3、成海の作戦
ノックの音がした。
ノックをするのは、紫織さんと成海だけだ。お父さんはデリカシー皆無なので、ノックなんて文字は辞書にはない。そして、大抵、俺の部屋に遊びにくるのは成海だった。
「いいよー」
と言うと、成海が「えへへ」と笑いながら入ってきた。
「漫画か?」
「うん。ここで読んでもいい?」
「いいよー」
成海は時々、俺の部屋の本棚に並んでいる少年漫画を読みにくる。借りにきてすぐに出ていくこともあれば、俺のベッドに横になりながら読むこともあった。
晩ごはんを食べてお風呂に入り、午後十時の今時分は、成海にとっては至福の時間らしい。
俺はまた勉強机に向かった。数Ⅲの極限を集中して解いていく。
どれくらい時間が経ったのか定かではないが、一段落ついて伸びをすると、微かに寝息が聞こえてきた。
ベッドに目をやると、成海はいつの間にか寝ていた。俺のベッドに横たわる成海は、とにかく小さく感じる。
立ち上がってベッドまで覗きにいくと、成海は右手に単行本を持ったまま寝ていた。なんの悩み事もなさそうに、すやすやと穏やかに寝ていた。胸に描かれたスヌーピーの絵柄が、一定のリズムで上下に微かに動いている。完全に寝ているようだ。
そっと単行本を抜いてみた。成海の右手は、そのまま動かずにいた。
どうしたもんか……としばらく悩んだ末に、俺は自分の部屋と成海の部屋の扉を開けにいった。
戻ってきて、ベッドで寝ている成海の身体の下に両腕を入れて、成海を持ち上げる。驚くほど軽くて力加減を誤り、勢い余ってひっくり返ってしまいそうだった。想像以上にかなり軽い。
そして、
(人生初のお姫様抱っこだなぁ)
と、成海を運びながら思った。
成海のベッドにそっと寝かせると、掛け布団をかける。
しかし、なにか不思議に思った。
どうも怪しい。
さっきまでは動いていなかった瞼が、今は微かに動いたような気がする。
じーっと見てみると、また微かに動いたような気がする。
俺は試しに、
「寝たふりが上手ですね」
と、小声で言ってみた。
すると成海は、目を閉じたまま、こらえきれずににんまりと笑顔になった。
「……起きてんじゃん」
「ちゃんと寝てたんだってばー」
成海は目を開けると、けらけら笑い出した。
怒りの持っていき場を探し、俺は成海をくすぐったら、更に成海はけらけら笑い出した。
読んでくださって、ありがとうございました。
次回に続きます。