勇者はブーツで踏まれたい ~服を溶かされた魔法使いの少女は怒っています~
魔王が討たれ、平和をとりもどした世にあっても、勇者はダンジョンへもぐり続けた。
「危険なモンスターがいる限り、俺の戦いは終わらない」
街の中央には噴水があり、勇者を称える彫像がそこに建てられた。彼の自宅のポストには、世界中から届けられた感謝の手紙とファンレターがつめこまれ、玄関の前には交際を希望する女性たちがつめかけていた。
しかし勇者は旅に出る。
高い戦闘スキルをもち、バランスの良い魔法を使いこなす勇者。しかし後進を育成するため、あえて新人の魔法使いを同行してダンジョン攻略に挑む日々。今日も旅で知り合ったばかりの魔法使いとともに、洞窟の奥へと進むのだった。
◇◇◇
「うちはダンジョン初体験や、ゆっくり進んでな」
独特の口調がチャーミングな少女、無名で三流の魔法使い、音黒ノミコは慎重に歩く。ぬるぬるとした洞窟の床は転びやすく、足元がおぼつかないのだ。
「大丈夫さ、君は立派なブーツをはいているだろ?」
勇者が笑顔で語りかけた。育成という目的があっても、新人には優しく接し、さりげなく装備にも気配りをかかさない。さすがは勇者、強さだけでそう呼ばれたりはしないのだ。
「洞窟はすべるからな、あんま可愛くないやろ」
勇者は頭を左右にふった。
「いいや、その黒く頑丈なブーツは質実剛健でありながら重量感を感じさせ女性の柔らかな足の曲線に対し硬く武骨な直線的質感は美の極致ともいえる芸術性と官能的な肉感を両立させたルネッサンスとも称すべき完成度を……」
「お、おい、おちつけ」
「……あ、いや、それより先へ進もう」
勇者は洞窟の奥へ歩き出した。一抹の不安を感じつつも魔法使い・音黒ノミコは背中を追った。冒険は続く。
◇◇◇
びちゃ。
びちゃ。
ねばついた水滴のような音が洞窟にひびく。その間隔は均等ではなく、わずかに揺らぎがあった。そこに生命の兆しを感じた勇者は、聖剣を抜き下段に構える。
地摺の正眼。
勇者の判断は正しかった。前方から迫り来るのは人間など包みこめるであろう巨体のスライム、青みがかかった透明な体液で獲物を溶かし、自らの養分とすべく襲いかかってきた。
テケリ・リ
テケリ・リ
鳴き声のような、鈴の音のような、名状し難い叫びをあげながらスライムは這い寄る。だが勇者の敵ではない。スライムの急所に突きの一撃。もだえ苦しむ様子を見ながら勇者は剣を振り水滴を飛ばす。
魔術も使える勇者は、剣になんらかの魔法をエンチャントすれば最初の一撃でスライムを絶命させることが可能だった。なんなら剣技だけでも。しかし彼はそうしなかった。あえてトドメをささず、新人魔法使いの育成に利用するのだ。
「音黒ノミコ、トドメは君がさすんだ」
「まかしとき! ほな行くで! うりゃあ!」
音黒ノミコは瀕死のスライムに襲いかかった。まずは炎系魔法が付与された杖を振りかざし火炎をまき散らす。しかし水系のモンスターであるスライムには効果がうすい。つづけて杖をスライムに叩きつける。これも効果のある攻撃とはいいがたい。
テケリ・リ!
テケリ・リ!
激昂したのかスライムは、先ほどより大きな鳴き声のようなものあげ、音黒ノミコに覆いかぶさる。生き絶え絶えとはいえ巨体のスライム、包み込まれた彼女は転倒した。やがてスライムの粘りつく体液が音黒ノミコの全身にまとわりつき、じわり、じわりと服を溶かしはじめるのだった。
「い、いやあああああああああああああ!」
絶叫する音黒ノミコ、勇者は叫んだ。
「いいぞ! その調子だ!」
えええええ?
音黒ノミコは耳を疑った。この状況のどこがいいぞ!なのか。だれに対しその調子なのか。勇者は明らかにスライムを応援している。
スライムも動揺しながら、せっかくの応援にこたえジュルジュルと彼女の服を溶かしていった。それを見た勇者は正気にもどったか、細かい指示を飛ばした。
「いいか、ブーツだけは溶かすなよ!」
ウンウンと触手でうなずくスライム。心なしか体液も熱をおびてきたか温かくなってきた……
違う。
水が。
水が燃えているのだ。
スライムの体液が燃えているのだ。
黒い炎がスライムの体を包みこむ。ゆらゆらゆらめく焔が魔力特有の気圧と電磁波を帯び、勇者の肌にもチリチリとした刺激と体毛の逆立ちを与えた。
半裸同然の音黒ノミコが立ちあがる。ずれ落ちそうな胸の部分は腕で隠し、まずは燃え尽きそうなスライムを冷たい瞳で見下ろしていた。
テケリ・リー!
テケリ・リー!
テケ……リ……
調子に乗ってすいません。スライムが最後にそう詫びているようにも聞こえた。享年408歳。幸少なき人生 (?) だったが、死にざまは見事だった。悔いは無かろう。そう信じたい。
音黒ノミコは振り返った。粘液のついた金髪のツインテール。鋭く睨み付ける碧眼の瞳。半裸同然の全身。胸を隠す腕。唯一無傷の厳ついブーツが足音を立て勇者に近づいてくる。完璧だ、そして限界だ。
「く……殺せ……」
勇者は満足げに、それでいてかみしめるようにそう呟いた。しかし彼は甘く見ている。終わりではない、ここから始まるのだ。ごう音が鳴りひびく。強い衝撃が勇者をおそう。
ダゴンッ!
片腕は胸を、残った手で股間を隠しながら、音黒ノミコは硬いブーツで勇者を蹴りつけた。彼は洞窟の壁に叩きつけられ、さらに彼女の固いブーツで背中を踏みにじられている。
「なぁにが殺せだクソ野郎……」
ギリギリと足に力を入れる音黒ノミコ。勇者は顔を洞窟の壁に、背中を固いブーツに踏み込まれ、挟まれている形だ。
「ああ……壁に……壁に……」
湿度の高い洞窟の、ねばりつくような岩の壁。よく見ればコケや小さなキノコが生えており、奇怪な虫も這い回る。ああ、なんて美しいんだ。生命の神秘に感動する勇者だったが今はそれどころではない。
背中に感じる怒りのブーツ。ゴリゴリと押し込める力強い圧迫感は、美しい少女が半裸で恥じらいと殺意をもって生み出したものだ。かかとを中心にねじ込まれる怒りは、勇者を激痛の向こう側へとみちびき、魂の叫びを呼びおこした。
「もっと……もっと強くゥ!」
「こ……このヘンタイ!」
とどろく音黒ノミコの叫び声。勇者は限界を超え、意識を失った。
◇◇◇
勇者に討たれたはずの魔王は、姿を変え生き延びていた。燃え尽きたかに見えた魔王は灰となって宙を舞い、遠く離れた僻地で魔導書の形をとった。
しばらくは魔力の回復につとめ、少女の姿に成りすますことが出来るようになってからは、勇者をつけねらっていた。本来は魔法使いのふりをして、ダンジョンの奥へ誘うこみ、だまし討ちをするつもりだったのだ。
しかし、気が変わった。
音黒ノミコは深夜、街に入り、魔術で勇者の彫像をよりふさわしい形に作り替えた。翌朝街の住民が目にしたのは、全裸でブーツを履いた勇者の彫像。その股間からは噴水が噴き出し、でかでかとした石銘板、石の看板が設置されていた。そこにはこう刻まれている。
「ブーツ大好き、憐れむべき狂人、ヘンタイ勇者」
おわり。
「答えろ魔王!なろうに恋愛系の小説が多いのは何故だ!」
というエッセイを、ぜひご覧になって下さい
2024年 12月8日
内容があまりにアレなので、迷惑をかける可能性を考慮して掲載しなかった「かぐつち・マナぱ」先生のFAを、アクセスが落ち着いた今こっそりと飾らせて頂きます。
スライムも怒ってますけど、おまえも同罪じゃ!
音黒ノミコのイラストはこちらにもございます。
こちらも「かぐつち・マナぱ」先生のAIイラストでございます。リアル筆者の黒い安息日にそっくりでございます。はい、復唱。
「黒い安息日にそっくりです」
なお、音黒ノミコが活躍する別作品
「ノンフライヤー vs 独身貴族 COSORIとWallfireのどっちがお得?」
https://ncode.syosetu.com/n2234jv/
もぜひご覧あれ。
ノンフライヤー購入をご検討中の方におススメの内容でしてよ、ホーホホホ!