地球儀
三題噺もどき―ろっぴゃくさんじゅうなな。
「……ふぅ」
猫背になっていた体を起こし、体重を椅子の背もたれにかける。
ギシ―と小さく悲鳴が聞こえたが、今は聞こえないふりをする。
頭を使うことには慣れているが、使い慣れない所を使うのはどうにも疲れる。
「……」
背もたれに体重をかけたままの状態で、手はマウスに置いたまま操作していく。
下にスクロールしていき、抜けがないかだけを確認していく。
慣れない作業は集中をするのに時間を要するし、集中しきれない所もあるので抜けがないとは完全には言い切れない。いつも以上に念入りに、確認をしていく。
「……」
まぁ、今回のこれはそこまで気負うようなものではないのだけど。
簡易的な模試というか……新しいことを始めるための事前テストみたいなものだ。これの結果次第で次にどう進めるかとか、そういう話に関わってくるだけだろう。
「……、」
まぁ、とりあえず抜けはなかったので、よしとしよう。
これのデータを送ってしまえば今日の仕事は目途が立つ。
何度も見ても結果は変わらないが、もう1,2回程見直しをしてから、メールを送る。
「……」
送信されたことまで確認をして、画面上に開かれていたタブを閉じる。
デスクトップ画面には、なぜか地球儀が写し出され、ゆっくりと回っている。
いい写真でも何でもあれば良かったが、そもそも映らないのだからそんなものは用意のしようがない。それでも毎日同じは飽きるから、ランダムで変わるようになっている。
「……」
ぼうっと、回る地球儀を眺めている。
映像である以上、事細かな部分は見られないし、止めて見ることもできないが。
こういうのは、どうしてこう……見ていて飽きがこないんだろうな。特に何も面白みもないのに、なぜだか魅入ってしまうのは何なのだろう。これという魅力を感じるわけはないのだが……あぁ、でも、地球儀というモノは持っているだけで少しいい気分にはなれるな。
「……」
それなりに国を渡り歩いてきたが、こうしてみるとなかなかな距離を移動しているんだなと思ってしまう。単純に元々いた国から今住んでいるこの国まででもそれなりに距離がある。移動している分には何の違和感もないし、何とも思わないのだけど、下手したら地球一周くらいしているんじゃないんだろうか……。逃げながら飛び回っていたから正確にどこに行ったと言う記憶があるわけではないのだけど。
「……」
今では少しもったいないと思ってしまう。
あの頃の自分にゆっくり観光でもしながら行けよとは言えないが、それでも少しはその国の何かに触れるくらいはしたらよかったのにとは思わなくはない。そんな余裕がないことは自分が一番分かっているけれど。
「……」
まぁ、でも、最終的に来たこの国で、こうして平和に毎日暮らせているのは。
案外あの苦々しい日々があったからかもしれないし、あの毎日をどんな形であろうと否定するのは心苦しいものがある。
「ご主人」
「……」
コイツは一生ノックというモノを覚えないのだな。
もう何度も言うのも疲れて言わなくなったが、言わないと分からないのか。言っても分からないのか……多分わざとだろうけど。嫌がらせに余念がない従者である。どんな従者だ。
「休憩されますか」
「……ん」
「先にリビングにいますよ」
そうとだけ言って、ドアを開けっぱなしにしたまま踵を返す。
タイミングはいいのだけど、ノックだけは頼むから覚えて欲しいものだ。
「――っぐ」
軽く伸びをしながら、凝り固まった体をほぐす。
思ったよりも肩が凝っていて驚いた。いい加減猫背になる癖を直さなくてはいけないな。体が悲鳴をあげそうになる。それでも集中してしまうとなってしまうからどうしたものか……こういうのってどうやって治すのだろうな。色々と方法があるらしいが。
「―――っはぁ、った」
脱力した瞬間に、手の甲を机の角にぶつけた。
痛い。普通に。
「――」
痛みに鈍い癖に、こういうのはちゃんと痛いと思うのかという感じなんだが……ふいに訪れる痛みには弱いのは当たり前だろう。そうだろう。……痛い。
「……」
ジクジクと、地味に痛い手の甲をさすりながら、部屋を出て行く。
さて。今日の菓子は何だろうな。
「今日は桜餅を作ってみました」
「……お前ついに和菓子にまで」
「先日は雛祭りでしたからね」
「そういえばそんな時期だったな」
「ちらし寿司を食べ損ねたので、桜餅です」
「……どういう理屈だ」
お題:桜・地球儀・模試