9、いい人と好きな人は別か
あまりに綺麗だったのでベランダで月と星を見上げながら夜風に当たっていたら、
「お兄ちゃん、ここにいたんだ」
と言って、成海が俺の部屋の掃き出し窓から出てきた。ノックをしても返事がなかったため入ってきたのだろう。
同じように俺の隣に来ると、
「お兄ちゃん、あのさ」
と、意を決したように聞いてきた。
「なに?」
「やっぱりなんでもない……」
ドラマみたいな台詞に、俺は笑いそうになった。
「どう考えてもなんでもないことないだろ。なんだ?」
「…………」
「なに?」
「…………」
「言ってみ」
「…………」
言い辛そうにしている成海に、俺を怒らせるようなことでもしてしまったのだろうか?と不思議に思いながら続けた。
「お兄ちゃん怒らないから言ってみ」
「……同じクラスのゆいに、お兄ちゃんと付き合いたいって伝えてほしいと言われて……」
なんと! モテ期の到来だ!
俺は感動に打ち震えた。
思い返せば、今までの人生で告白されたのは、バレンタインデーに最寄りの駅にきてほしいと言われて行ったらチョコをくれた塾の女の子の一人だけ。学校ではいい人止まりだった人生で、塾ではほとんど喋らなかった寡黙なミステリアスキャラが功を奏したのか隙間産業的に一人にだけモテたのだった。思ってもみない方向からのモテに、あれは見事だったと自分でもマジで思う。
「誰誰っ? うちに来たことある子かっ?」
「うん……。凄い食いついてる……」
「あんまり覚えてないんだよな……」
「背中までのストレートの髪で、私より十センチくらい背が高くて、ちょっと猫目で……」
言われて思い返してみて……いたような気もする。一瞬、挨拶するだけの関係だから、こっちはいちいち覚えていない。しかも顔もぼんやりとしか出てこない。
(同じクラスということは中二か……。今時の中二はませてるなぁ……)
とか思った。
「断っといて」
「え?」
「断っといて」
「あ……うん」
成海は、
「理由は……どう言えば」
と、続けた。
「カノジョいるから」
「お兄ちゃん、カノジョいるの!?」
「うん、いる」
「……聞いてないよ」
「言ってないし」
「言ってよ」
「家族で言わなきゃいけないことか?」
すると、漫画みたいにほっぺたを膨らませた成海に、俺は笑ってしまった。パン太郎みたいで可愛いなぁと笑ってしまう。思わず、俺は両手で成海の顔を挟んでほっぺたをつぶした。
「お兄ちゃんを取られたみたいに思ってんだな? 可愛い奴だなぁ~。 安心しろ。カノジョはできたけど、成海のことはずっと変わらず大好きだぞ。別格だからな!」
「はぁ……いいよ、分かった。私もカレシができてもお兄ちゃんには言わないから!」
眉間に皺を寄せ、いつものくりくりおめめをキリリとさせて睨み付けてきた成海に、
ガガ━━ン!
と、俺の顔には、ちびまる子ちゃんみたいに縦線が走った。なぜか、めちゃくちゃショックだった。そして、一気に淋しい気持ちになった。
「やだ、教えて」
「教えてほしいって分かった?」
「分かりました……」
「お兄ちゃん、好きな人ができたんだねぇ……」
ぽそりと呟いた成海の台詞に、俺はそう言われても今一つピンと来なかった。
「好きな人……う~ん……」
「……好きじゃないの?」
「好きか嫌いかと言われたら普通……。まあ、おいおい好きになるだろうということで……」
「なんか……曖昧だね。お試し期間なの?」
「お試し期間ってわけでもないような……。大人の世界にはいろいろとあるんだよ、そこらへんは」
遠い目をして星空を見上げた俺に、成海は半分呆れたような目を向けてきた。
「なにそれ? お互い好きになって付き合うことになってラブラブなんじゃないの?」
「ラブラブ……。いや、多分、フラれると思うわ。俺、全然、尽くしてないし。全部、受け身だから。デートも俺から発信してないんだよな。向こうは楽しくないと思うわ。……よく考えたら、俺のなにがいいんだろう?」
首を傾げた俺に、成海の顔は完全に呆れ返ったものに変わっていた。
「なにそれ? カノジョさんに失礼だなぁ~……。お兄ちゃんの好感度が暴落した~」
俺は泣きそうなほど、めちゃくちゃ悲しくなってきた。
「待て待てっ。一応、女性の中では一番好きな人だからカノジョであってるはずだ」
「キープしてるだけのような気がするな~……」
「キープ……。いやいや、そんなんじゃないから。綺麗な人だし、明るくて気さくで、気が利くし。とにかく、めちゃくちゃいい人なんだよ」
「好きな人にいい人って言い方するかなぁ……」
「…………」
「いい人と好きな人は別だよ」
何も言い返せなかった。
読んでくださって、ありがとうございました。
次回に続きます。




