表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/19

16話 応援したいんだ

 もちろん多少頑張ったところで、運動が得意な渡辺に俺が五〇メートル走で勝つことなどできなかった。

 タイムは八秒ジャスト。

 クラスメイト達の会話を聞く限り、たぶん、平均より遅かったはずだ。


 それから翌週の、午後のホームルーム。

 体育委員である俺と愛海が主導で、体育祭の種目決めが行われることになった。


 委員会で知ったのだが、駿河東の体育祭は少し変わっている。

 よくイメージする運動会よりも、陸上競技記録会という雰囲気なのだ。

 最後の種目にクラス対抗リレー以外は、短距離から長距離走、棒高跳びや走り高跳びなどの種目をクラスの中から数名ずつ選抜して競技に出ていってもらい、その記録によってクラスごとにポイントが入っていく形式なのだ。


 俺と愛海は黒板に陸上競技の種目を一覧で書いていく。

 そこに対して立候補があればその人の名前を、なければくじ引きで順番を決めていった。


「じゃあ一〇〇メートルやる人!」

 愛海が挙手する人を募る。

 花形競技でもあるので、一五〇〇メートル走や四〇〇メートル走と比べると、挙手する人が多かった。

 立候補者の中から、くじ引きで決定されていく。


「この前の体育、何秒だった?」

 愛海がくじ引きで盛り上がっている人たちを見ながら耳打ちしてくる。

「八秒ちょうど」

「ふふ、あたしは七・五だったよ、ちなみに一番速かった」

 ふふん、とドヤ顔を見下される。

 女子に負けた。というか足速すぎるだろ。


「……一番速いんだろ、だったら当然だ」

 何が当然か俺もよくわからないが、もっともらしく言ってみる。


「そうかな?」

 と首を傾げた思ったら、愛海が肘で小突いてくる。

「な、なんだよ」

「参りましたは?」

「なんで参らないといけないんだよ」

「言わないと子分だよ」

「なんでだよ……」

 うざい。

 自分のほうが足が速くて調子に乗っている。男子小学生か。

 

 愛海の肘で小突く攻撃から逃れるために距離を取る。

 ちょうどくじ引きで種目が決まったクラスメイト達が名前を申告してくるので、その順番通りに黒板に彼らの名前を書き込もうとする。しかし背後から現れた愛海がするりと俺より早くチョークを手に取ると名前を書き始めた。


「な、なんだよ」

 司会進行が愛海で、板書役が俺の役割だった。突然の役割交換に戸惑ってしまう。

「いいの、いいの。次で最後だし」

 と、黒板に名前を書き続ける。


 俺は愛海の代わりに司会進行をすることになる。

 クラスの視線が気になったが、愛海がスムーズに進行してくれた流れをここで止めるわけにはいかないので、俺はいたって平常心のフリをしながら、進めようとした。


 が、進行用にメモした次の競技を見て、俺は一度言葉に詰まる。

 黒板に向き合っているので、愛海の顔は見えない。

「次はクラス対抗リレーです」

 もう過ぎたことだし、俺のタイムではリレーにもアンカーにもなることはない。

 忘れていたが、少し、悔しい。


 クラス対抗リレーは八人が選抜される。

 ひとり一〇〇メートルを走り、男女で各四人ずつが出場するルールだ。面白いのは、走る順番はクラスごとに決めていいところだ。

 男女交互に走っていいし、女子四人が前半を走り、男子四人が後半を走るという極端な攻め方をしてもいいのである。


 迷った場合は男女交互で走り、男子がアンカーを務めるのが定石である。

 ……ということを体育委員で聞いていたので、そのことをみんなに伝えた。


 その伝達が終わると、愛海がはいっと大きく挙手をする。

「あたし、アンカーやりたい」


 クラスの視線が愛海に集まる。

 俺も愛海に視線をやる。

 

 彼女は前を向いて、堂々としていた。

 

「リレーのアンカー、やってみたかったんだ! ゴールテープ切ってみたいです! リレーの!」

 ゴールテープかよ、とクラス中がどっと笑う。

「だってかっこいいじゃん!」

 えへへ、と愛海が頭をかく。


 そしてクラスの女子からぽつぽつと、この前も愛海めっちゃ速かったよね、と意見があがる。そのタイムを聞いて、男子も咲花さんヤバッ! と盛り上がる。


「愛海でいいと思う、普通に」

 白崎さんがぽつりと言う。


「……俺もアンカー、やりたいんだけど……」

 そこに反対するように渡辺が声をあげた。渡辺が、一瞬、俺と愛海を見た気がした。

 その視線で気づく。

 体育委員のジンクス。一緒にやる男女は仲良くなる。

 そして対抗リレーでアンカーをやって、告白すれば、カップルになる。


 俺は自分のことを考えていた。

 でもよく考えれば、男がアンカーである必要も、ないのではないだろうか?


 俺は愛海を見る。

 彼女はこちらを見ていない。


 どういうつもりで、アンカーに立候補したんだ?

 本当に、ゴールテープを切ってみたいだけなのか?


「俺、五〇メートル走、六・六秒だし。やっぱり男子のほうが一位になる確率上がるんじゃね?」

 

 数字まで根拠に出してくる、全うな意見だ。

 たしかに勝ちに行くのなら、その通りなのかもしれない。

 俺も女子がアンカーで走るという考えすらなかった。


 だけど……。


 俺は愛海の背中を見る。

 俺よりも背が高くて、背だけじゃなくて、考え方も、行動も、全部、遠くにある背中。


 今の俺じゃ、隣に並ぶこともできないと思ってしまう背中。

 でも、その背中を押すことくらいなら、俺にもできないだろうか。


「……走る人数は、男女八人で同じだから、理論的には誰がアンカーでもゴールするタイムは変わらないと思う」

 俺は必死に頭を回転させて、今日一番、腹に力を入れて、声を出した。

 クラスの視線が集まる。

 恥ずかしい。

 でも、恥ずかしいから、なんだ。


 愛海だって隣にいるんだ。

 俺だって、べつにみんなの視線が集まっても、堂々と、話せるし!


「でも、他のクラスは男子がアンカーだと思うぜ」

「……ということは、足の速い男子が最後に走るってことだ。もし()()がアンカーなら、足の速い渡辺とかが、先に走って、他のクラスより先行できるってことになるんじゃないか」


「先にリードを広げておく逃げ切り型ってやつだな」

 凛太が何も考えてない感じで「なんか頭使ってるみたいでかっこよくね!」と盛り上がる。その意見に「トリッキーだな」とか「面白そう」という意見が追随する。


 俺は渡辺が不服そうに反論しそうになったタイミングを制するように口を開く。


「そういうことなら、渡辺みたいな足の速い人が、第一走者になってくれたら、頼りになる……と思う」

 俺は渡辺の目を見て言った。

 渡辺は俺の目を真剣に見ていた。

 そこにクラスの奴らが、それいいな! 頼むぞ渡辺! と乗ってくる。


 そこからの流れはもう決定事項のようだった。

 うちのクラス対抗リレーは、要所に足の速い男子を並べ、ラストを女子が走るというトリッキーな戦法にしよう、ということでまとまるのだった。ラストの女子とは愛海だ。

 

※※※


 話し合いがまとまった後の放課後、俺は帰り支度をしていると、渡辺が近づいてくる。

 俺はどつかれるかと体を強張らせるが、渡辺は苦笑して肩を叩いてきた。


「やるじゃねえかよ、まさか高橋に言いくるめられるとはな」

 そうして、なんか褒められた。

 俺はなんて答えるのが正解かわからなくて、

「……真剣だったから」

 と口にしていた。


「俺はリレーにも出てないし、渡辺よりも、ぜんぜん足も遅いし……正直何もないけど、でも、諦めてるわけでもなくて……」

 自分で何を言っているのか、わからない。

 でも、渡辺の意見を話の流れで握りつぶした手前、真っ向から話すことが大切なんだと思って、正直な気持ちを話す。


「愛海がリレーのアンカーをやるなら、応援したいんだ」。

「応援か……俺とは考え方がぜんぜん違えな」

「か、かもしれない」

「俺は俺が活躍して、それですげえって、ちやほやされて、かっこいいとか、頼りになるって思われれば……それがいいと思ってたんだけどな」

「それは、たぶん、俺もできるなら、そうしてみたかった」

「ま、一位はとってやるよ」

 そう言って、渡辺は部活あるから行くわ、と立ち去ろうとする。


 だが立ち止まり、渡辺は振り返って、思い出したように口にする。

「そういえば、ホームルームとのとき咲花さんじゃなくて、愛海って呼んでたぞ、お前」

「え?」

 「ちょっとざわついてたぞ、目ざとい連中が」と渡辺はからかうように笑いながら去っていくのだった。


数話で完結予定です!

ここまでお読みいただきありがとうございます!


最後まで見ていただけると嬉しいです!

よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ