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3話 彼氏いるんだ

 ドリンクを受け取り、俺たちは前の通りが見えるカウンター席に座った。


「かわいい~」


 咲花愛海は花見とだんごをモチーフにしたドリンクの写真を撮影する。


 その姿は流行に敏感なJKそのもので、キラキラした空気が眩しい。これが知り合いでなければ、目も合わせていないだろう。


「ふふ、一緒に撮って」

 愛海がスマホをかざして言う。


 一緒に撮るのか!?

 俺はスマホを受け取る。だが、ここでまごついているほうが格好悪い気がする。咲花愛海がピースしている。撮られ待ちだ。


 ここで断るのはなんだか、ダサい気がする。


 疎遠状態からの距離の詰め方がえげつないが、覚悟を決めるしかない!


 ええい!


 俺は自撮りモードにして、俺と咲花愛海とドリンクが入る画角に合わせる。

 俺、愛海、ドリンクが均等になるアングルでシャッターボタンをタップ。

 ぱしゃり、と撮影に成功する。


 さすがにピースはできないが、さりげない表情をするのには成功したはずだ。

 撮影した写真を確認する。


 うん、悪くない。


 俺は出来栄えに満足していると、咲花愛海がくすくすと笑う。


「えっと、あたしとドリンクを撮ってって意味だったんだけど……」


 俺と一緒にではなくて、ドリンクと一緒にって意味だったのか。


「…………」


 死ぬっ……!


 俺は即座にスマホのデータを消そうとする。が、素早く愛海がスマホを取り返してきた。そして撮影した写真を見て微笑む。


「あ、そーだ! この写真、晴人にも送るよ」


「お、俺に?」


 そう聞くと咲花愛海が「だからさ!」と矢継ぎ早に続ける。


「えっとさ、ほら、写真送るの……連絡先とか……わかんないとじゃん。だからライン教えてよ」


 俺は数名の友人と父と母の連絡先しか入っていないスマホを見る。

 目の前では愛海がラインのQRコードを表示していた。


 そのままカメラでQRコードを読み取り、俺はラインで「よろしく」と咲花愛海にメッセージを送った。


 ピコン、とラインにメッセージが返ってくる。


 「よろしく!」というマッチョな男がひよこの被り物をしているという謎のスタンプだった。


 そのスタンプに対しての感想を思い浮かべる余裕はなかった。

 ……これは、現実か?


「ぴーちゃん、かわいいでしょ」


「かわいいと言われれば、かわいいかもしれないな」ともう何も考えられないまま答える。


 ぴーちゃんのことは申し訳ないが、どうでもよかった。足元がふわふわして、俺は飛び上がりそうだった。

 平静を装うのに必死でいる俺だったが、咲花愛海からの追撃がなかったので深呼吸をしてなんとか落ち着きを取り戻していく。

 ちらりと横を見ると、咲花愛海が自分のスマホをじっと見て、大きくため息をついていた。まるで入試の合格発表でも見に来たような顔色だった。


「どうした?」


「え!? ううん、なんでもないよっ」

 俺が声をかけると、我に返ったようで慌てて立ち上がる。


「あ、あたし! そろそろ帰らなくちゃ」

 咲花愛海がそう言って席を立つので、俺も席を立つ。


「あ、晴人はまだいいんじゃない? せっかくスタバだし、ゆっくりしてったら?」


 さっきはいっしょに帰ろうと言ってなかったか? と思ったが、もしかすると俺とおしゃれなスタバにいるという事実に気づき、それを誰かに見られるのが恥ずかしくなってしまったのかもしれない。


「……そうするわ、コーヒーまだ残ってるし」

 一口も飲んでないけどな。


「また明日ね、晴人」と言って咲花愛海が手を振ってスタバを出ていく。


「じゃあな、咲花」俺はそう言ってその姿を見送る。のだが、咲花愛海の動きがピタッと止まる。そして猫のような身のこなしで、俺のところまでもどってきた。


「愛海って呼んでよ、昔みたいにさ」

 咲花愛海が俺の顔をじっと見て「りぴーと、あふたー、みー」と言う。


「ま、愛海……」


「よろしい、えへへ」


 咲花愛海……、いや、愛海はそう言って、スタバを今度こそ出ていく。


 その姿を見て、俺は混乱する。

 いくら幼馴染とはいえ、いきなりこんなムーブをするものなのか? いっしょにいるのを見られるのは恥ずかしい感じじゃないのだろうか? 今の名前呼びのほうがよっぽど恥ずかしい気がするのだが……。


 わからない。愛海がわからない。


 俺は混乱した心境のまま、スタバを出ていく愛海の姿を見送る。


 パタパタと駅のほうに向かって走っていた愛海が立ち止まる。

 誰か知り合いを見つけたようだ。


 愛海が笑顔になって手を振る。

 相手も手を振る。同じ高校の制服だ。

 ネクタイの色が違う。先輩。三年生、そして男だ。


 かなり親しげである。

 愛海とその男が言葉を交わす。

 愛海がふざけて男の肩を小突く。


 男が愛海の頭をぽんぽんと撫でた。


 相手の喋っている男は、垢抜けていて、高身長で、愛海にとびっきり爽やかな笑顔で語りかけるイケメンだった。


 今日会ったという感じではない。

 前から知った仲というのが傍目からでもわかる。


 愛海とイケメンがそのままいっしょに駅のほうへと歩いていった。


 見えなくなった。


 さっきまでの浮かび上がりそうな気持ちは嘘のようにしぼみ、俺は気分は奈落へと叩き落とされた。


※※※


 俺は自分の部屋の天井を見ていた。


 帰り際に見た愛海とイケメンの姿を思い出しては、あれがどういう関係か考えて、それが彼氏しかありえないという結論に至る。

 というのを何度も繰り返していた。


 愛海に兄弟がいたということはないはずだ。何度か遊びに行ったこともあるので、そこは間違いない。


 彼氏か……。

 小学生以来、一度も会っていないのだから、その間に何かあっても不思議ではない。


 スタバに行って、連絡先を交換したのは、ひさしぶりにあった幼馴染に再会したからというだけだ。


 それ以上の意味はない。


 危うく勘違い浮かれ野郎になる未来を回避できただけでも御の字である。

 これを機に吹っ切れて、明日から高校生活をスタートさせればいいだけなのだ。


「もう忘れろ、俺」


 うつ伏せになる。枕に顔を埋める。

 俺はそのまま目を閉じた。


※※※


「晴人、晴人ってば」


 呼ばれる声に目をさますと、目の前に愛海がいた。

 小学校のころの愛


海だ。

 背は俺と同じくらいである。髪はベリーショートで、男にも女にも見えるような見た目だ。


「ねぇ、約束だからね」


 俺と愛海はベンチに座っていた。

 そこは小学校の帰り道にあったひぐち商店という駄菓子屋で、俺たちはよくそこで駄菓子を買っては、店の前にあるベンチに腰かけて食べていた。


「約束ってなんだよ」

 愛海が寒そうにはーっと手に息をかけている。どうやら冬のようだ。


「ここで待ち合わせ、明日だからね」


「休みだぜ? ……今日でよくね?」


 明日がなんの日で、どういう意味があるのか、俺は知っていた。でも知らないフリをした。


「明日じゃないと、意味ないの! 来なかったら知らないよ!」

 愛海はそう言ってから、えっへんと胸をそらした。


「ほしいでしょ、チョコ!」


 俺はそのあと、なんて答えただろうか?

 残念ながら覚えていなかった。

 だけど、確実なことは、俺はそのあと約束を破ったのだ。

 あの日、俺は愛海の待っていたベンチまで行かなかったのだ。


 行けばよかったな、と思う。


 なぜなら、愛海は転校してしまうからだ。

 明日が、彼女に会える最後の日だったからである。


 行くよ、必ず。

 俺はそう口を動かそうとしたが、動かない。歯がゆいなと思っているが、体は俺の言うことを聞かなかった。


 そのまま、ゆっくりと周囲の景色が蜃気楼のように溶けて消えていく。

 ベンチに座っていた愛海はいつの間にか黒髪ロングの高校生姿になっていて、その隣には謎のイケメンが座っている。


 愛海とイケメンが笑っている。

 隣に座っているのは、俺じゃない。


「……最悪だ」


 その瞬間、目が覚めた。

 カチカチと時計の音だけ響く。


 階下から母親のごはんだからそろそろ降りてこいという声が聞こえた。


「……」

 自分の顔を覆う。


 体が重たい。何もする気力がわかない。

 まぶたの裏には、今日会っただけの愛海で埋め尽くされていた。

 なんて気持ちの悪いやつなんだ、俺は。


「まったく忘れられてないじゃないか……」


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