18、その幸福感は他者承認によるものか愛か
夕方に帰宅すると、リビングから激しい爆発音が聞こえた。何かが爆発したらしい。
そっとリビングを覗いて見ると、成海がテレビに釘付けになっていた。画面には、なんと、トム・クルーズが映っているではないか。
「ちょっと待て! それはもしや『ミッション:インポッシブル』かっ!?」
「あ、お帰りー」
俺の質問には答えず、成海は振り返ってのんびりと返した。俺は画面に近付いて、しげしげと眺め、
「俺が録ってたやつーっ」
と、画面を指差してツッコんだ。
「観始めたばっかりだから、また最初からにするよ。お兄ちゃんも観る?」
「…………」
「コーラいる?」
「…………」
「ポテチもあるよ!」
こたつには、パーティー開きされたポテチとペットボトルのコーラが鎮座ましましていた。
ちなみに、十一月に入り、大橋家のリビングテーブルは、こたつに様変わりしたのだった。
「……今から何が始まろうとしてんの?」
「映画パーティー」
「映画パーティー?」
「知らない? 映画パーティー」
「……ちょっと勉強不足で……知らないです」
「成海は常々、思ってたの。お兄ちゃんはいつも、録画した映画をただ観てるだけでしょ? 視聴覚教室じゃないんだから……ってなんない?」
「ひどいじゃないか。常々そんなことを思っていたなんて。なぜ、ツッコまずにいたずらに俺を泳がせていたのか。そして、それの何がダメなんだ?」
「ダメってことはないんだけど~……どうせなら、もっとこう、楽しく演出した方が人生も楽しくなると思わない?」
「……ふむ」
「ただ観てるだけだと、映画は面白いんだけど、ちょっと事務的な感じにもなるから、どうせ同じ時間を過ごすなら、+αの演出をして、より自分時間をハッピーにしてあげた方がいいと思うわけよ」
「ふむふむ」
「というわけで、ポテチとコーラが大事なわけよ」
「成海の人生の方が楽しそう! いいな~! いいな~!」
「一緒に観よう観よう!」
「でも、こんな四時からポテチなんか食べて……お母さんが作ってくれた晩ごはんが入らなくなりそう……。心配だなぁ……。こんな背徳感増し増しなことをしていいのか?」
「大丈夫! そういう時は晩ごはんをずらせばいいんだよ!」
「なるほど! 素晴らしい! そして、幸せだけどダメ人間になりそう! お母さんにも叱られそう!」
「映画パーティーの時だけだから、お兄ちゃんもダメ人間になろう! 二人で叱られたら怖くないよ!」
「そうする! 急いで手洗いうがいしてくるわ!」
「お兄ちゃんの分のコーラ、出しておくね!」
「マジでありがとう!」
こうして、俺と成海はこたつに並んで座り、映画パーティーを催すことになった。
最初からスタートし、二人でポテチをつまみながらコーラを飲む。なんという幸せなひとときだろうか。
しばらく映画に集中していたが、中盤あたりに差し掛かり、エッチなシーンが流れ始めた。思わず隣を見てみると、成海は両手でこたつ布団を顎まで被り、表情は「はわわわ……」となっていたが、くりくりおめめは画面に釘付けになっていた。
「興味があるんですか……?」
そっと聞いてみると、真っ赤な顔で恥ずかしそうに俺を見ると、小さくこくん……と頷いた。
(めっちゃ可愛い……!)
と、思ってしまった。
「そういや、アタックする話はどうなった? この一週間、普段通りの俺たちだったけども」
エッチなシーンから切り替わったタイミングで、成海は画面を一時停止させた。
「成海なりにこの一週間、考えたの。お兄ちゃんって押しに弱いタイプじゃなくて、押したら引いてしまうんじゃないかと……」
「よくご存知で。押されてばかりは苦手です。こっちからもいきたいタイプです」
「恋愛も、追いかけられるより追いかけたいタイプっぽい」
「どっちかと言えば、そうだなぁ」
「ということは、押せ押せでいくのは危険だし、かといって、成海は恋愛スキルもゼロだからあざとい技も思い付かないし……。どうしたもんかと悩んでて……。何かいい方法はないかなぁ? 妹の立場をフル活用して、庇護欲を駆り立ててみようかなぁ?」
「俺のことを頼って相談してくれるのは嬉しいけど、敵に手の内を見せるのはどうかと思うぞ」
すかさずツッコミを入れてみると、成海は深いため息を吐いた。
「お兄ちゃんは今までいろんな女の人と恋愛してきて余裕だろうけど、こっちはそんな経験もないし、本当に困ってるんだからねっ」
漫画みたいにほっぺたを膨らませてぷんすか怒り始めた成海の台詞に、俺は思わず笑ってしまった。どうやら成海には、俺は恋愛経験が豊富な、かなりの大人に見えるらしい。
「俺がいろんな恋愛をしてきたように見えるか? 全然、そんなんじゃないって。男子と遊んでばっかだったよ」
「そうなの?」
「そうだよ。女性が何を考えてるのか未だにさっぱり分からないし、成海が想ってくれてたことも全然、気付かなかったよ。女性の楽しませ方も扱いも全然、知らないし。そもそも恋愛のことも分かってないから、成海に教えて欲しいくらいだわ」
すべてを正直に話した俺に、成海は意外そうに呟いた。
「そうなんだ~……」
「成海が思ってるほど、俺は女性に慣れてないし、大人でもないよ」
「そうなんだ~……。でも、慣れてない方が安心かも」
幻滅されるかと思ったが、なぜか安心してくれた。
「少女漫画みたいに、スマートにエスコートなんかできないぞ」
「そんなのできなくていいよ。子供じゃないんだから自分でできるし」
「……俺、休みの日は昼までだらしなく寝てるぞ?」
「知ってるよ」
「小芋が食べられないぞ?」
「知ってるよ」
「車とバイクの話を始めたら、成海が嫌がるまで話してるぞ?」
「知ってるよ」
「変に心配性なところもあるよ」
「知ってるよ。でも、慎重派だということで」
「めちゃくちゃ人見知りだよ」
「その分、一度仲良くなったら、すっごく大切にしてくれる!」
「めちゃくちゃマイペースだし」
「確かにあんまり動じないね」
「真面目な話をしている時にちゃかしたりもするぞ?」
「あれはちょっとやめてほしいんだけどね~……でもまあ、それがお兄ちゃんだし」
「禿げてきたら丸坊主にするぞ?」
「今のスポーツ刈りとそんなに変わらないよ。それに、浮気もしづらいしだろうし安心安心! お兄ちゃんの良さを知ってるのが成海だけになるから逆に嬉しいよ!」
俺は爆笑してしまった。
「凄い愛だな~。なんでもいいように言ってくれるね。ありがとう。でも、禿げてない男がいくらでもいるのに」
「禿げてなくてもお兄ちゃんじゃないからいらないもん。禿げててもお兄ちゃんがいいの」
「…………」
思わず笑いが止まってしまった。
禿げてる俺でもマジで受け入れるつもりらしい。正直、ちょっとびっくりしてしまった。たまたまそばにいる大人の男性に対しての憧れを恋だと勘違いしているんじゃないかと思ったが、どうやらマジでそうではないらしい。
「……とりあえず、続きを観ようか」
現実逃避をするようにコーラを飲んでリモコンに手を伸ばそうとしたら、
「あー!」
と、成海が叫んだ。
「なんだなんだ? 何事だっ?」
「成海のコーラは!?」
たった今、イッキ飲みしたペットボトルを持ちながら、俺は自分側に置かれたペットボトルにも気付いた。テーブルの真ん中に置かれていたので、俺はてっきり、これが自分の分だと勘違いしてしまっていた。
「間違えて飲んじゃった」
「もう! 最後のコーラだったのに~っ」
「分かった分かった。俺の分、あげるよ」
俺のペットボトルを成海の前に置くと、成海は『やったー!』と喜んでくれるのかと思ったら、フリーズしてしまった。
怪訝に思ったが、すぐに俺も気付いてしまった。どうやら間接キスが気になるらしい。
しばらくすると、固まっていた成海はじわじわと動き始め、
「あ、ありがと!」
と、俺のコーラを受け取った。
目に見えてギクシャクしながらフタを開け、ギクシャクしながら俺のコーラをこくこくと飲むと、ギクシャクしながらフタをして、ふー……と額の汗を拭う仕草をしている。
俺は爆笑してしまった。
こたつにくるまってしまった成海を「笑ってごめん」となだめ、また再生ボタンを押して観ていると、エンドロールが流れ始めた。
俺は呆然としてしまった。なんと、完結していなかったのだ。
どういうことだ?と思う間もなく、画面が切り替わり、
『続きは映画館でお会いしましょう!』
と、トムが視聴者の俺たちに笑ってきた。
「なるほどな……」
俺は腕組みをしてうなだれた。
(トムめ……やってくれたな……)
と、思った。
「映画、一緒に行くか?」
声をかけると、あっという間に成海の顔は、ぱぁっと花が咲いたように満面の笑みに変わった。
「やったぁ! デートだぁ!」
(デート!?)
そんなつもりじゃない……と言おうとしたが、俺の気持ちをよそに、成海は「わーいわーい!」と言いながら、パン太郎を胴上げしている。
気を持たせるようなことをして悪かったかなぁという申し訳なさが湧いたが、すぐに、そんな感情も掻き消された。
あまりに嬉しそうにはしゃいでいる成海の笑顔に、俺はその幸福に目が眩んで、どうでもよくなってしまった。
俺でよかったら、いくらでもこの体を差し出せると思ってしまった。
成海が笑顔なら、もうなんでもいっか、と俺も嬉しくなって笑ってしまった。
読んでくださって、ありがとうございました。
遅くなって、すいませんでした。
次回に続きます。




