んでいくのだ。


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次回予告


初めての靴。

初めての一歩。

よちよちと踏み出した足裏から、大地の温もりと風のざわめきが胸に伝わる。


それは偶然か、必然か。

母に抱かれて感じた「内なる流れ」と、世界に満ちる「外の気配」が触れ合った。


赤子の歩みは小さい。

けれどその一歩は、この世界を知り、魔力とつながるための大いなる始まりだった。


次回:「よちよち一歩は、世界のはじまり」

外の世界と内なる力が、はじめて重なる!

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