12、愛することと尽くすことはイコールか否か
「お兄ちゃん、お昼ごはんできたよー。もうそろそろ起きてよー」
成海の声に目を覚ますと、くりくりおめめが俺を見下ろしていた。
「もうお昼だよー」
と言われ、俺は大きく欠伸をすると、壁の時計を見た。ちょうど長針と短針が重なっている。昨日は金曜日だからと夜更かしをしてしまい、ついつい昼まで爆睡してしまった。
一階に降りると、成海しかいなかった。
「お父さんとお母さんは?」
「デートに行ったよー」
「どこに?」
「髙島屋」
「なんで?」
「グッズのイベントがあるから買いにいきたいってお父さんが言い出して、お母さんがついていきたいって言い出して、そのまま二人で出掛けてった。LINEにも載せてあるよ」
家族LINEを開くと、ヘビメタロックのグッズ販売の内容が書かれたスクリーンショットの画像と、
『紫織さんと髙島屋に行ってきます。晩ごはんは買って帰ります』
と、お父さんの一言が載っていた。
〈オジー・オズボーン〉や〈AC/DC〉や〈ヴァン・ヘイレン〉や、他にも〈ボンジョビ〉〈メタリカ〉〈ブラックサバス〉〈スコーピオンズ〉……。おいおい、めちゃくちゃ楽しいイベントをやってるじゃないか。
「……俺も行きたかったなー……」
「今日からだし、まだしばらくあるから大学の帰りに行ってきたら?」
「そうするわ……」
欠伸をしながら、ふと見ると、リビングテーブルには、俺の好きなチャーハンが置かれていた。
「チャーハンだ! 成海の手作り?」
「そうだよー」
「やった! 成海のチャーハンが一番おいしいんだよなー」
「にひひ」
成海は得意気に笑ってみせた。
成海のチャーハンは、具材がコーンとソーセージとネギと卵に、塩コショウとフライパンの縁から流し入れる焦がし醤油だけで味付けされたもので、これが濃くもなく薄くもなく、いつでも絶妙な味付けなのだ。
冷凍のチャーハンはお店のような本格的な味でそれはそれでめちゃくちゃおいしいが、成海のチャーハンは家庭的な味で、飽きずにいつまでも食べられる、俺の大好物だった。
ソーセージのちょい焦げの部分といい、コーンの食感といい、マヨネーズで炒めているからか、まろやかさと相まってめちゃくちゃおいしいのである。
インスタントだが、オニオンスープは俺が二人分の準備をした。
ソファがあるが座らずに、ソファを背もたれにして、二人並んで床に座る。床に敷かれたふわふわのカーペットに座っている方が二人とも落ち着くので、普段から床に座るか、寝転がって過ごしているのだ。
「いただきます!」と言って食べ始めると、
「あ、そうだ」
と、成海がチャーハンをパクつきながら、神妙な面持ちで聞いてきた。
「お兄ちゃんのカノジョさんってどんな人なの……?」
「ああ……別れた」
「ええっ!? フったの? フラれたの?」
「……まあ、フッたかフラれたかは置いといて」
「その言い方はフッたんだね」
「……はい」
「二ヶ月半でフッたんだ……。なんでなんで?」
「……せっかくのチャーハンの味がしなくなってきた……」
「気になるもん。教えて教えて~」
無邪気にすり寄って先を促す成海に、俺は「女子の恋バナみたいに、そんな楽しい感じじゃないのに……」と渋々ながら、おおまかに話した。もちろん、エッチをしたことはバッサリとカットして話した。
「好みのタイプの人だし、付き合ってお互いに愛を育んでいくものだと思ってたんだけどさ……。なんか、恋愛って俺が考えてるような単純なもんじゃなくて、思ってる以上に小難しいみたいで……。なんで、尽くす気持ちとか湧いてこなかったんだろう。俺って恋愛に向いてないみたいだわ」
「…………」
「成海は俺みたいな冷たい奴じゃなくて、尽くしてくれる優しい人にした方がいいぞ」
すると、成海はチャーハンの手を止めて俺を見た。
「お兄ちゃん、恋愛に向いてない人なんていないよ」
「はい……」
「本気で好きじゃなかったから尽くせなかっただけだよ。仕方ないよ。大丈夫、いつかきっと、お兄ちゃんが尽くしたくなるような人が見つかるよ」
キッパリと言い切ってくれた成海に、俺はうるうると来てしまった。
「お兄ちゃんを慰めてくれてんのか……」
俺は涙ぐんだ。思わず成海を抱き締めた。
「成海、ありがとう! 成海のためなら、お兄ちゃんは死ねるぞ!」
「最上級の尽くす台詞だぁ……」
言われて初めて気が付いた。
本当だ。ちゃんと尽くす心はあるみたいだ。妹に対してなんだけど。
俺は成海になら尽くせる。
いつか俺にも、こんな風に思えるくらいのカノジョができるのだろうか。
「ちなみに成海は……好きな人はいるのか?」
「いるよ」
「いる!? ゲホゲホッ」
思わぬ答えに、オニオンスープで咳き込んでしまった。成海は不思議そうに小首を傾げている。
「そんなにビックリすることかな?」
「いや、まあ、勝手にいないと思ってたから」
「もう中二だよ。好きな人くらいいるよ」
「誰誰っ?」
「言うわけないじゃん」
「なんで? 言いふらしたりしないから教えて」
「そんな最低限のルールを守るから教えてとか言われても教えるわけないじゃん」
「俺の知ってる奴か?」
「うるさいなぁ。お兄ちゃんには内緒だよ」
内緒にされてしまった。いよいよ反抗期に突入する時期なのかもしれない。
「お兄ちゃんにできることがあったら、なんでも協力するからな」
と言うと、成海は、
「気持ちだけもらっとくよ。ありがとう」
と、めちゃくちゃ気のない返事で流された。
(ビックリするくらい頼りにされてない……)
成海の役に立てないことがめちゃくちゃ悲しかった。
洗い物は俺がやり、二人でリビングのカーペットでゴロゴロしていたら、突然、成海ががばっと起き上がった。
「やばっ! テスト、近いんだった!」
アルトリコーダーを慌てて吹き始めた成海の隣で、俺は黙々とNintendo Switchで〈ゼルダの伝説〉をやっていた。すると、何の気なしに聴いていたら、曲は《美女と野獣》だった。
「《美女と野獣》のテストすんの?」
吹きながら、こくこくと頷いている。
俺の中学時代にそんな曲はなかった。時代は変わったもんだ。
と思ったら、今度は《翼をください》をアカペラで歌い始めた。
「……なんで?」
「音楽のテスト、リコーダーか歌う方か選べるの。どっちがいい感じだと思う?」
「もう一回、歌ってみ」
歌う成海に、俺は聴いていたが、途中からハモってみせた。
「俺、下パートだったんだよ」
「ドヤ顔で言われても知らないし~。っていうか、ハモるんじゃなくて、ちゃんとどっちがいいか聞いててよ~」
漫画みたいにほっぺたを膨らませてぷんすか怒る成海に、
(怒ってる顔も可愛いけど……やっぱ恋愛感情じゃないと思うんだけどなぁ……)
と、俺は思った。
読んでくださって、ありがとうございました。
次回に続きます。




