07
色々と考えた結果、魔力の糸を使うことにした。
いつも静音を守っているシールドの一部が解かれ、ふわふわと人に見えない細い糸は馬車へと漂っていく。
扉も窓も隙間はなさそうだったが御者側の窓が少し開いていたのでそこから糸を滑り込ませた。
さて、馬車の中にはこの国のなんと第一王子がいる。王がどういうつもりで王位継承権第一位の息子をこの旅に同行させたのか今もって謎である。
出立前に一度だけ顔合わせした面子は王子の他は側近候補で宰相の息子でもある侯爵令息が一人、魔法使いの塔の学者が一人。
いずれも若い。学者はともかく王子と侯爵家の息子は二十歳そこそこか下手すると十代に見えた。
そんな三人は車内で書類仕事をしたり、伝書の鳥を飛ばしたり、口数少なく過ごしているようで、静音は暫く糸を忍び込ませたままで静かな様子を流し聞いていた。
「道中は長閑ですなあ」
ついにぼんやりとつまらなさそうに呟いたのは学者だろう。
「セラが神子として目覚めぬのがつまらぬか?」
神子……!何のことだ!
王子の言葉にぎょっとする。
「そりゃつまるかつまらないかで言えばつまりませんよ。数百年ぶりの異世界渡りなのに、一見して魔力は殆ど持たないしかも女が来た。とはいえ、試しに魔の沼へ連れて行くと、どういうわけか聖魔力を発揮して沼を浄化してしまった。異世界渡りの人間とはこういうものなのかと、ではすぐに歴代の渡り人のように神聖魔法を極めるかと思いきや最初の力から動きもなく、えっちらおっちらどうにかこうにか沼を浄化して回るだけ」
「充分ではないか」
王子が笑いながら言う。
「そりゃ沼を浄化して回ってくれるのは国としてはありがたいでしょうけども、それだけではね」
「それはそなたの願望であって国にとってはどうでも良い事ではあるのだよ。むしろ神聖魔法などに目覚められては神殿に力を持たせることにもなって困る」
「神殿に渡さなければ良いだけの話ではありませんか」
「まあそうなのだが」
「そのためにお二人が同行されることになったのでしょう?」
「それは想像に任せるよ」
「彼女は全て終われば帰れると思っているでしょうに。可哀想に」
「おっとそれ以上はいけない」
「別に誰に聞かれても彼女にさえ聞かれなければ構わないじゃありませんか。周知の事実でしょうに」
「それでも気を付けるに越したことはないのだよ。相手は何しろ渡り人だ」
「神子として目覚めてもいませんのに」
「それでも、だよ」
気を付けるなら、本当にもっと気を付けるべきだったのでは、と静音は思う。
どう見ても気が抜けている。
静音が思ったより力を出せないと見て油断しているとしか思えない。
静音にとっては幸いだが。
どうやら元の世界に戻るのは不可能らしい。
それは最初から覚悟していたのでさほどのショックはない。
しかし、帰れると騙したこの国は、魔をはらい終わった後、静音に何を求めるのだろう。