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俺はもしかしたら妹が好きかもしれない  作者: 大崎真


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7、大橋家に誓って

三月になった。

第一志望の大学に合格した日、大橋家は四人で回転寿司を食べにいった。久しぶりの回転寿司に、みんなで子供みたいにはしゃぎながら食べていた。


そこは、五皿を食べたら景品が当たるゲームに挑戦できる仕組みになっていて、再婚する前のお父さんと二人で食べにきていた時は特にテンションが上がることなく、お互いに淡々と食べていた。だが、今回は成海が好きなキャラクターが景品だったため、当たる回数は大体決まっているとは知りながらも、みんなで毎回当たりますようにと祈らずにはいられなかった。


当たると、毎回、成海がカプセルを開けては、「やったー! 可愛いー!」とか、「違うやつだー! 良かったー!」とか満面の笑みを浮かべるので、そのたび、俺たち三人はほっこりと癒されていた。


その日の夜、成海は俺の部屋へ来ると、俺のベッドの上で寝転びながら、いつものように漫画を読んでいた。

俺は床に胡座を組んで、雪崩が起きそうなほど溜まりに溜まった教科書や参考書やノートやプリント類を断捨離する作業に追われていた。


しばらくお互いの時間を過ごしていたが、ふと思い立って俺は聞いてみた。きちんと詳しく知らなかったからだ。


「成海」

「なに?」

「成海のお父さんはいつ亡くなったんだ?」


交通事故で亡くなったことだけは聞いていた。だが、いつ頃かなど詳しくことは何も知らなかった。


「成海が小学二年生の時に交通事故で亡くなったよ。車同士が衝突して、歩道を歩いてたお父さんに突っ込んできたんだって」

「そっか……。ごめん、思い出させて。なんか知っておきたくてさ」

「ううん、大丈夫だよ」

「お母さんと二人で淋しかったか?」


成海は漫画を読んでいた手を休めて、ベッドの端に座り直すと、首を横に振った。


「ううん。淋しい時もあったけど、休みの日にお母さんと二人で晩ごはんを作ったり、忙しい日はいろんな激安スーパーのお総菜を制覇したりとか、淋しくならないようにお母さんが毎日楽しくしてくれてたよ。休みの日が雨だった時は、ゲームの対戦をするのが凄く楽しかった!」


俺は、(紫織さん、偉いなぁ……)とじ~ん……となった。母親は強いなぁとマジで思った。

すると、今度は成海が尋ねてきた。


「お兄ちゃんのお母さんは?」

「オレが年中の時に癌で亡くなったんだ。いろいろ教えたいとこだけど、お母さんのことはほんのりしか憶えてないんだよなぁ……。家族の団らんとか知らずに育ったなぁ……」

「お父さんと二人でいろいろ喋らなかったの?」

「あんまり二人で喋ったりしてこなかったなぁ……」

「お兄ちゃんは、お父さんとの二人暮らしは淋しかった?」


心配そうに俺を見てくる成海に、俺はお母さんがいなくなった年中から、高三までの二人暮らしを思い返しながら呟いた。


「そうだな……ちょっとだけ……いや、けっこう……いや、かなり……いや…………凄く…………凄く凄く淋しかった……!」


吐き出すように口にした最後の方は声が震えていた。そのまま、我慢が効かなくなった。

堰を切ったように俺の目から涙が溢れ出た。どんどん溢れては流れていく。今まで溜め込んでいた淋しさの感情をすべて吐き出すような流れ方だった。


言葉にして初めて気付いた。俺は、自分が思っている以上に辛かったみたいだ。


涙を見られた恥ずかしさに思わず成海を見ると、成海は俺と同じように泣いてくれていた。一緒に泣いてくれていた。

今まで一人で隠してきた淋しさの感情を、二人で一緒に涙で溶かしてくれているようだった。


俺の身体を、成海の小さな身体が優しく抱き締めてくれた。成海の匂いと優しさに、一気に俺の心は軽くなって、自分でも驚くほど身体中から力が抜けていった。心の底からホッとした。


「あー……なんか久しぶりに泣いたわ」

「成海も久しぶりに泣いた」


二人で笑いながら、ティッシュで涙をぬぐった。


「いつまでも、こんな風に家族でいような」

「うんうん。仲良し仲良し。幸せ幸せ」


俺たちは笑いあってほっこりした。

この家族は絶対になくしてはならない、俺の大切な宝物だ。守らなければならない、決して失いたくないものだった。


「成海」

「なに、お兄ちゃん?」

「俺が泣いたこと、内緒な」

「うん」

「絶対だからな」

「うん」

「誓えるか?」


神様に誓ってと言うのかと思ったら、成海は右手を上げて、俺の目を見て宣言した。


「大橋家に誓って」


俺は思わず笑ってしまった。






同居生活が始まって丸一年が過ぎた頃だった。俺は大学一年生に、成海は中学二年生になった。


ある日、大学から早めに帰宅すると、リビングから話し声が聞こえた。

今日は紫織さんはパートで帰ってくるのが遅い曜日なので、成海だけのはずなのに。はて?


怪訝に思いながらリビングをそっと覗くと、ソファで成海がパンダのぬいぐるみと喋っていた。


「今日も疲れたんだ~……。『ご主人はいつもがんばってるもんね! えらいと思うよ!』。ありがとう~! パン太郎~!」


一人と一匹の劇を黙って見ていたが、気配に気付いたのか、ふと成海と俺の目が合った。楽しそうに喋っていた顔が一変、成海は凍ったように固まってしまった。


「見た……?」


恐る恐る尋ねる成海に、俺はそっと返した。


「見てないです……」

「どう考えても見てるじゃん!」

「……すいません、見てました」

「やっぱり見てたじゃん! 兄妹でもプライバシーの侵害じゃん!」


黙って見てるなんてひどいよ~(ToT) とおいおい泣いている成海に、俺はよしよしと頭を撫でて慰めた。


見られたくないプライバシーが、パンダのぬいぐるみと喋っていることだなんて……。本人は恥ずかしい事この上ないのかもしれないが、こちらは、ただただ愛おしさが増すばかりだった。


なんて可愛らしいんだろう。俺の見られたら恥ずかしいプライバシー第一位のエロ動画でオナニーとは全然違うぞ。


「まあまあ、ドンマイドンマイ」

「うう~……」

「この子はなんて名前なんだ?」

「ぱんたろう……パンはカタカナで、太郎は太いに、郞はつくりが月じゃなくておおざとの方……」

「……分かった。オスだな?」

「……違う」

「メス……?」

「……違う」

「……ト、トランスジェンダー的な?」

「パン太郎は男の子」

「……分かった。お兄ちゃんに任せとけ」


真顔で微かに頷いた俺は偉かったと自分でも思う。動物寄りではなく、人間寄りらしい。


大きさ……身長は40cmくらいだった。形は、ほとんどくびれていないひょうたんといった感じで、そこに、グレーの耳と手と足がそれぞれちょこんとついていた。ワッペンのたれたおめめに、真一文字の口がなんとも味がある。もちもちした感触のぬいぐるみというか、クッションというか、パンダの男の子だった。


「パン太郎、ただいま!」

「『おかえりなさい、お兄様!』」


パン太郎は両手を動かして出迎えてくれた。


「……うん」

「『帰るの、早かったですね!』」

「……とってた授業が休講だったので」

「『良かったですね、お兄様! ささ、どうぞ、こちらでごゆるりとおくつろぎくださいませ!』」


パン太郎はソファをぽんぽんと叩くと、ペコリと頭を下げた。


「可愛い━━!!」


あまりの愛しさに俺は全力で叫んだ。

パン太郎、断じてお前に言ったのではない。俺は、パン太郎を操る成海の方をガン見していた。


俺の妹、マジで世界で一番可愛い。変態のお兄ちゃんと言われようと、バカ兄妹と言われようと、俺はこの家族がなによりも大好きだ。


その日から、リビングにパンダのぬいぐるみ……パン太郎がくつろぎにやってきた。バレてしまったので隠す必要がなくなったらしい。


「成海、バレちゃったの? ちょうど良かったじゃない。いつまでも隠し通せるものでもないんだし」

「別に隠すことでもないと思うよ。ぬいぐるみと遊ぶなんて、可愛いことじゃないか」


夕食後、リビングで紫織さんとお父さんに慰められ、成海はドン引きされなかったことに安心して、意気揚々とパン太郎と話すようになった。


「ただいまー。『おかえりご主人、今日もよくがんばったね!』。うん!」


パン太郎を器用に操りながら、一人で二役をこなしていた。そして、


「可愛い~!」


と、劇の最後にパン太郎を抱き締める成海を見て、俺たち三人はほっこりと癒された。人によってはドン引きするかもしれないが、俺はめちゃくちゃ癒された。どうやら、俺は完全に本物のお兄ちゃんになってしまったようだ。


「お兄ちゃん、よそで言わないでよね」

「言いません」

「絶対だからね」

「絶対にこんな事、よそで言えません」

「……なんて?」

「絶対にこの事は、よそで言いません」

「本当に?」

「本当に」

「誓える?」


俺は右手を上げて、成海の目を見て宣言した。


「大橋家に誓って」

「良かったぁ~! ありがとう~!」


安心してニコニコしながらパン太郎と会話をしている成海に、俺はほっこり癒された。


俺は妹とこんなやり取りができることが嬉しかった。会話があるのが楽しかった。

なにより、家族の団らんがあるのが嬉しくて仕方なかった。

いつまでも、こんな風に家族と仲良く過ごしていたいと思っていた――

読んでくださって、ありがとうございました。

次回に続きます。

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