1、お母さんと妹がやってきた
我が家に突如として、潤いと華が生まれた。お父さんが再婚して、新しいお母さんと妹がやってきたのだ。
人生でこんなワクワクする日がやってくるなんて思ってもみなかった。お父さんとの二人暮らしの質素な日々で、俺の学生生活は終わると思っていた。
春休みに突然、お母さんになる人を紹介したいと言われ、俺は今までそんな素振りを見せなかったお父さんに驚愕したが、すぐに快諾した。
ウキウキしながら、デパートの、とある和食レストランで心待ちにしていると、
「こんにちは。初めまして。驚かせちゃってごめんね。突然、紹介されてびっくりしたわよね。でも、会えて嬉しい! これからよろしくお願いします」
やってきた美人に、俺は更に驚愕した。
確かに俺のお父さんは整った顔立ちではある。しかし、俺という息子がいて再婚は、かなり過酷な試練なのではないかと思っていた。だが、その試練をこんなに見事に乗り越えてみせるとは。
「俺も嬉しいです。大橋浩平です。よろしくお願いします」
「良かった~! こんなイケメンの息子ができるなんて嬉しい! 内田紫織です。三十五歳、A型の双子座です!」
おちゃめに笑った新しいお母さんは、女優みたいに美人なのに親しみやすい性格だった。なんか、ドラマみたいだ。
こそこそと、お父さんが耳打ちしてきた。
「どうだ? 素敵な人だろう?」
「これがお母さん? これは現実か?」
「もちろん亡くなった母さんが一番だが、生きている女性の中では彼女が一番だ」
「お前、どうやってゲットしたんだ? 催眠術が使えるようになったのか?」
「実力だ」
「結婚詐欺じゃないのか?」
「結婚詐欺師が連れ子まで仕込まんだろ」
見ると、美人の隣に誰かがいた。
「内田成海です。よろしくお願いします」
ぺこりと丁寧にお辞儀をした彼女は、くりくりしたおめめのアイドルみたいな美少女だった。
女優みたいなお母さんと、アイドルみたいな妹。
どういうことだ。俺の人生に、盆と正月とゴールデンウィークが一気にやってきたぞ。
こそこそと、お父さんが耳打ちしてきた。
「可愛い妹ができて良かったな~……」
「これが妹? これは夢なのか?」
「うんうん、思っていた通りの反応だ。現実だ、現実。本当に良かったなぁ~……」
涙ぐんでいるお父さんに、俺はついていけなかった。
話を聞くと、彼女は小学校を卒業したばかりだった。この春から、俺の家の近くの中学校に入学するらしい。俺は、電車通学している高校の三年に進級する。
中一と高三。ドラマや漫画の世界をちょっと期待していたが、残念ながら、俺には恋愛対象外だった。
うちのお父さんとどこで知り合い、どういう流れで恋愛に発展したのか謎に思っていたが、紫織さんは取引先の事務をしていて、お父さんが訪問時にお茶だしをしているうちにいつの間にやら発展していったらしい。俺のお父さん、頑張りました。
お父さんと紫織さんがラブラブ語りだしたので、俺は親睦を深めるために彼女に声をかけた。
「大人で盛り上がってるし、外に出て話そっか」
「あ、はい」
「ちょっと外に出てるよー」
二人に声をかけると、
「ああ、行ってきなさい。仲良くなー」
「ありがとう、浩平くん。良かったわねぇ、成海」
そう言うと、二人はまたラブラブ語り始めた。
俺は、彼女と一緒にデパートの屋上に出た。そこは人工芝が広がった、憩いのスペースになっていた。木々やベンチも設置されており、石で組まれた溝に人工の川も流れている。
休日のいい天気だったため、多くの人がくつろいだり、小さな子供が芝生で走り回っていた。
空いている木のベンチに座ると、俺は早速、聞いてみた。
「再婚の話、聞いてどう思った?」
「びっくりしました」
「いつ知った?」
「私は三ヶ月くらい前です」
「俺なんか十日前だよ」
「え~っ?」
連れ子同士ならではの会話を交わして親睦を深める。そして、
「家族になるし、敬語はなしでいこっか」
と、俺は提案した。
「はい、じゃなかった、うん!」
彼女は、わざわざ言い直してくれた。
見た目もくりくりおめめで可愛らしいが、性格もなんて可愛らしいんだ。俺は心の中で歓喜した。……恋愛対象外だけど。
「え~と……なんて呼び合おうか?」
「なんでも大丈夫です……じゃなかった、なんでも大丈夫」
「じゃあ、成海ちゃんで」
「成海ちゃん……」
「兄妹でおかしいか。じゃあ、成海で」
俺に呼び捨てにされて、成海は一気に恥ずかしそうにどぎまぎしていたが、
「はい! じゃなくて、うん!」
と、嬉しそうに笑ってくれた。
(可愛い……! )
俺は感動した。
なんて初々しいんだろう。天真爛漫とはこういう子に使うに違いない。……恋愛対象外だけど。
「俺は好きに呼んでくれていいよ」
「え~と……お兄さん? お兄ちゃん? どっちがいい……?」
「どっちでもいいよ」
「じゃあ、お兄ちゃんで」
『ちゃん』を採用された。
「別にいいけど、でもなんで?」
「ちゃんの方が親しく感じるから」
「確かに」
「壁を早くなくせそうだから」
「確かに」
「早く家族になりたかったし」
「一緒だ! 俺、マジでラッキーだ。成海が妹で良かったわ」
「……ほんとに?」
「うん。実は、賑やかな家族に憧れてたんだよなぁ。高三で夢が叶うとは思わなかったわ」
俺の意見に、
「私も! 友達にお兄ちゃんがいて羨ましかった!」
と、成海も嬉しそうに笑ってくれた。
(嫌がってなくて良かった)
父親のような気持ちでほっとしたら、ぽつりと成海が呟いた。
「内田成海から大橋成海になるのかぁ……」
「どんな感じ?」
「大橋さんって呼ばれても気付かずにスルーしそう」
ハハッと俺は声を出して笑ってしまった。
「一回練習してみる?」
「してみる!」
「内田成海さん」
「はい」
「いきなり間違えてる……」
「あ」
「大橋成海さん」
「はい」
「内田成海さん」
成海は、両手で口を押さえて返事をしないように頑張った。動作がとにかく可愛い。
「バッチリ」
俺は親指を立てて、グッドをあげた。
「じゃあ、呼び合いっこもしてみる?」
「うん」
「成海」
照れ臭そうに、
「え~と……なに? でいいの?」
「バッチリ。じゃあ、俺のことも呼んでみて」
「じゃあ、えーと……」
俺が、じーっと成海を見てワクワクしながら待っていると、消え入るような声で、
「……お、お兄……ちゃん……」
と、続ける。でも、すぐに成海は、
「無理~……」
と、はにかんで笑った。
俺も嬉しいのと照れ臭いので、思わず笑ってしまった。
神様、ありがとう! 生まれて初めての妹! マジでいい! 家族が増えるってマジで嬉しい! 兄妹の会話があるのがマジで楽しい!
俺は新しい家族に舞い上がってしまった。
読んでくださって、ありがとうございました。
次回に続きます。