18はじまり
少し早めに退勤して、駅前まで走った。
30分前にはついたはずなのに、そこにはすでにおはるの姿があって。
「はやいね、待った?」
「みくちゃん、私と付き合ってください」
いや、早いて。
脳内ではこのあとディナーにいっていい雰囲気になって、駅まで送り届けて改札で告白される、なんて勝手にストーリーを描いていたのに。
おはるはまっすぐに私を見つめ、答えを待つ。
その私を見つめる大きな瞳も、リップで潤う唇も、私のために頑張ったであろうメイクも髪型も、服も全部全部可愛くて愛おしくて。
「はい、こんな私でよければお願いします」
頭を下げる。
「手、握って」
「うん」
涙を流す彼女。
恋人握りして歩き出す私たち。
「どこかでご飯たべよう。おはる何たべたい?」
「今それどころじゃない。みくちゃんに任せる」
「じゃぁ、そうだなー。せっかくの記念日だし、何かいいモノ食べよう」
「うん、うん」
「あ、でも経費で落ちないからね」
「わ、わかってるよ」
並んだ足先が同じ場所へ向かう。
顔を見れば泣きながら笑うおはる。
あぁ、私は。この足は今夢の先を歩いている。
◇
喫煙所で兄とタバコを吸っていた。
「お兄ちゃん」
「いい加減事務所でお兄ちゃん呼びやめろって」
「社長」
「なんだみく」
「なんでお兄ちゃんはダメで、私の事呼び捨てはいいの」
「お兄ちゃんだからだ」
「でさ、お兄ちゃん」
「おう」
タバコを吸いながらちょこっと仕事の雑談をする。
タバコを吸い終えるくらいのタイミングで雑談は終わり、先に兄が喫煙所から出ていく。
私はもう一本吸ってから戻ろうとしたけど、部下が顔を出して火をつけるのをやめた。
「部長、シンデレライブの高木様からお電話です」
「ん-、今行く」
「それと最終オーディションのことでさっき電話がありまして、一人遅刻するそうです」
「遅刻かぁ……」
最終オーディションで遅刻するとはよほど肝が据わっているのか、それともアホなのか。
そういえば彼女もよく遅刻していたなと思いだす。
あの頃みたいに私も荒んでいないし、新人を育てる余裕がないわけではないが……。ちょっと悩んでしまう。
タバコをジャケットの内ポケットにしまって喫煙所を出る。
電話をかけ直し、シンデレライブの高木さんに繋いでもらう。
「お久しぶりです、部長のほうの橘です」
社長も部長である私も同じ橘なので、こんな風に電話をかけてしまう。
一度“妹のほうの橘”ですと言ってしまったことがあったが、それはそれで話がおかしくなってしまうのでこうなった。
マネージャーだった頃よりも仕事は多くなった。
しかも、部長という役職がついてしまったおかげで、ライバーたちのマネジメント業がおざなりになりかけていた。
だからといって私が部長をしつつ全てを担うのにも無理がある。
というわけで、マネージャーを一人採用していた。ついでに事務員さんも今は潤っている。
「みくさぁーん、おはるさんが電話でてくれませーん」
マネージャーの石井よみが涙目で私のデスクへと駆け寄る。
「ったく。いいよ、私電話するから」
石井さんの代わりにおはるに電話する。
仕事の電話は取らないことが未だにあるが、私からの電話ならすぐに取るのがおはるだ。
嬉しいけど、仕事はちゃんとしろといまだに思う。
さっそく電話をかければ、すぐにでもおはるは電話に出た。
「おはる!!! いつまで寝てんの!!!」
『誰のせいで寝れなかったと思ってるの!!!!』
「仕事は仕事です。きっちりやりましょう」
『仕事に支障を出すほどのことをしないでください。それにまだ遅刻する時間じゃないです』
「だとしてもマネージャーの電話には出なきゃでしょ」
『わかってるもーん。あとでかけ直すから』
「まったく」
『こっちのセリフなんだわ。まだ身体が』
電話を切る。
「おはる電話かけ直すって」
「よかった。もーおはるさんいっつも寝てばかりで。部長からもいってくださいよー。
絶対あれですよ、配信後に遅くまでゲームとかしてるんですよ、おはるさん」
「う、うん、言っとくね」
「部長どうしました? 汗かいてますよ」
「ち、ちょっとお昼食べた激辛料理のせいかなー、あはは」
「部長激辛好きなんですか? 今度うみさんやキュウビさんも誘って一緒に激辛食べにいきましょ!
うみさんやキュウビさんも辛いの好きなんですよ! 激辛サークルつくりましょ!」
「う、うん」
おはるが寝てばかりいる原因が――私だなんてとてもいえない。
だって、あれだ。うん。やっぱり付き合いたてのころって色々と燃えるじゃないですか。うん。
これは致し方ないこと。うん。おはるも求めてくるし。私もしたいし。
これはしょうがないことなんだ。
石井さんごめんよ。心の中で謝る私。
ちなみにおはるが寝ていたのもおはる宅ではなく、私の家だ。
もうお互いしょっちゅう家を行き来するせいで半同棲みたいな状態になってしまっている。
いかんいかん、仕事中にプライベートなことを考えすぎた。
再びパソコンに向かう。
業者から見積もりのメールが来ていたので、返事をする。
イラストレーターさんから公式グッズにする予定のサンプルが複数きていたので、確認しライバーの子にどっちがいいかとメッセージを打つ。
さっそく返事がきた――と思ったら、おはるからのメッセージだった。
『今日何時に終わる?』
『たぶん、20時には帰れる』
と、お返事。
『ご飯作っとくよ。何食べる?』
『ん-、さっぱり系』
『はーい』
最近おはるは自分で料理を作るようになっていた。
外食だとお金がかかるとか、料理を学べば配信のネタになるとか、いろいろと理由はあるみたいだけど。
以前は食事は配達ばかりだったなーって思い返す。
はじめてカレーを作ってあげたときのこと、そのあとオムライスを作ったとき私は感情を爆発させておはるにぶつけてしまったなぁ。
思い出し反省。
仕事を終えて、帰りの電車に揺られる。
駅から歩いて自宅のほうをみれば、私がいないのに私の家には電気がついている。
音をたてないようにゆっくりと鍵を開けて、恐る恐る自宅へと侵入する私。
「スパチャありがとー♪ そーおはるのグッズもあるからね! 是非足を運んでくださいねー♪」
自宅ではおはるが配信をしている。
音が入らないようにこっそりこっそり。
おはるも帰宅した私に気付くと笑顔で手を振る。
「ん-、じゃぁそろそろ20時になるし終わろうかな! 皆見てくれてありがとー! また次回の配信でお会いしましょー!」
カメラをオフにし今度開催されるポップアップショップの宣伝画像に切り替え、エンディングBGMを流す。
マイクもオフにして――。
「みくちゃんおかえりー!」
抱きついてくるおはる。
「ただいま、りえ」
りえとはおはるの本名だ。
桜野おはる、本名桜田りえ。
とあるときから、おはるは『おはるって呼ばないで』なんて言いだした。
理由を問うと『恋人なんだから本名で呼んでほしい』だそうだ。
最初はりえと呼ぶのに違和感があったが、一か月もすれば呼び方にも慣れた。
ただ、たまに事務所でも“りえ”って呼んでしまいそうになるし、実際に呼んでしまったこともある。
兄はこの関係をしっているが、石井さんや新人事務員さんはまだ私たちの関係を知らない。
「ごはん出来てるよ。あっためるからちょっと待っててね」
エプロンをきゅっと結んでキッチンに向かうおはるは幼な妻っぽくてそそる。
そんなおはるを後ろから抱きしめる。安心できる温度と柔らかさと香り。ずっと抱きしめていたくなる。
「みくちゃん、ごはんが先だからね」
「わかってるよ」
「うふふ♡ みくちゃんめっちゃりえのこと好きだよね」
「好きだよ」
「うふふふ♡ うれち♡」
「好きっていうともっと好きになっちゃった」
「りえも♡」
押し倒したい衝動をなんとか抑え、ちょっとだけおっぱいを揉んでから冷蔵庫のビールに手を出す。
食卓におはるが作った料理が並び、私たちも対面に腰を降ろし夕食にありつく。
「今日さー、ファンアート送ってくれた人がいてさー」
「あ、それみたよ。宴のときのやつじゃない?」
「そうそう、またやりたいなー」
「はは、またやれるといいね、あんなお祭り」
他愛もないけれど、愛しき時間が流れる。
「ねぇ、みくちゃん」
「なに?」
「いつか……みくちゃんのお嫁さんになりたいな、なんて」
「あ、それ私も思ってた」
「本当?」
「うん。そうだな……また何か成した時のご褒美にしよっか」
「次はなにをするの?」
「ふふ、内緒」
実はもう記入した婚姻届を持っているんだけど。
りえにはまだ言わないでおこう。
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お話は以上で完結になります。
今後も投稿していく予定ですので、また是非ご一読いただけたらと思います。
ここまで読んで下って本当にありがとうございました。




