05恋、将来、現在
撮影後、うみを自宅まで送り届けて私も自宅へ直帰した。
帰ってさっそくビールを飲もうとしたタイミングで、兄から電話がかかってきた。
今から私のうちに来るという旨だった。
せっかくプライベートな時間になったのにとは思っていたのに、ちょっぴり萎える。
だが、どうせ兄だからと手にしたビールは開けてしまう。
数分後には兄が到着した。
兄は妹とはいえ女性の部屋にあがりこむと、左右を見回してため息をついた。
「あいかわらずきったねぇ部屋だな」
「担当している子たちよりは綺麗な部屋でしょ」
「俺いったことねーもん、てかお前もう飲んでんのか。息がアルコール臭いぞ」
「いいじゃん、もう退勤してんだから」
「ったく。おい、俺にも一本くれ」
「車できたんじゃないの?」
「電車かタクシーで帰るわ」
しかたなく兄にもビールを渡す。
ガタイがいい兄が缶ビールを持つと、腕が太いせいか缶ビールが小さく見える。
色黒で短髪、眉も細くて一瞬反社の人にも思える。
反対に私は色白で自分でいうのもなんだが細いほうだ。非対称すぎて本当に兄妹なのかと思えるほどだ。
実際に私たちが兄妹と気付かれないことのほうがい多い。
「で、本題なんだがな」
「うん」
ネクタイをゆるめ、兄は笑う。
「許可、とれたぞ」
「え、まじ」
許可、というのは私が発案したプロジェクトのことだ。
現在私が推し進めているプロジェクト。これさえ終われば終わってもいいと思えるほどのプロジェクト。
兄はそのプロジェクト成功のためにとある場所に足しげく通ってくれていたのだ。
「本当に今回は骨が折れたぜ。何回ぶっ飛ばしてやろうかと思ったわ」
「え、うそ。本当に? OKでたの? まじ?」
「出たよ。今日も社長と一緒にかけあってきて、なんとかOKださせたわ」
「まじか! うおおおおおお!!! ヤル気でてきた」
「それでよ、お前これが終わったらやめるのか?」
「え……っと」
兄には以前喫煙所で『やめようかな』と言ってしまった。
それは現在でも悩んでいるとこなのだけど――まだ答えは出ていない。
正直精神的に摩耗していることは確かだし、この不規則な生活がいつまで続くのか不安はある。
「まぁ、すぐに答えは出さなくてもいい。あーぁ、せっかく妹思いなあんちゃんが頭下げて入社させてやったのになぁ」
「ごめんなさい、ありがとうございます、ごめんにゃさい……」
「別に責めたりはしねーよ。確かにこの業界は生活バランス崩壊するし、社会に出たことない若い子の世話なんて大変だろうしな」
「まぁ、ね」
「俺も何度ぶっ飛ばしてやろうと思ったことか」
「ぶっ飛ばそうと思いすぎじゃない」
「お前だって思ってんだろう」
「たまにね」
「まぁ、でもお前が入ってくれてすげぇ助かってたけどな。マネージャーはすぐ見つからないし、
男でマネージャーやりたいってやつはちょいちょい来るが、さすがに若い女の子のマネージャーは女性のほうがいいだろう。
女性同士だったら何か起こることもないしな」
「そそそそ、そうだねぇええ」
缶ビールを持つ手が震えた。
女性同士だったら何かが起こることはそうないだろう。普通なら。私もそう思う。普通なら。
だが、今の私はあろうことかおはるに告白されてしまっている状況である。
まさかそんな状況になっているだなんて兄は思っていないだろうし、私だってこんなことになるとは思わなかった。
必死に平常心を取り繕うと思っても、身体は正直すぎて勝手に震えてしまう。
「どうした。手震えてるし、目泳いでるぞ」
「べべべべ、別になんにも」
「なんだ、お前も誰かに言い寄られてるのか? なにかあったら言えよ。俺が鉄拳制裁してやる」
鉄拳制裁されそうなのは私なんですが。
◇
兄は結局私の家に泊って行った。
というのも、その後何件か電話がかかってきて資料を作ったりしているうちに明け方になってしまい、仮眠していったというわけなのだが。
私も久しぶりの朗報にやる気が出てしまい、兄と一緒に資料作成やら事務作業を延々としてしまった。
仮眠後、二人してタバコを吸ってコーヒーを飲んだ。
こうやって二人でいると実家にいたころを思い出す。ちょっとだけ両親が恋しくなってしまう。
「ちょっとシャワー浴びてくる」
二人して酒もタバコもやるせいで髪はヤニ臭いし、顔は皮脂油にまみれている。
衣類を脱いで浴室で鏡を見た。
そういえばここしばらく美容院にいけていなかった。一度予約はしたのだけれど急用が入ってキャンセルしたんだっけ。
染められていない長い髪は自由に伸びている。
目は死んでいるし、身体は女性らしい丸みがない。
「なんでおはるは私の事好きになったんだろう。全然女性らしさなんてないのにな」
シャンプーでわちゃわちゃと長い髪を洗い始める。次の休みは久しぶりに美容院に行きたいな。
「なんなのよあんたー!」
シャワーを浴びているとそんな声が聞こえてきた。
兄が配信でもみているのだろうかと思い、髪についた泡を流す。
「あんたみくちゃんのなんなのよ!」
いや、違う。これは私んちから聞こえている。
この声はたぶんおはるだろうか。
急いで泡を流してさっさと浴室から出る。着替えている間もおはるらしき人物の絶叫は続いていてご近所様にも聞こえてしまっていることだろう。
やっと着替え終わって玄関のほうを見れば、怒りで顔を真っ赤にしたおはるとそれに対峙する兄の姿がある。
「あんた一人暮らしの女の家にあがりこむなんてあwせrdftぎゅhじこ」
「え、おはる何してるの」
「みくちゃん! みくちゃんもなんで男なんて家にあげてるの!」
「え、いや、お兄ちゃんだし」
「お兄ちゃんなんて関係ないよ! 男の人はあがったらだめあksんふいfbなb」
もう後半何をいっているのか聞き取れない。とりあえず怒り心頭ということだけはわかる。
だが、玄関先でこんな大声を出すのはマジで辞めてほしい。
ここ最近ちょっとおはるのことを見直したのに、またマイナスポイントがたまってプラマイゼロになってしまう。
「あー、とりあえず迷惑だから入れ」
兄は片手ておはるの首根っこを掴むと、そのまま持ち上げて家の中へと入れる。
おはるがシャーシャー言いながら猫パンチを繰り出すも、兄の身体には届かない。
「このバカ兄貴! 私のみくちゃんに手をだすな!」
「お前にバカ兄貴なんて言われる筋合いはねーぞ。それに妹に何をするってんだよ、バカ」
「シャー! シャー! シャー!」
「おはるどうして来たの? とりあえず落ち着いて」
宙づりになったおはるのことを抱きかかえると、目をうるうるとさせながらまだシャーシャー言っている。
「今日はみくちゃんと打ち合わせがあるから来たの!」
「会社ですればいいじゃない」
「やだ、みくちゃんと少しでも一緒にいたいの」
おぉう、あんまりラブ全開な発言は控えていただきたい。
ただでさえ先ほど兄から『女同士なら大丈夫』的な発言を頂いているのだ。
ちらり兄のほうを見てみれば、なんてことないようにまたタバコに火をつけている。
「なんだ、桜野。お前は妹が好きなのか」
ダイレクトアタックする兄貴。
「好き!」
ダイレクトお返事するおはる。
本当にやめて。
「なら、おはる、俺はなんだ?」
「みくちゃんのお兄ちゃん」
「そうだろう。よく考えろ……」
顎に手をあてて考えるおはる。
頭の上で電球が光ったので、何か思い至ったようだ。
「……お義兄さん?」
「よろしい」
何がよろしいんだ?
私の腕の中でおはるはすぐにでも怒りを鎮めると、今度はしおらしい態度をとっている。
「よし、じゃー俺はそろそろ先に行くから。お前らも遅刻すんなよ」
「はいっ!」
「う、うん」
兄は支度をするとさっさと家を出ていこうとする。
去り際に肩をポンと叩くと『気ぃつけろよ』と小さく囁いた。
どういう意味での気をつけろ、なのかは怖くてとても聞けなかった。
◇
出社すると、朝から私やおはる、兄たちは会議室にいた。
朝からの定例会議である。まずは社員さんが現在の視聴回数や伸び率を話し、そこから新規加入率やどれだけ回収できそうか、なんて話がされる。
ぶっちゃけ最近は伸び悩みの傾向がある。
それゆえに私は兄や社長に頭をさげて今抱えているプロジェクトを発起した。
ただ、今回はプロジェクトに触れることはない。
どこでどう情報が洩れるかわからないゆえに、内部でも極秘扱いになっているのだ。
「今後視聴回数をあげるための課題なのですが」
「はいはーい! 私ライブやりたいでーす!」
社員の話を遮っておはるが勢いよく手をあげる。
「あの歌唄ってー、この歌唄ってー」
正直うちの事務所はアイドル売りをしていないので、ライブはどうかなと考える。
社員も同じようで難しい表情をすると、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「正直うたってみたとかだと機材のコストが普段より多くなってしまうんですよ、使うスタジオも専用のを用意しなきゃですし」
「えー、おはるうたってみたやりたーい。絶対スパチャ飛ぶし」
「ん-、予想のつかないものはちょっと難しいですね。他に意見はありますか」
「あ、じゃぁ私も」
次に手をあげたのは夏野うみだ。
うみは控えめに手をあげると、スマホにメモしていたのであろうやりたいことリストを読み上げはじめた。
「激辛食べ比べ、一万円ぶん〇〇食べてみた、○○ではじまるオカズでごはん一升食べてみた、とか……」
「食べ物系ですか……、ライブよりはコストがかかりませんが……それだとガワの意味があまりなくなってしまうんですよね。
うちはバラエティ系ではありますが……」
その後もあれがしたい、これがしたいとライバー側は自分のやりたい発言が続く。
そして社員側はどれくらいのコストがかかるのかや、回収率はどれくらいか、なんて話をしている。
双方最初は冷静に話していたが、次第に熱が籠ると声も態度も大きくなって、争うとまではいかないが対立したような状況になっている。
私としてはどちらの意見もわかるけれど――。
ライバーはあれがしたい、これがしたい、という個の意見が強い。
しかし社員、会社側はビジネス的な視点での意見だ。
他の事務所でもよく聞く話だった。ライバーと会社とで折り合いがつかないのはよくある話。
会社として運営する以上、金を稼がなければならない。となると金になる配信をしてもらいたい。
だが、ライバーは自分のしたいことを優先したい。そこに綿密な企画や目標はなく、『あれやりたいから、あとはよろしく!』ってニュアンスさえ含まれている。
もちろん、全員ではないけれど……。
あぁ、きっと会議後おはるやうみは荒れるんだろうなぁと考えると辟易する。
運営側との衝突は何度も見てきたが、大抵はその後『辞めようかな』『転生しようかな』なんて言葉がチラホラ出てくる。
会議は午前中いっぱい使い、あとは後日にまた行うこととなった。
「みくさん、ちょっとお時間ありますか」
会議で憔悴した様子のうみが声をかけてくる。
なんとなく、何を言われるか予想はついたけれど、私は黙って首を立てに振った。
お昼休憩に、人の少ないカフェへと場所を移し、私はうみの話を聞いた。
「実は……辞めようかなって思いまして」
視線は目の前のコーヒーの落としたまま、うみが言う。
やはり、そうくるか。
少しの沈黙の間、私はどう声をかけようか考えていた。