1話 まぁ、ひさしぶり
ずっと初恋をひきずっている。
初恋の相手は家が隣同士だった幼馴染。
幼稚園から小学校六年生までいっしょだった。男友達のように話せる間柄だったし、静岡出身である俺たちののんびりした気質もあったのか、異性をそこまで意識していなかったせいもあり、彼女がいなくなる最後のときまで、彼女を意識していなかった気がする。
もっと早く、自分の恋心に気づけばよかった。
それが俺の後悔。
彼女のことが好きだと気づいたのは、咲花愛海が俺の住む街から引っ越した翌日のことだった。
以来、高校に入学する今日も、俺、高橋晴人はもう会うこともないだろうに、彼女が高校にいたりしないだろうかと考えるほど重症だった。
「この調子だと死ぬまで童貞なんじゃないのか……」
ため息とともに、桜が淡い桃色の花弁をシャワーのように撒き散らす校門の前に立つ。
今日は駿河東高校の入学初日だ。
妄想はそこまでにしておいて、教室に着くまでにスイッチを切り替えねばなるまい。第一印象でクラス内での位置も決まってしまう可能性があるのだ。
俺はよし! と気合を入れ直す。
校門をくぐって一歩を踏み出そうとした、その時だった。
桜のシャワーの中を「おー、きれーだー!」とテンションを上げて自撮りしているJKと出会った。
その子は艷やかな黒髪をしていて、目はキラキラして大きくて、短いスカートからすらりと伸びる脚に、おまけに八頭身くらいあって、そのうえ制服越しにもわかるくらい胸も大きい、誰が見ても文句のない超正統派の黒髪美少女だった。
制服から観察するに同じ高校で、ネクタイの色から同じ一年生である。
もうこの容姿とスタイルだけで、スクールカーストのトップオブトップに君臨するだろうことだけは疑いようがない。
しかし残念ながら、俺は初恋を引きずる気持ち悪い高校一年生だ。
どんな美少女でも心が動くことはない。
ただ、こんな奴もいるんだな、と俺はその真横を通り過ぎようとすると、キャッキャしていた黒髪ロングの超美少女の動きが止まった。
なんだかこちらを見ている気がする。
ちらっと視線を送ると、交通事故でも起こしたかのようにガツンと目線が合う。
気のせいではなく、そのギャルは俺を見ていたのだ。
「うそ……」
黒髪美少女が幽霊でも見たかのようにつぶやく。
「……晴人? 高橋晴人、だよね?」
その声で、ピンと来る。
姿はまるっきり違うが、俺を名前で呼ぶその声は知っている。
間違えるはずがない。
間違えたりなんかしないが、あり得ない。
「……え? は? そ、そぉ?」
俺のキテレツな返事に「そそお?」と彼女が首をかしげる。
これはいけない。俺は言い直す。
「そうだが」
そうだがってなんだ。何様なんだ、俺は。だが妙な言い回しにも嬉しそうに彼女は「やっぱりなんだが?」と俺に合わせて言ってから「変なのー」と笑い「やっぱりだ! ひさしぶり!」と桜がかすむ満開の笑みを見せた。
嘘だ。これは現実か?
俺は状況を確かめるために高校を指さす。
「俺、駿河東高なんだけど……」
「あたしもだよ!」その子はにこっと笑って「いっしょだねっ!」と親指を立てて見せた。
姿は全然違うのに、その動作は重なる。
小学校のころに仲が良かった、あの幼馴染と。
「覚えてる、あたしのこと?」
「……まぁ……ひさしぶり」
忘れたことなんかない! なんて言ったら、もちろん気持ち悪い奴なので、俺は無難な返事をしておく。そのリアクションがお気に召さなかったのか、彼女は探偵のように目を細めて「本当かなぁ」とつぶやき、俺に尋ねる。
「じゃあ、あたしの名前は?」
忘れるはずがない。だから即答したい。でもそうすることで、俺が変な奴だと思われたらどうしよう。
複雑な葛藤の結果、俺は個人的にベストタイミングで、丁寧に彼女の名前を口にした。
「……咲花愛海」
こうして予想もしなかった俺の高校生活が、始まるのだった。
新連載です。
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