08デート
そういえば、今日はデートに行かなきゃいけないのか。
寝起きの状態でタバコを吸いながらぼんやり考える。
ぶっちゃけめんどくせぇな――とも思ってしまうが、昨日の配信は盛り上がっていたし今日デートすることで次の配信の話題作りにもなるだろう。
スマホを確認すると、おはるからは今日を楽しみにしているという旨と集合場所と時刻のメッセージが届いていた。
そして、兄からもメッセージが届いている。
直観で、まずいことをしてしまったかと冷や汗が出る。
昨日の配信――私は図に乗った行動をしていたはず。盛り上がればいいやと裏方にも関わらず間接的に表に出てしまった。
出過ぎた真似を咎めるメッセージがきているのではと勘繰って一気に目が覚める。
深いため息をつきながら、メッセージを開く。
“百合営業盛り上がってるじゃねーか。”
“いいぞ、もっとやれ”
そういえば、兄もイカれた人だった。
咎められなくてほっとしたけれど、違う意味でほっと出来ない。
兄ではあるが、上司であり運営側の人間だ。おそらくは兄も配信を見ていたのだろう。
配信を楽しむなんていうことはなくて、どれくらいスパチャが投げられているのか、どれくらい視聴者がいるのかなんかを見てこのような発言に至ったのだろう。
そうだよな運営として、ましてや部長とかのクラスにもなってくれば見るのは盛り上がっている雰囲気ではなくリアルな数字だよな。
“今日のデート代、経費にしてやるからネタぶっこんでこい”
と追撃が送られてきた。
おぉう、兄は妹ですらネタ扱いか。
しかし、私もライバーではなく運営側の人間。上司には逆らえない。
確かに今日のデートで面白いことをすれば、おはるに話題を提供することにもなる。
どうしたらエピソードトークとして使えるものになるかと考えながら、私はとりあえずシャワーを浴びることにした。
◇
どうなれば今日のデートが面白くなるかと考えながら、おはるのことを待った。
配信でおはるは勝負下着をつけてくるといっていた気がする。ならば私もと思って、ノリで買ってから纏うことのなかった黒い下着を身に着けていた。
勿論、見ることはないだろうけど、ブラはうっすくて肌が空けているし、パンツはサイドが紐になっていて解けばすぐに脱がせられる仕様になっている。
勿論、脱がされることはないけれど。たぶん。
服装も頑張ってみた。履きなれないショートパンツは太ももが丸見えだし、上はデコルテががっつり空いたキャミソールに、オーバーサイズのシャツを羽織ってみた。
デコルテが空いているが谷間が少ししかないのが自分でも残念だ。
もっとパイがでかけりゃ、立派な谷間になっただろうに。
「お待たせ」
「えっ」
「あっ」
待ち合わせに現れたおはるを見てぎょっとする。
何故なら意図せずにお互い同じコーデになっていたからだ。
ショートパンツ、キャミ、シャツ。色こそ違うが身にまとうものはほぼほぼ同じものになっている。
まさか下着まで同じじゃないだろうな……。
「え、一緒だね」
「うん、みくちゃんのこんな格好はじめてみた」
「デートだから気合いれてきたの」
その言葉におはるの顔は真っ赤に染まると指をもじもじしながら視線を左右に泳がせている。
「う、嬉しいな」
「私も嬉しいよ。おはるが勝負下着っていうから、私も勝負下着できちゃった」
「み゛ッッッ!!!」
「ほら」
キャミを引っぱって少しだけブラを見せつけてみる。
両手で顔を隠しながらも、指の間から見える大きな目は確実に私の谷間へと注がれている。
私もこんな攻めたことをするのは恥ずかしいが、後日配信されるであろうエピソードトークになるのなら本望である。
「も、もう我慢できねぇ、みくちゃんホテルいこう」
「あはは、それはめっだぞ。ほら、ごはん行こう」
「くううううう、みくちゃんが今日は大人のいろっぺぇお姉さん全開になっている!!!」
ごはんを普通に食べつつ、私はアルコールも飲んでいた。
やはりアルコールは良い。昼間から飲める酒ほどいいものはない。
おはるも一緒になってアルコールを摂取すると、次第に火照った顔つきになって目をとろんとさせている。
「みくちゃんにお持ち帰りされてぇ」
「まだ昼過ぎだよ」
「ぐぅ、ごはん食べたあと何する?」
「おはるから誘ってきたし、おはるがしたいことでいいよ。あ、でもホテルはダメだよ」
「ぐぅぅ」
このあとどうしようかと考えるが、おはるには答えがでない。
一向にこの後の予定が見つからず、私も一緒になって考えてみる。
どうしたら面白くなるのか――、どうしたら配信でつかえるような話題になるのか。
考えてみればもともとこうなったのは百合配信からである。
であるならば、やはり求めらえるのは百合百合したエピソードである。
一瞬ホテルの文字が浮かぶが――、さすがに付き合ってもいない相手とそれはない。
というか、女同士でどうするのかは私の理解の範疇にない。
「みくちゃん、明日も休み?」
「うん、休みですよ」
「そっか……そっか……」
頬杖をついてどこか遠くをみるおはる。
明日も互いに休みである。ということは――今日は遅くまでいられる、もしくはお泊まりすら可能。
たぶん、おはるはすでに夜遅くのことを考えているのだろう。
「き、今日さ」
「うん」
「夜うちこない?」
いや、展開早いて。
まだ昼過ぎだと言っただろうに。それを言うのはここからどこかで遊んでディナーを楽しんだあとだろうて。
私もデートの経験があるほうではないが、さすがにそれをいうタイミングはわかる。
おはるの恋愛経験知が浮き彫りになったところで、私はグラスのアルコールを飲み干した。
「それはまた夜に聞こうかな」
「今日のみくちゃん、やっぱり手慣れたお姉さんって感じがするね」
「おはるよりは年上だからね」
「うん……、夜また言ったらさ、うち来てくれる?」
「考えとく」
「手のひらの上で転がされている気分だよー」
「転がしてる気分だよ。それにね、おはる。デートなんだから今このときを楽しまないと。
夜どうするかとか、欲にまみれたことばかり考えるのは純粋な楽しみ方じゃないよ」
「そう、だね……ごめんね」
「よろしい」
「へへ。でもさ、今日のみくちゃんは敬語じゃないから嬉しい」
「そう? 考えてなかった」
「仕事じゃなくて、プライベートって感じがして嬉しいな」
「おはるも配信とは違うじゃない」
「ガワ被ってると、私じゃなくなるから」
「まー、わかるけど」
もし、ここに仕事とかマネージャーっていう立場が消えたらどうなるんだろう。
違う形で出会っても、おはるは私に告白しただろうか。
違う形で出会っても、おはるは私を好きになっただろうか。
違う形で出会っても、私のことを好きでいて欲しい、なんて烏滸がましい考えがチラ見えしてため息がでる。
「ごめん、やっぱりつまらなかったかな……」
ため息をついた原因を自分だと思い、おはるはしょんぼりとした顔でいう。
「うぅん、違うの。ちょっと考えごと」
「お仕事のこと?」
「うぅん、違うこと」
「何考えてたの?」
言ってしまえばどうなるだろう。
求めていた答えは出てくるだろうか。
頭の中で、複数の私が意見を出し合った結果、運営側の私が言えとゴーサインを出した。
「もし、違う形で出会ってもおはるは私の事好きになったかなって」
「マネージャーじゃなくてってこと」
「うん」
「好きになっていたと思う。だって、こんなにも――みくちゃんのこと好きだもん」
求めていた答えが柔らかそうな唇から聞こえてきて、思わず顔が熱くなる。
人に好かれることってこんなにも嬉しくて、気持ちがよくて、恥ずかしいものなのか。
おはるのことを見れば、おはるも顔を赤くしてそっぽを向いている。
「そ、そろそろ次行こうか」
会話が見つからなくて、私は席を立った。
「え、どこいくの?」
「とりあえず、二軒目入って呑もうか。そのあと映画でも見てさ」
「うん」
会計をすませると、おはるの手を引いて歩いた。
もうお互いに酔っているし、どうとでもなれって気がして恋人繋ぎをして歩いた。
距離が近い。お互いに顔が赤い。
大人になってひとつ悪いことを覚えた気がする。
それはなんでもアルコールのせいにできてしまうことである。
お酒を飲みすぎたから。だから何をしたのか覚えていないし、普段だったら出来ないことだってする。
ただ少しの罪悪感が胸を刺す。
私の中にある『配信で使ってくれればいい』という思いがナイフとなって心に突き刺さっていた。
仕事としておはるに接し、仕事のためにおはるの気持ちを利用している気がしていた。
それに、実際そうなのだろう。
隣で素顔で笑うおはるは本当にうれしそうだ。
なのに、わたしは。おはるを利用している。
『夜うちにこない?』
せめてもの償いに、私は答えを決める。
これが贖罪になるなんて思ってはいないけれど。
今日は勝負下着でよかったと少しだけ思う。