09
『幽体離脱』で見下ろした為、地図は無くとも大体の地形は理解した。
この国は大陸の西に飛び出した形をしていて、三方を海に囲まれている。
東は深い森が続き、山脈があり、それを越えた所に別の国らしきものが見えた。
北は以前ガイキに聞いた通り、気流の流れのせいか雲がぐるりと渦を巻いており、「常に天候が悪い」というのも本当のようだ。
陸路で他の国へ向かうよりは、西と南から海路で向かう方が容易く見えたし、実際そうして交易しているのだろう。港と船が見えた。
大陸には他にも国がいくつかあり、海を越えた所や南半球には別の大陸が存在した。
全体からみると、静音が召喚された国はかなり田舎のように思えたが、この世界には魔法がある。文化程度を地球の常識で測るのは難しい。
『浄化』が終わった後、何らかの手段で城に押し込められるか、神殿に押し込められるだろう事は確実に思えたので、どうにかしてどこかへ逃げださねばならない。
その際、どこへ逃げ出せば良いだろうか。
人が多い所は避けたいが、人が少ない、もしくはいない場所で暮らすには色々と足りないものがある。
移動手段も。
「転移魔法って存在しますか?」
ガイキに尋ねてみた。
従者にはああ言ったが、ガイキに対しては少し気を許している自覚がある。
少なくとも、質問には答えてくれる。
単に暇なだけかもしれないが。
「あるはずではある。お前さんがこっちに来たのも転移魔法だろう」
「ああ」
言われてみればそうだ。
「はず、と言う事は、使える人は滅多にいない?」
「滅多どころか見たことがない。大昔の大魔法使いが使えたって伝承があるが」
「へえ。大魔法使い。それもまた伝承では?」
「まあ、昔のことなんで大げさに伝わっている可能性はあるが、実在はしたらしい。彼が残した魔導書が今に至るまで魔導士たちの教本になっているし、そのおかげで魔法を属性に分けて修練の無駄を省くことにもなった」
「無駄?」
「適性の無い魔法を練習したとて発動しない」
つまり、火魔法の適性が無い者が火魔法をいくら練習しても無駄、ということか。座学でもそう教えられたなと思い出す。
自分に関しては全く役に立たない座学だったので、軽視しがちではある。
「適性はどうやって見分けるんです?」
「魔力をわずかに吸い取る紙があってな。触ると魔力量と適正によって色と濃さが変わる」
リトマス試験紙か。
「別に、特殊な紙じゃなくとも、空になった魔核なんかでも簡易判定は可能だ。教えられなくても魔核に魔力を込められる子供は結構いる。僅かな魔力でも魔核はそれなりに染まる」
染まった色が、属性、となるらしい。
静音は最初、何か水晶のようなものを握らされた。
何の反応もなかったので、あからさまにがっかりされた事を思い出した。
確か馬車に乗っている学者もいたような気がする。
「そういえば、私は何の反応も出なかったので、馬車の中の学者さんをだいぶがっかりさせたようでしたよ」
「学者さんだけじゃなく、王も宰相もがっかりしたろうよ」
「まあ、それはそうでしょうね」
「聖魔法ってのは色が出ないのかね」
「どうなんでしょうね。昔の召喚の時はどうだったんです?」
「さあなあ。俺はあんまり魔法のことは詳しくなくてな。学者先生に聞いてみちゃどうだ」
「馬車から降りてこない人にどうやって尋ねろって言うんです」
「知らん。休憩の時に外に出ている事もあるじゃないか」
「休憩中に話しかけるのも申し訳ないじゃないですか」
「そんな遠慮するようなタマかよ」
「失礼な。遠慮はしますよ」
日本人だもの。
静音の場合は遠慮というより、不信による交流の拒絶である。
そもそも女性魔導士たちとでさえ軋轢があったのだ。
主に一方的に静音が拒絶されるという形ではあったが。
原因は一目瞭然ではあった。
女性魔導士たちは、明らかに貴族階級の娘達だった。
彼女たちの持ち物は、専用の馬車が運び、テントや備品さえも特別仕様だった。
恐らく公的資金で仕立てたのではなく、各々の家が資金を出して調達したものだろう。
そんな所へ一緒に入れとは、揉めるに決まっているではないか。
何の配慮もないのだと最初に気づいた静音は、陰湿ないじめや嫌がらせが始まる気配を感じてさっさとそこから遠ざかった。
小中学生ではないのだ。勘弁してほしかった。
魔力制御が出来るようになっていて本当によかったと思った。
「遠慮しなくてもいいよ。何でも聞いて」
うっと静音は言葉に詰まった。
先ほどから近づいてはいるなと思ってはいた。
休憩中で少し意識が散漫になっている所だった。ガイキが傍にいるという気の緩みもあった。
「丁度いいじゃないか。聞いてみろよ」
そのガイキは能天気に問題を丸投げする気配だった。
じんわり振り向くと、学者がすぐ後ろに立っていた。
伸ばしっぱなしの髪は灰色混じりで、無精ひげを生やしている。
魔導士のローブを着ているが、あまり頓着していないのかあちこち汚れたり皺が寄ったりしていて、扱いは実験室の白衣並みのようだ。
----若いと思ったけど、そうでもないのか。
グレー混じりの髪のせいか、老けて見えた。
学者はにこりと笑った。
「聖属性の色だけど、普通には出ないと言われているよ。光そのものとも言われていて、これが光魔法とはまた違うんだよね」
「はあ。では光魔法は何色が出るんです?」
「白だね」
なるほど。
「では昔の渡り人の時も反応はなかったんですか?」
「いやそれがねえ。大魔法使いが魔導大系をまとめる前だったもので、検査の仕方とかもまだ確立されてなかったんだよね」
ということは、比較も出来ないという事か。
「そもそも前の召喚の時の記録は残っているんですか?」
「あるよ。あるある。持ってきてるけど見る?字読める?読んであげようか?」
「いえ、ご心配なく。こちらの文字の読み書きは出来ます。不思議なことに」
「へえ、そうなんだ。君の世界の文字と似てる?」
「似てない事もないですが……私の国の言葉とは全く違いますね」
「え、どういうこと?」
「私の国の文字は表音文字と表意文字が入り混じって使われています。こちらは表音文字のみですね。勿論あちらの世界でも表音文字のみを使用している国も多くありますので、そちらと似ていると言えば似ています」
「そんなに一杯言語があるの?」
「ありますね。詳しくはないですが」
「へえ。興味深いね」
「文字の発生についてはその起源が複数あり、そこから各々派生して発達した為そうなっているのではないかと思います。こちらでは違うのですか?」
「どうだろう。少なくともこの大陸の国は大体同じ言葉を話してるね。訛りがきついとかそういう事はあるけど」
「それは交流しやすくていいですね。というより、魔法が存在するので、交流が容易かったという事もあるのではありませんか?私の世界では魔法がありませんので、交通手段が限られた昔は距離の遠さが各々の文明の遠さでもあり、交流の機会も少なかったかと思われます」
「う~ん、魔法が無い世界かあ……。想像がつかないなあ」
「こちらの方にはそうでしょうね」
「面白いなあ。君の世界の事もっと聞かせてよ」
「私は学者ではありませんのでお話しできることは少ないですよ」
「いいんだよ。別に言葉のことだけじゃなくて、色々な事が興味深いんだ」
「まあ、そちらのお時間がよろしい時にでも」
こちらと何の為にコミュニケーションを取るのか意図が読めず、静音は無難に答えておいた。
ガイキが何事か考えるように顎をこすっていたが、口角は上がっていた。
この男も、静音が知らずにいる事をあえて知らせるつもりが無い所が確実にある。
こちら側ではなくあちら側だ。
そのうち脛でも蹴ってやろうかと睨んでやった。