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06辞め

「ちなみに……次何をするか決まっているの?」

「いえ、それは……」

「うみのことは個人的にも応援してるし、もしそれがうみの意見ならば仕方ないとは思うけれど。

でも、次何をするか決めてからでも遅くはないんじゃない?」

「でも、さっきの会議でもうなんか疲れちゃって……私やっぱりこの業界向いてないのかなって」

 しくしくと泣き始めるうみ。

うみは配信者あがりでこの業界に入った子だ。

それゆえ、社会人としての経験はほとんどない。

社会人経験もなく、また個人で配信していたときはひたすらにチヤホヤされてきている。

温室ぬくぬくで育ってきた彼女には、社会の荒波は堪えることのできないものなのだろう。

「この前のシュールストレミングも本当はやりたくなかったし」

 あれはうみがやりたいと言ったからやったはずだったけど。

まぁ、そこは突っ込まない。突っ込んでたらキリがない。

そして今やりべきことはうみのメンタルケアである。

「そうだったの?」

「前にリスナーさんで見たいって言ってた人がいたから……きっと再生数も回るからって」

「そっかそっか。うみはリスナーさんに答えてあげたかったんだよね。リスナー思いじゃない」

「でも、あんまり再生数伸びなかったし……」

 リスナーはあれがみたいこれが見たいとはいう。

だが、それを実施したところで再生数なんかの責任は持てない。

当然のことだ。

「凄い跳ねたってわけじゃないけど、そこそこ再生はされたでしょ。大丈夫だよ。

うみの大食いキャラだって定着しているし」

「うっうっ、本当ですか?」

 うみの目にたまった涙を指先で拭い、頭を撫でた。

捨て猫みたいな瞳がやっとこちらを向いてくれる。

大丈夫、彼女の目はまだ死んでない。

「大丈夫だよ。うみはまだまだ伸びしろあるし」

「うぅ……ありがとうございます」

「こちらこそ。話してくれてありがとうね」

「はは、泣いたらお腹空いちゃいました。ごはん頼んでもいいですか?」

 涙をぬぐいながら笑ううみ。

少しでもうみが立ち直ってくれたなら良かった。こういうときだけは――ちょっとは社会の歯車になれている気がして、やる気が満たされる気がする。

「いいよ、好きなだけ頼んで」

「すいませーん!」

 ウェイターが注文を聞きに来ると、うみは大食いキャラの本領を発揮するように片っ端からメニューを頼みまくった。

これは経費で落ちないから――、私が奢ることになるのだろう。

財布にいくらあったか冷や冷やしている私に構わず、うみの注文は続く。


「あ、そうだ」

 運ばれてきた大盛りのナポリタンを喰らいながらうみが言う。

「みくさんも辞めるんですか? みくさん辞めたら私も辞めます」

「ぶっ。どこ情報よそれ」

「グルチャではるちゃんが暴れてましたよ」

「……そのグルチャ、私も入ってもいいかな?」

「あー、よその事務所のライバーさんもいるので……ライバーのみのグルチャなんですよね」

 いつの間にそんなものを発足していたのか。

中で何が話されているのかなんて想像したくもないが。

たぶん、運営のことをどちゃくそに言っているんだろうなってのは安易に考えがつく。

「あ、それと」

「うん」

「今度おっきなイベントやるって言ってました。私たちも参加するって言われたんですけど……」

「情報が早すぎるな……詳細は語られてた?」

「いえ、まだスケジュール確保されただけみたいですけど」

「そか、なら良かった」


 良かった。まだ詳細までは知られていない様子だ。

ギリギリまで詳細は秘密にしたい。

でなければ、ライバーたちの感情が高ぶる姿も見れないはずだから。


「話戻りますけど、みくさん本当にやめるんですか?」

「うーん……」


 腕を組んで考える。

今抱えてるプロジェクトが終わったら――身を引きたい気持ちはまだある。

でも、ちょっとずつ達成感だとか満足感も最近は芽生えてきてしまっている。

近いうち、兄や社長にもう一度相談してもいいかもしれない。


「みくさん辞めたら皆悲しみますよ」

「はは、私の変わり何ていくらでも」

「いませんよ」

「いやにきっぱり言うじゃない」

「えぇ。今までで最高のマネージャーさんですから」

 余計に辞めずらくなる台詞を吐いて、うみは新しい料理に手をつける。

「次デザートも頼んでいいですか?」

「うん、いいよ」

 よく食べるなぁと思う。

でも、美味しそうに食べる姿は愛らしいというか、見ているだけで幸せになるというか。

こっちまでお腹が空いてくる。

私はコーヒーしか頼んでいなかったので、何か頼もうかとメニューを開いた。

「私の半分あげますよ。はい、あーん」

「ん、ありがと」



 午後は兄と社長と私で他事務所へと赴いていた。

やっと首を立てにふってくれた大手の事務所さんの会議室で、今後行われるプロジェクトについての話合いがされた。

すでにスケジュールは抑えてあるが、その中でどのように回していくのか。

秋葉原で流す予定の広告の映像はどうするか、それぞれの事務所の公式より流す予告映像はどうするか、などなど。

13時から18時まで予定されていた会議は時刻を大幅に過ぎて、20時頃にやっとある程度の枠組みが決まった。

最期に社長と向こうの社長さんががっちりと握手を交わし『絶対成功させましょう』なんてやりとりをしていた。


「フゥー、やっと終わった」

 車に乗りこむとすぐにでもタバコに火をつける兄。

「まさくん、電子にしないの?」

「電子うんこくせーじゃん」

 社長は元々兄の友人だ。故に部長と呼ぶことよりも“まさくん”と愛称で呼ぶことが多い。

事務所でもまさくんなんて呼ぶものだから、たまにここ出来てんじゃないかなんて噂が流れたりもする。

漢って感じの兄とは対照的に、社長は色白で線が細く、髪もロングなのでちょっと女の子っぽい。

「みくちゃんもありがとね」

「いえ、こちらこそ後押ししてくださってありがとうございます」

「みくちゃんこれ終わったら辞めちゃうんでしょ? いやーもったいない。

こんな実績なかなか積めないでしょ。みくちゃんには今後も事務所の支えになってほしいけどなぁ。

それこそ、マネージャーじゃなくてもっと上の役職でさ」

「……ありがとうございます」

 つまりはマネージャーは辞めないで、と言われているのだろう。

役職をつけるというのもありがたい話ではあるが――間近で兄や社長の働き方をみていると、とても役職をあげたいとは思えなかった。

給料はあがるだろうが、それ以上に責任は重くなるし、プライベートな時間はごっそりと削られるだろう。

 一度会社に戻るために車を走らせる。

運転は兄がしてくれていたので、私はシートに気の抜けた身体を預けると死んだ目で窓から流れる街灯とオフィス街を眺めていた。

「前オーディションした子たちもそろそろデビューできそうだったっけ」

「飛んだよ」

「え、そうなの?」

 兄と社長の会話を右から左へと聞き流す。

「それより事務員増やしてくれよ。俺とみくと少しじゃもう回らねーよ」

「ライバー希望の子は多いけど、事務員希望はなかなかいないって知ってるでしょ。

応募かけても“ウチのファンです!”“あの子のファンです!”って人は多々いるけど、エンタメかじったりマネジメントかじってました! って人はなかなか来ないし。

新卒の子を育てる余裕も今はないし」

「はぁー、もし次誰か希望するやついたら即効採用するからな」

「いいよー。でも、ファンの子はダメだからね」

「わかってるっての」

 本当に事務所に人入ってくれないかなーと思う。

疲れた身体と心地よい揺れに重たい瞼は視界をゆっくりと閉ざした。



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