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2、大橋家の復活

春休みも残すところ、あと一週間に迫った日。

引っ越し業者が運んできた荷物が我が家に届き、紫織さんと成海が本当にやってきた。結婚詐欺じゃなかった。


引っ越しが完了した日、お父さんは俺の部屋にやってくると、こう言った。


「仲良くするんだぞ」

「分かってるよ」

「でも、仲良くし過ぎて手を出したら殺しますよ」

「フリーザだ……!」

「家族として仲良く。分かってるな?」

「分かってるよ。俺からは絶対に手を出さない。でも、もし万が一、ないとは思うけど、向こうから来た場合は――お手上げです」

「お前の方が大人なんだから、優しく断ってあげなさい」

「今のところは断れます。でも、いつまで射程外かは俺自身も分かりません」

「……それはまあ、分かるけども」

「ありがとうございます」

「お礼を言うな。OKしたわけじゃないぞ。信用してるぞ」

「信用してくれて嬉しいし、俺からは絶対に手を出さない。でも、もし万が一、ないとは思うけど、向こうから来た場合は――お手上げです」

「……それはまあ、分かるけども」

「ありがとうございます」

「お礼を言うな。OKしたわけじゃないぞ。信用してるぞ」

「信用してくれて嬉しいし――」


これをあと三ターンくらいした。






大橋家が劇的に変化した。

まず、会話が長く続くことに感動した。


男二人というのは、どうもペチャクチャお喋りできない生き物らしい。語る内容は電報みたいな、必要事項が主。それ以外には政治経済とか今年の大河は~くらいで、俺の学校生活についてやら進路やらでペチャクチャ会話を交わした記憶はなかった。何気ない日常会話もほとんどない。

二人暮らしをしていたここ最近では、多くて六ターンくらいで終わっていた。


それが今ではどうだ。

晩ごはんを四人で囲って食べていると、あちらこちらから入り乱れて会話がある。お父さんと紫織さんのラブラブの会話やら、成海は新しい中学校での話題を話したがるタイプで俺はそーかそーかと相槌を打ってやったり、かと思えば俺の学校での様子をみんなが聞いてくるので答えたり、とにかく、わちゃわちゃした晩餐に変わっていた。


いつ開けても、冷蔵庫に食材がきちんと入っていた。ビールとリポビタンDとマーガリンとマヨネーズだけという冷蔵庫じゃなくなっていた。


洗濯物が毎日きちんとまわされ、干されて、畳まれていた。以前のように、洗濯物がたまりまくって、はくパンツがなくなって焦るなんてこともなかった。(風呂上がりに素っ裸のまま、ドライヤーで慌ててパンツを乾かしていた)


家事力ゼロの男二人が合わさったらスパークを起こす。家の中はしっちゃかめっちゃかになっていて、土日にまとめてしようにも、こっちは土日も朝から夕方まで柔道の部活があったもんだから、家に帰ったらなにもやる気が起きなかった。大橋家は滅亡しようとしていた。


そんな時に降って沸いた女神が二人。

今まで生きてきた記憶がある限りの人生で、間違いなく、今が一番幸せだった。


四人で仲良く過ごしている時間は、最初は気恥ずかしかったが、毎日続くと、だんだん慣れてきて、それが自然の流れになっていった。お互いの存在を当たり前のことと認識して、まだ帰らない成海に、


「今日、成海は?」

「委員会で遅いみたいなの」


という会話も普通にできるようになっていた。

お父さんと二人暮らしをしていた過去が夢だったかのような錯覚を起こした。

慣れって凄い。自分の順応性に驚いた。俺はこの家族がかなり好きになっていた。


もちろん、うっすらと記憶に残るお母さんのことは忘れない。それは当然だ。


ただ、俺は今の家族を守りたくてしかたなかった。賑やかな家族に対して憧れがあった。それが叶って幸せだった。


もう二度と、以前の二人暮らしに戻りたくなかった。(お父さんのことは好きだけど、しっちゃかめっちゃかな生活が嫌なだけです)






「新しい家族になってどうだ?」


昼休みに教室でお昼を食べながら、いつものメンバーである飯島いいじま吉武よしたけ山田やまだは興味津々に聞いてきた。


一年や二年で接点があった三人とこの三年で同じクラスになり、いつの間にやら四人でグループになっていた。今のところ、担任とこの三人にだけ、俺は新しい家族の件を知らせていた。


「帰ったら晩御飯があるのが、めちゃくちゃ嬉しい! 晩御飯がカップラーメンとか普通にあったからなぁ……。カップラーメンってあんなにおいしいのに、なんで晩御飯にしたらあんなに悲しくなるんだろう」

「他には?」

「冷蔵庫がいつでもいろいろ入ってるんだよ」

「他には?」

「洗濯物が――」

「家事のことはいいから、他には?」

「毎日、おやつがあるんだよ。マジでビビった。今までの大橋家におやつの時間なんかなくて、俺はおやつは絵本や童話の世界のことかと思ってたわ」

「おやつの話もいいから、妹さんとはどうなんだ?」


一番聞きたかった質問らしく、三人の耳は明らかに大きくなっていた。


「普通に良い子だった」

「ヤバイ展開とかならないのか?」

「それはない。向こう、中一だから」


三人が揃って、


『中一か~……』


と、合唱した。


「この前までランドセル背負ってたから」

『この前までランドセル背負ってたのか~……』

「向こうは150cmの中一に対して、俺は178cmの高三だぞ。なんか……恋愛とかじゃないのよ」

「お前はいい息子だ。ご両親もさぞや安心されていることだろう」


吉武が俺の肩をぽんぽんと叩いた。


「仲良いのか?」


飯島が重ねて聞いてきた。


「優しい良い子なんだよ、これが。お兄ちゃんの俺が守ってやらなきゃって気持ちになるんだよ」

「優しい良い子で良かったなぁ」


飯島は、うんうんと頷く。


「向こうはお前のことを怖がってないのか?」


山田の素朴な疑問に、俺は自信満々に答えた。


「俺のこと、凄く信用してくれてるんだ。実際、恋愛感情ゼロだし。恋愛感情がゼロって駄々漏れだから安心してるのかもしれない」

「恋愛感情ゼロでも、誰でもいい的なヤバイ奴だと思われてないのか?」

「俺、凄くいい人だから大丈夫」

「……いい人は、自分のことを凄くいい人って言わないと思うぞ」


ツッコむ山田に、隣の吉武がフォローに入ってくれた。


「いや、確かに大橋はいい奴だ。クラスLINEで誰かが分からないことを質問したら、みんな無視なのに、唯一お前だけは返してあげている」

「だろ?」

「ほんとだ」

「確かに」

「いい奴だわ」

『お前がいい人に一票を入れるぞ』


三人の温かな合唱に、俺は涙ぐんだ。


「飯島、吉武、山田、ありがとう。これからもクラスLINEの返事、俺だけは返し続けるからな」

『お前はマジでいい人だ……!』


一家に一台ならぬ、一クラスに一人大橋だ……!と、三人は合唱してくれた。

しかし、俺はすぐさま溜め息をついた。


『どうした?』

「思うんだ。今だけなのかもしれない。高校生になったら、女子の反抗期って口も聞いてくれないとかあるだろ? お父さんの気持ちが分かるってなりそう」


飯島が相槌を打つ。


「確かに。漫画やドラマとは違う、リアルな展開だな」

「現実の再婚ってこんなんなんだって覚悟しとく。期間限定の優しい妹を噛みしめとく。高校生になって喋ってくれなくなっても悲しくならないよう、今のうちに覚悟しとく」

『お前はいいお兄ちゃんだ……!』


むせびなく三人に、俺もむせびないた。

読んでくださって、ありがとうございました。

次回に続きます。

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