09どうして
どうしてこうなった――という展開にはならなかった。
あのあと、ハシゴ酒をして映画を見て。遅い時間になっておはるの家にお泊まりをして宅飲みしていた。
この身を捧げる覚悟をしていた、のだが、緊張しすぎたのかおはるは酒を飲みまくるとグロッキーになってひたすらに吐いていた。
酔いつぶれたおはるは便器を抱きしめ、私はといえば背中をさすったりお水をあげたり。
朝になってもおはるは二日酔いだったため、一人になりたいというので私は午前中には自宅に戻れた。
なんだか思っていた展開と違う。
ある意味どうしてこうなった、という展開にはなったが。
これは配信で使えるだろうか。おもしろいエピソードトークになるだろうか。
考えているとおはるからメッセージがあり、夜にゲリラ配信をしたいという旨が書かれていた。
無理しないようにと言いつつ了承すると、また配信前に連絡すると返事が送られてくる。
あの状態で配信できるだろうか――。
うぅむ、マネージャーとしてどうするべきなのだろう。
夜までまだ時間はある。
二日酔いにならなかった私はふたたびビールを飲みながら、溜まっていたタスクを処理していった。
◇
私はおはるとどういう関係でいたいのだろう。
ふと、そんな考えが過った。
勿論マネージャーとして向こうはライバーとして、程よい距離感であるのがベストだろう。
互いに支え合い、なんでも話せて、ビジネス以上友達未満な関係が客観的に見れば一番いい、とは思う。
けれど。
告白されてから妙に意識をしてしまう。
それでいて好意の気持ちを利用して罪悪感が生まれてしまう。
私はどうしたらいいのだろう。
おはるとどういたいのだろう。
誰かに相談してみたいとは思うけれど、上司の兄は絶対に無理だ。
恋愛は禁止といっていたし、たぶん、相談したところで配信のネタにするように言われることだろう。
ならば担当しているライバー、夏野うみなんかに相談は――それも違う。
ライバー同士のグルチャもあるみたいだし、あとで何を言われるかわかったもんじゃない。
「はああああ……」
クソでかため息をつきながら額をテーブルにつける。
このモヤモヤはどうしたらいいんだろう。どうやったら消えてくれるのだろう。
以前、男性に声をかけられたことがある。
あのときは見え透いた好意に嫌気がさして、すぐにでも距離を置きたいと思ったのに。
おはるは担当だから、女同士だから。
昔は言うことをきいてくれない扱いずらい担当っていう風に頭を悩ませていたのに。
こんな風に頭を悩ませるなんてはじめてだ。
悶々とした気持ちのまま、気付いたら部屋の中は暗くなっていた。
パソコンとスマホの灯りだけが灯る部屋。リモコンで部屋を明るくしても、私の心は明るくならない。
心のリモコンがあればいいのになって思う。ガチで。
悩みすぎていたせいか、五分ほど前におはるからメッセージが届いていた。
そろそろゲリラ配信をするという内容だ。
スマホをぽちぽち、お返事する。
『了解。がんばってね』
『ありがとう
頑張ってねっていってくれて嬉しい』
『いつも言ってるじゃない』
『好きな人に言われるともっと頑張れる』
『ガチ恋じゃん』
『だめ?』
なーんか小悪魔ムーブというか、乙女チックだなって思う。
スマホの向こうに儚げな少女でもいるように感じる。蟀谷から羊の角を生やした少女が。
それとも私の感性がおかしくなったのか。
『だめ?』なんて誰でもいうだろう。
ならば私の受け取り方に問題がある。私に、問題が。
モザイクがかった問題が鮮明にならないように、私はメッセージアプリをフリックして消す。
もうゴーサインはだした。
パソコンで桜野おはるのチャンネルを開く。
ゲリラ配信まであとすこし。おはるは何をどう配信するのだろう。
『皆さまこんおはるー。桜野おはるだよー』
画面から聞こえてくるおはるの声。
声色はちょっと落ち気味だろうか。
ただそれだけのことなのに、なんだかソワソワしてしまう。
『そう、この前マネちゃんとデートしてきたんだけどさー、結果から言うと最悪だった!
いや、もうね、マネちゃんが悪いとかじゃないの。
完璧におはるが100割悪いんだよ』
『せっかくのデートでお泊まりもしたのにさー、酒鬱になりまくって。もー永遠に吐いてた。
自宅にマネちゃん連れ込めたのにマネちゃんじゃなくてトイレを永遠抱きしめてたの。
まじ最悪』
流れるコメントは百合を期待していたリスナーたちの残念がる声が多い。
少しだけチラ見して、そしておはるの声に耳を傾ける。
『ちなみにまだちょっと気持ち悪いわ。うん、みんなありがとー。
それでね、めっちゃ運命感じたことがあって。
待ち合わせ場所に集合したらマネちゃんと服装まっっっったく一緒だったの!
え、運命じゃん! もう一心同体じゃん! って思って』
『そー、もう結婚だよねこれは。うん、そっからランチ食べてー。もうランチの時点でお酒は飲んでたんだけど。
しかもね! 聞いて! 私勝負下着着てくっていったじゃん! そしたらマネちゃんも勝負下着きてんの!!!
やばくない? 超やばくない?』
『勝負下着見たのかって? うん、普通に見せてくれた。黒だった。超えっちだった。
もう完全誘われていたよね。据え膳食わぬは女の恥だよ。
なのにさー、途中まではいい感じのデートだったのに、もう最悪。連れ込んで永遠に吐いてんの。
濡れるのはお手洗いだけだよ。下じゃなくて上から永遠液体流してたわ』
ちょっと下ネタが入りそうだったのでメッセージを一通。
すぐに既読はついたが、それについては触れない。
『いやーもう超可愛かった。まじで。普段地味ーな服かスーツしかマネちゃん着ないから。
乙女だったよ乙女。まじで可愛かった』
ひたすらに惚気トークが続いていく。
リスナーたちも惚気話に興味津々でさらなる叡智なトークを期待している。
エピソードトークとしては成功している。
だが、私はそんなことは気にせず、ただおはるが私をどう思っているのかだけが気になっていた。
『ねー、本当だよね。マネちゃんとなら結婚できるもん私。
あははは、うん、マネちゃんマジで可愛いのよ。ほんっとーに。皆に見せたいくらい。
あ、でも、私独占欲強いからやっぱ嫌だわ』
コメントでは『はやく付き合え』『結婚式配信まだですか?』『じれってぇ、はやく叡智な雰囲気になれ』などと喚き散らしている。
客観的にみたらいい感じなのだろう。
おはるから見ても悪い印象はないみたいだ。
良かったと心の底から思う。
言い訳にするために冷蔵庫からお酒を持ってきて一気に開ける。
ボトルも持ってきてグラスに注ぐと飲み干す。
酔っぱらった私は最強である。
なんだって言える。
『マネちゃんに嫌われてたらどうしよう。そー、前から実はさ結構怒られることばかりしてたから私。
遅刻はするし配信は休むしさ。そこは皆にも本当にごめんなさいなんだけど。
マネちゃんにもめっっっちゃ迷惑かけてさ』
でも、おはるはあれから変わったじゃない。
遅刻はしなくなったし。配信もちゃんとしている。
『まーじで社会不適合者だからさ私。少しでもマネちゃんのためにも適合していきたい』
その志があれば、大丈夫だよ。
ほら、リスナーたちも応援しているでしょう。
『うん。皆ありがとー。少しずつ成長していければなって。すぐには無理だけど。
やっぱさマネちゃんとか見てるとちゃんと社会人してるなー、って思うわけよ。
最近は特に。いっぱい打ち合わせとか会議とかあったり、外部とも連絡とってさ。
遅くまで会社に残ってるし、前はうちにも来てくれたりしたし。
マネちゃん担当しているの私だけじゃないからさ。きっと大変だと思う』
そこまで考えが及んでくれているなんて。私は涙が出そうだよ。
『だからさ、少しでもマネちゃんに近づければ。社会人らしくいられれば、いつかは――。
あははは、まーうちの会社恋愛禁止なんだけど。
うん、いつどうなるか分からないからね』
そのいつかが来てほしいね。
『ねー、私本当に好きだからさマネちゃんのこと』
公開告白にリスナーたちも盛り上がっている。
私も気づけば泣いていた。
皆が私たちを祝福してくれている気がして。
何よりおはるが一途に私を想ってくれていて。
『あはは、ねー、もうあたしゃ百合だよ。百合上等だよ。
皆私たちをすこれ! 公式カップルやぞ! 私たちの同人書いてくれよ』
こちとら百合上等だよ。
かかってこいよ、百合恋愛。
私も――。
『本当にマネちゃん好きなんだよね。ガチ恋よ、ガチ恋、皆すまんな』
ガチ恋だよ。