5話 これってデートじゃね?
愛海と体育委員をやる宣言をして数日経った放課後、ついにその日がやってきた。
体育委員会の初日である。
「行こ、高橋くん」
いそいそと帰り支度をすませた俺の席に、人の影が覆いかぶさる。
見上げると、愛海が立っていた。
「お、おう」
俺はごくりと息を飲んで立ち上がり、愛海と一緒に教室を出た。
教室中の視線がこちらを見ている気がしたが、気のせいだろうか。
ツンツン男と愛海の間に俺が割って入った後のホームルームで、俺と愛海はつつがなく体育委員に任命されることとなった。
あの場面をクラスの多くの奴も見ていたので、暗黙の了解のような雰囲気が漂っていたのだ。
奇声を発した俺に対して、「高橋ってあんな奴なのか」というUMAを見るような視線が投げかけられていたが、それは気にしないことにする。
どちらにせよ、決まってしまった。
「ねぇねぇ、わかる? 委員会の場所」
愛海が首をかしげる。
即答できるほど場所は頭に入れておいたが、俺はあえて一度考えるフリをしてから答える。
「……視聴覚室だ」
俺達は廊下を歩きながら会話を続ける。
「なんか緊張してる?」
愛海が若干青ざめた様子の俺を見て、心配そうに言う。
「体育委員の教師は怖いことで有名らしい。目をつけられないか心配だ」
「また、あ゛あ゛あ゛あ゛! って叫んだらマズいかもね」
からかうように言ってから、愛海が小さい子を見るような目で俺を見る。
「ふふ、ありがと」
そしてつぶやくように感謝を口にした。
ありがとうの意図がわからず、俺が「なにが?」と聞くと、「べっつにー」と愛海は言う。
変なやつだ。
「……晴人」
顔をあげる。気のせいだと思うが、ちょっと耳を赤くした愛海がもう一度つぶやく。
「晴人、晴人、はーると」
「な、なんだよ! というか教室だと高橋呼びだっただろ」
「いいじゃん、どっちでも」
笑っている愛海と歩きながら、階段を上がる。
その際に愛海が肩をぶつけてくる。歩きづらくて仕方がない。
愛海はやけにテンションが高そうだ。
これから体育委員会なのに、嫌じゃないのだろうか。
そんなことを考えていると、視聴覚室の前までやってきていた。
視聴覚室の後ろではおっかない教師が腕を組んで目を閉じている。あれが凛太の言っていた<鬼の岩鉄>だろう。
怖そう過ぎる。やはり来るんじゃなかった。
なるべく岩鉄から距離を取ったところに座りたい。
「……こっち座ろうぜ」
「え、いいけどなんで、どうして?」
「好きなんだよ、すみっこ」
「あはは、っぽいもんね」
っぽいってなんだよ、ちくしょう。
俺はなんとか怖そうな教師から対角線上かつ、目立たない廊下側のすみっこの席に腰をおろす。
「それでは体育委員会を始めます――」
ほどなくして上級生の挨拶によって体育委員会が始まった。
前評判は嘘のように淡々と進み、今日は顔合わせ程度のうえに、実は二年生と三年生で準備は前年度から進行しており、一年生がやることはほとんどないらしい。
ただし、ひとつだけ重要な任務があるという。
「体育祭に向けて、クラスTシャツを作ってください」
それが一年生に任されている任務のようだ。
クラスの団結を高めるために、体育委員会が音頭を取って、クラスTシャツをつくること。
作成したTシャツは文化祭でも使うらしい。
その後に予算関係の話やら申請のプリントやらを渡される。
「思ってたのと違うね」
愛海がひそひそと話す。俺はうなずいた。
ハードな運動部系のしごきを想像していたので、そこは意表をつかれたが、やっぱり引き受けるんじゃなかったと俺は思った。
これはあれだ。
ホームルームで教壇に立って、クラスのみんなにTシャツを作ることを報告し、色やデザインを募集するのだ。そして協議の結果、シャツを発注して先生となんやかんや話すのだ。
「Tシャツ作りやったことないけど、できるかなぁ」
「こんなの簡単だろ」
無理だ! できる気がしない。けど、できるかな?と聞かれて「できない」と答えるのはなんだか哀れな奴になりそうなので、俺はとっさに口走る。
口走った一秒後に後悔しているが、顔には出さない。
愛海は、ハイハイしていた赤ちゃんがいきなり立った瞬間を目撃したような顔をした。
「ぉお、自信アリ?」
「ないが」
「なんで簡単だと思ったの?」
「…………」
そんなことを話していると、委員長からさっそく次のホームルームで時間をとらせてもらい、クラスTシャツのデザインを来月中頃までに完成させるようにとのお達しが示される。
そして、怖い教師がのっそりと教壇に上がる。
「遅れたな、岩崎鉄郎だ。最後に一言。たかがクラスTシャツかもしれんが、されどクラスTシャツだ。遊び半分で作ればすぐにわかる。楽しむのはいいが、真面目にやること……以上だ」
言ってることはまともだが、怖い……!
最後に次回の委員会の日時を聞いて、解散となった。
俺と愛海は視聴覚室を出る。
次のホームルームはいつだ?
それまでにクラスTシャツを作ろうという旨に関する完璧な台本と原稿読み上げタイムスケジュールを用意しなければ人前で話すこともできない気がする。
ほんとうに体育委員などにならなければよかった……。
「あ、そうだ!」
これから始まる地獄のクラスTシャツ作成期間に思いを馳せていると、愛海がぽんと手を叩いた。
「どうした?」
「いいこと考えたんだ、ふふ、聞きたいでしょ」
「いや……」
「聞きたいよね? あたしのこと無理やり体育委員にしたし」
それを言われると何も言えない。
「あたしのアイデア聞いてくれたら、チャラにしてあげる」
「……なんだよ、アイデアって」
「今週の土曜日、Tシャツを見に行こうぜっ!」
※※※
そして休日、土曜日。
俺は高校入学と一緒に購入したユニクロとエイチアンドエムの白黒コーデを決めて、これでもかというほど鏡を見て、問題がないことをチェックして、家族に友達と遊んでくると言って、静岡駅前に設置されている徳川家康像の前に立っていた。
静岡は家康の城があったので、家康を祭り上げている。渋谷でいうハチ公前みたいな場所である。
この場所で、愛海を待っている。
愛海曰く、せっかくならかっこいいシャツを作りたい。Tシャツのデザインを勉強しにいこう。
ということで、休日に待ち合わせることにしたのだ。
委員会の準備のために休日を消費することに多少の抵抗はあったが、俺に断れる選択肢はなかった。もともと巻き込んだのは俺のほうだし、ホームルームで提案するアイデアは多いほうがいいに決まっているだろう。
時計を見る。約束したのは、午後一時で、現在の時刻一二時三〇分である。
まだ三十分近くある。
近くの本屋にでも行って時間でも潰そう。
そう考えていると、俺の隣に同じく待ち合わせに来たらしい女の人が並ぶ。横目でしか見ていないが、たぶん、とんでもない美人だ。
ショートパンツから長い生脚がすらりと伸びていて、タイトめのシャツにカーディガンを羽織っていた。詳しくないが、今流行のKPOPのアイドルみたいだ。隣で撮影会が始まっても不思議ではない。
大学生だろうか。それとも本職のモデルかなにかだろうか。
というか、東京じゃなくてもこんな美人なお姉さんもいるんだな。
俺は邪魔にならないようにその場を離れて、駅前ビルの中に滑りこもうとして……できなかった。
進路をずいと、そのお姉さんに妨害されたのだ。
視線をあげようとすると、隣にいたお姉さんが真正面に移動していた。顔を見る勇気がないので、視線をさげると、シャツをぐいっと押し上げる胸元に視線を集中してしまう。
す、すごい……!
男子の語彙力をゼロにして頭をバカにするような破壊力だ。
って、失礼だろ!
俺は慌てて視線を足元まで下げて、斜めに横切ろうとする。
するとゴールを死守するキーパーのように、お姉さんが再び進路に立ちふさがった。
「…………」
もしかして進む方向が同じ?
再び進路を変える。
まだ妨害される。
何度か繰り返す。
これは、意図的に妨害されている。
なぜだ。
俺は何も悪いことをしていないぞ?! どうして美人なお姉さんが俺の邪魔をするんだ? 美人局か? こんな弱小高校一年生に金なんかないぞ!?
そう思って、俺は勇気を出して顔をあげる。そして自分でもわかる震えている声を出す。
「あの……道を……」
だが、顔を見て気付いた。
ニヤニヤと笑っている顔が俺を見ろしていた。
美人なお姉さんはお姉さんではなくて、かつての幼馴染だった。
「あ、お、お前……」
「やっと気づいた」
いたのは咲花愛海だった。制服姿でも同じ学年に思われないかもしれないなとうっすら思っていたが、私服だともう同年齢には見えない。
いっしょに歩いたら、ほぼ弟と姉だ。
「は、早いな」
俺はスマホを見て、もう一度時間を確認する。どうやら愛海も早めに来たようだ。
「だって家康像がどこにあるか、知らなかったし」
「ハチ公みたいなもんなのに」
「ハチ公と家康が同じ……」とケラケラと愛海が笑い「じゃあ行こ!」と歩き始める。
向かうのは服などが集まっているファッションビルのほうではなく、駅の高架下にある商業施設アスティのほうだった。
アスティはレストラン街みたいになっていて、体育祭の参考になるTシャツはないが、ラーメンだろうがハンバーグだろうが、寿司でもケーキでもある。
「こっちじゃないだろ」
「ちょっとお腹空いたし、行ってみたいところあったんだ……だめ?」
「別にだめとかじゃないが……」
そうして俺達はTシャツを見に行く前に、レストランで食事をすることになった。
「すごい行列だ……」
向かったのはお団子屋だった。
ぱっと見た感じは蕎麦屋のような見た目をしているが、お茶農家さんが経営しているらしく、たくさんの種類のお茶とそれに焼きたてのお団子がついてくるらしい。もちろんおしゃれなメニュー看板には、いかにもインスタ映えしそうなお皿に並んだカラフルなお団子が載せられている。
お店の外まで行列が続いており、俺たちはその最後尾に並んだ。
「美味しそうじゃない?」
「お茶とだんごだ。マズいわけがない」
「どのおだんごにしようかなぁ、あたしは小さいやつにしようかな……そういえば昔一緒に食べたよね、よもぎだんごとか」
俺の祖母が散歩に行くとよもぎを取ってきて、それをだんごにしておやつによく出してくれていた。
小学校のころは家に遊びに来た愛海と一緒に食べていたことを思い出す。
「また食べたいなぁ。おばあちゃんはまだ作ってるの? よもぎだんご」
「ときどきな。でも昔とちがう気がするけどな、味は」
「味が変わったんじゃなくて晴人の味覚が変わったのかもよ、だって小学生のときだもん」
言われて確かに、と思う。
あの時の俺は声変わりもしていないし、身長も今の半分くらいしかなかったはずだ。
そう考えたら検証してみたくなった。
今度、ばあちゃんがよもぎだんごを作ったら食べてみよう。
「……あたしはおだんごの味、そのままだと思うな。変わったように感じがするんだけど、そのまんま」
どや、という表現がふさわしい顔をして愛海は言う。
でも現実的、俺は思う。
「何年も経ったら、味も変わってる可能性はあると思うけどな。作り方も作る側も、ちょっとずつ変化するんだから、ずっといっしょってことはありえないだろ」
「……そりゃそうかもだけど、変わらない味ってのが売りのお店だってあるじゃん」
「うちのばあちゃんはお店じゃないし」
「そうだけどさ! そういうことじゃないよ! おふくろの味の話だよ!」
やけに熱弁しているな。そんなにお団子が好きなんだな、こいつは。
「よもぎだんごは、何年経ってもよもぎだんごだよ!」
「……じゃあ、よもぎだんごを食べるかな」
「……ふふ、いっしょに食べよ!」
こうして俺と愛海が何を食べるかが決定する。そして行列をどうでもいいような話をして並んで、俺たちはおだんごを堪能した。
そのあと、フライドポテト専門店でポテトを食べて、まだ絶滅していなかったタピオカのお店でミルクティーを飲んだ。
タピオカの原料がタロイモだったかどうかを言い合っているときに、俺は立ち止まる。
ふと気づいたのだ。
これって、デートじゃね?
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