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2話 ココアじゃないの?

 放課後の教室。

 高校入学初日が終わろうとしている。


 あの校門での遭遇後、咲花愛海さきはなまなみと言葉を交わすチャンスはなかった。

 入学式が終わり、同じクラスになったのだが、超正統派の美少女な咲花愛海の周りには、初日から常に声をかける人間がたくさんいて、俺が声をかける余地などないからである。


 もちろん、俺は話してみたい。

 なぜ転校してしまったのかとか、何をしていたのかとか、俺のことを覚えているかとか……。


 それから、転校前日のバレンタインの話とか。


「いいよなぁ高橋、咲花さんと知り合いなんだろ」


 帰ろうと腰をあげたとき、隣の席の男子が話しかけてきた。小柄でツンツンした髪型の男子、望月凛太だ。


「まぁ、少しな」


「少しって感じには見えなかったけどなぁ」


 凛太が俺と咲花愛海が顔見知りであることを知っているのは、入学式後の自己紹介が原因である。


 教室中の注目を集めた咲花愛海は「このクラスでは高橋くんは昔同じ小学校でした!」と、俺と知り合いであることを話していたのだ。


 理由はクラスの人に出身を聞かれ、転校の多い家庭で育ち、小中学校でも何回か転校していたことを話した流れなので、残念ながら俺を特別意識していたわけではないだろう。

 いや、何が残念なのかは不明だが。


「咲花さんヤバいよなぁ」


 凛太がしみじみと口にする。


「ヤバいって何が?」

 俺はヤバいに込められた意味をだいたい察したが、すっとぼけたフリをした。


「顔も美人だろ? 性格もよさそうじゃん。それに……」

 凛太が手を自分の胸板にもってきて、お椀をさするようなポーズをした。


「アレ、すごすぎるだろ……本当に同じ一年かよ」


「やめろよ、そんな話」


 男子中学生か。という感じでため息をついて、俺は席を立つ。

 本当は同意である。たしかに大きくなっていた。小学校のときは気にしたことなかったが。しかしそんな下世話な話を、高校初日から教室で喋って万が一にも咲花愛海の耳に入ったらと思うとぞっとする。


 俺は凛太に「じゃあな」と挨拶をして、下校することにした。それなのに凛太が追いすがってくる。


「ちょっと待ってくれよ、俺も咲花さんと仲良くなりたいんだよ。だからさ、せっかく知り合いなら、俺のことを紹介してくれよ」


 なんだと?

 咲花愛海の胸に思いを馳せていたお前を、紹介しろだと?


「同じクラスなんだから自分で声かければいいだろ」


「できたら苦労しねえよ、女子と話すなんて、できるか? 普通」


「その状態でラスボスに挑んだら死ぬぞ」


「……たしかに」


 なんとか凛太を引き下がらせる。

 引き下がらせて、俺はほっとした。そしてほっとした自分に気づく。

 この安堵は、咲花愛海に他の男子が声をかけないことによって生まれたものであることに。


 俺は初恋を引きずっている。

 その初恋が妄想から現実に飛び出してきて、どう振る舞うのが正解なのかわからなくなってきていた。


 ※※※


 高校を出ると、俺は都会の空気に圧倒されていた。


 東京とまではいかないが、静岡県静岡市のど真ん中に駿河東高校はある。校門を出て交差点を渡るとすぐに駅で、その駅は新静岡セノバという大型ショッピングセンターと併設されており、服や雑貨から映画館やレストランもある。電車もあるし、バスターミナルもそこにある。


 このセノバから出ているバスに二〇分ほど乗って、それから一〇分ほど自転車に乗ると、俺の家に到着する。家は山に囲まれていて、お茶畑が広がるザ・田舎である。つまり田舎者の俺からすると、都会感あふれるセノバの中はなんだかシティボーイになったみたいで気分があがる。


 俺は少々浮かれた気分でバスターミナルの方向に足を進める。


「楽しそうだね」


 背後から声がかかる。


「まぁ、多少はな」


 あまりに自然に話しかけられたので、自然に返事をする。それから誰だ? と振り返る。

 ぐに、とほっぺたに声の主の人差し指がささった。

 なんとも古典的ないたずらである。


「やーい、ひっかかった」

 うしろには、小学生男子のような笑顔を見せる咲花愛海が立っていた。


「やっほ、見えたからついて来ちゃった」


「…………」


 突然のかつての幼馴染の登場に頭が追いつかず、俺は無言で立ち止まる。

 そんな感じなのか、咲花愛海。


「途中までいっしょに帰ろうよ」


 そう言ってから、なぜか肩で息をしていた咲花愛海はちょっと息を落ち着かせるからと言って深呼吸して、少しとがめるようにこちらを見た。


「もう、せっかく同じ高校になったのに、すぐ帰っちゃうじゃん、あたしと晴人の仲でしょーに」


 話す? 俺と?

 たしかに昔はよく遊んだ仲ではあるが、それは小学生のころの話だ。いや、俺のなかではその頃の記憶が鮮明なままだが、そのノリの延長線上で急に振る舞うのは年月が経ちすぎていて、対応できない。


 混乱していると、咲花愛海が俺の手を取る。


「それより帰るところでしょ、これから予定ある?」


「ないけど……」


「じゃあちょっとおしゃべりしよ、ひさしぶりに。ほら、行こ!」


 やわらかで、すべすべの手が俺の手をひっぱる。


 握られた手を握り返すのが正解かわからず、なすがままに引かれる。そしてそのままおしゃれな外観をしたカフェの前までやって来た。世間ではスタバと呼ばれている場所だ。

 自動ドアをくぐって店内に入る。


 ジャズみたいなBGMがかかっていて、爽やかな笑顔の店員さんがいらっしゃいませと声をかけてくる。

 ウインドウには軽食が並んでいて、レジカウンターではドリンクのメニューを手にした店員さんが待ち構えている。


 冗談だろ? まだ高校一年生になったばかりなのに、スタバで注文なんてできるわけがない。


「ちゅ、注文するのか?」


「え、他になにするの?」


「……け、見学?」


「観光地なの?」


 知ってるよ! でも外でドリンクなんて、サイゼリヤかガストのドリンクバーしか知らない。かろうじてある知識といえば、サイズがSとかMではないことだけだ。


 咲花愛海を見る。


 るんるんに輝いた瞳できょろきょろしながら、どれにしようかなぁなんていている。そして俺の袖を引っ張る。肩がぶつかり、隣に並ぶ。


 距離が近い。

 横を見る。咲花愛海の横顔が近い。

 まつ毛が長い。

 フローラルな香りがする。

 咲花愛海がこちらを向く。星くずが入っているみたいにキラキラな瞳が俺を見る。

 心臓と顔が爆発しそうになった。

 

 俺は慌てて距離を取る。


 すると咲花愛海がちょっとだけ口を引き結んでから、ずいと俺との距離を縮める。さらに逃げようとする俺の腕を掴つかんで、カツアゲよろしく引き寄せてきた。

 

 え、それは知らない。小学校時代よりも強引だ。

 という真横に並ぶと、咲花愛海は俺より背が高かった。

 

 屈辱!


「注文決めた?」


「注文の仕方が、わからない……」


 思わず本音が漏れる。

 俺は口を抑えた。ダサい。ダサすぎる。顔がひりひりする。


 咲花愛海はにやりと笑い、おっけーと言って、俺の腕をつかんだままレジカウンターに向かう。そして向かいながら、ささやくように話しかけてくる。


「なに注文したい? あたしは三色おだんごフラッペ」

「俺は……コーヒーでいい」


 コーヒーなんて飲んだことはない。昔から苦いものは苦手だ。でもどうすればいいのだ。メニューボードを見ても、何がなんだかわからない。本当は甘いもののほうがいいけれど、なんとかふらっぺみたいな呪文を口に出せなかった。

 だって恥ずかしいから!


「え、ココアじゃないの?」


「へぁっ!?」


 驚く俺。

 咲花愛海はきょとんと首をかしげる。


「だって晴人、苦いものとか得意じゃないでしょ。あとココア好きじゃなかったっけ?」


 そうだった。

 見た目が究極の黒髪美少女化して別人にしか見えなかったが、こいつは幼馴染だった!


「い、いいんだよ。コーヒー、飲めるようになったんだよ……」


 でも認めたくない。なぜかそう思って、お前が知っている俺とは違うんだと思ってもらいたくて、条件反射の返事をした。


 結果、店員さんからは苦い汁のカップが手渡されるのだった。


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