16、喧嘩の種類
十一月二日の今日は、お母さんのお誕生日だ。と言っても、俺と成海の出番は特になく、お母さんは、
「いってきまーす! 帰りは遅いから二人とも適当に食べててー。朝ごはんはお土産に買って帰ってくるねー!」
とご機嫌に叫ぶと、お父さんとディナーに出掛けてしまった。
毎年、お父さんとお母さんは、お互いのお誕生日に二人でディナーに出掛けていた。出会った頃と全く同じ熱量でいつまでも仲が良いのは、息子の目から見ていても、とても微笑ましかった。
俺も結婚したら、同じ熱量のあんな関係がいいなとか素直に思った。
そんなわけで、今日の晩ごはんは成海が作ってくれることになった。俺が食べたいお総菜を適当に買って帰ったり、成海が気になるお弁当屋で買って帰ったりする時もあれば、今回のように成海が気ままなシェフになることもある。
ちなみに、今回は豚の生姜焼きを作ってくれた。
「どう? どう? おいしい?」
先に一口を食べた俺に、成海がウキウキと尋ねてきた。
「めちゃくちゃおいしい……!」
お口いっぱいに広がる柔らかい豚を味わいながら、俺は感動した。今まで食べてきた生姜焼きの中で、間違いなくベストワンに君臨してしまった。頬張りながら、思わず聞いた。
「どうやって作った?」
「お肉は豚肩ロース薄切りのちょい分厚めを探したの。生姜焼き用のお肉より、成海はこっちの方が好きなんだよね」
「素晴らしい……!」
俺が手を差し出すと、成海も満更でもない顔つきになり、俺たちはお互いに固く握手を交わした。
「一枚一枚を軽く焼いて、一旦よけていって、またフライパンに戻して、砂糖水となじませて、後はニンニク、ショウガ、醤油、お砂糖、レモン汁で味付けしたの。動画のレシピだと分かりやすくていい感じ~」
「成海は凄いなぁ~」
料理が全くできないので、俺は成海に感心しながら、ニコニコとご機嫌に食べていた。そんな俺に、成海もニコニコしながら食べていた。
学校やYouTubeなど、他愛もない会話をしながら、いつものように二人で穏やかな晩ごはんを過ごした。
洗い物を済ませると、俺は胡座を組んで、リビングテーブルでパソコン作業を始めた。『錯体化学』の課題の提出が二日後に迫っていたため、できれば今日中に仕上げて教授に送信してしまいたかった。
成海は、そばでソファを背もたれにしてスマホをいじっている。
しばらくお互いの時間を過ごしていたが、ふと思い出して、俺は作業の手を止めた。
「成海」
「なに?」
「告白の返事、どうした?」
「ちゃんと断ったけど……」
「そっか」
俺はホッとして、またパソコンの作業に戻った。参考資料としてネットのスクショした画面を見るため、スマホをいじる。ユーチューバーの映ったスクショ画面を見ながら入力していたら、成海が寄ってきて、パソコンの画面を覗き込んできた。
「……難しそう」
「……難しいというか、面倒臭いというか……」
「……お兄ちゃん、この人がタイプなの?」
スマホの画面を見ながら聞いてきた成海に、俺は不思議に思った。
「いや、別に。なんで?」
「ハートマーク……」
俺は思わず笑ってしまった。
ユーチューバーの女性が映ったスクショ画面の右下に、俺は編集の蛍光ペン機能で✔️を入れていた。それを、成海はハートマークだと勘違いしたようだ。
「これは課題で使い終わったからチェックを入れただけだ。確かにハートマークに見えるな」
「なんだ……」
ホッとした顔を覗かせた成海に、俺は思わず笑ってしまった。
「ヤキモチ焼いてんのか?」
以前の中学生の時なら、「可愛い奴だなぁ~!」と笑っていたが、俺は思わず、
「嬉しいけど、まさか恋愛のやつじゃないよな?」
と、釘を刺すみたいに言ってしまった。
あいつの言っていた、『お兄ちゃんに相談する』の台詞が引っ掛かっていた。
俺もシスコンだと言われたが、さすがに付き合う人を成海に相談しようとはならない。人のことは言えないが、それにしてもブラコン過ぎないか?と思った。
「そんなんじゃないし!」と返ってくるものかと思っていた。
だが、成海は黙ったままだった。ずっと黙ったままだった。俺は固まってしまった。
ちょっと待て。なぜ黙る。
ひょっとして―――マジか?
ようやく成海が口にした言葉は、「そんなんじゃないし!」ではなかった。
「恋愛のやつだったら、どうなの?」
俺の心臓が大きく跳ねた。
「どうなの?」
言葉を失う俺に、成海はまっすぐに俺を見てきた。動揺を隠せなかった。俺はかすれた声で辛うじて答えた。
「……ダメだろ」
「どうして?」
「…………」
「どうしてお兄ちゃんのこと、好きになっちゃダメなの?」
「……兄妹だからだろ」
「血はつながってないよ」
「…………」
「血はつながってないから、お兄ちゃんのこと好きになってもいいよ」
「…………」
「お兄ちゃんは知らないだろうけど、成海はずっとお兄ちゃんのことが」
「待て、ちょっと待て」
今にも泣きそうな顔をする成海に、慰める余裕なんかなかった。
頭が真っ白になっていた。
「言うな」
思わず制した俺に、成海は伏し目がちに言った。
「……お兄ちゃんが、成海のことを本当の妹としてしか見てないことは分かってる。この家族が大好きなことも分かってる」
「…………」
「だから、成海に好かれて困ることも分かってる……」
その通りだった。何も言い返す言葉が出てこなかった。
「だから……今まで隠してた。何度もお兄ちゃんなんだって思おうとしたけど……無理だった。どうしても、男の人なんだって思っちゃう……」
くりくりした瞳から涙が溢れては流れてきた。
成海の言葉をうまく理解できない。
頭が追い付かない。
「『付き合うな』って言ったのも、ただ心配して言っただけだって分かってる。お兄ちゃんはいつも、最後は『お兄ちゃん』になる……」
当然だろ。俺はお兄ちゃんなんだから当然だろ。
ちょっと待ってくれ。
どういうことだ。
頭が混乱する。
俺たちは兄妹だろ。
家族だろ。
こんなに長い間、一緒にいて、一緒に暮らしていて、実は好きだったとか、そんなことを急に言われても――
呆然とするしかない俺に、成海は泣きながら続けた。
「でも……成海のことが好きじゃないなら、あんな奴と付き合うなとか言う権利、お兄ちゃんにはないから!」
成海は階段を駆け上がって、自分の部屋に行ってしまった。
静まり返ったリビングで、俺は呆然としたまま動けなかった。
あんなに小さかったのに、もう、こんな大人の女性みたいな言い方をするのか。
女って―――鋭い。簡単に見透かされる。
そして、思った。
暮らし始めた頃に、俺は言っていた。
時には兄妹喧嘩をして、真の家族になりたい、と。
これははたして、兄妹喧嘩なのか、痴話喧嘩なのか――
読んでくださって、ありがとうございました。
次回に続きます。




