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やりとりを逐一思い出しながら、静音は考える。
この国と、この世界と、神官と、神、そしてたった今消し去った『魔』というもののことを。
神とはシステム、と言った神官の言葉を。
---静音
神官は呼びかける。
「なんです?」
静音は竜の躯を処理し終わり、その全てを収納空間へ格納し終わった。
---彼らと城へは戻らんのか。
「戻って欲しいんですね」
周囲を見回し、鱗の一つも落ちていない事を確認して次は崩れた山の頂へ転移した。
雲が湧き、周囲は何一つ見えないが、氷混じりの土砂の中から正確にそれらを見つけ出した。
火魔獣、岩のゴーレム、水蛇、鳥の自動人形、小さな竜。
静音は収納空間から黄、青、緑、紫の石を取り出すと、魔力糸を使ってそれぞれの身体へそれぞれを埋め込んだ。
「火魔獣だけはからっぽで申し訳ないけど、あれは王子たちが回収したのでね。必要ならそちらへ交渉してください」
---私にあやつらに接触しろと?
「私には気軽に話しかけるじゃありませんか」
---そなたにとて最初から気軽に話しかけたわけではない。
「ああ、そうでしたね」
静音は暁の神殿を思い出した。
「こちらから接触しようとしなければ話しかけませんでした?」
---そなたの場合は接触しない事にはどうしようもないではないか。
静音は笑う。
「城へは戻りませんよ」
---そなたへの報酬が話し合われているようだが。
「いりませんよそんなもの」
判っているだろうに。
一生で使い切れない程の財、と言われて断っているのだ。たかだか一国の出す報酬が今更何の魅力があるものか。
---何の見返りも示さず、搾取するだけだと腹を立てていたではないか。
「多少は良心があってよかったなと思いました」
---受け取ってやらねばその良心を踏みにじることになるのでは。
「知った事ではありません。私が彼らに気を使ってやる必要があるとでもおっしゃるので?」
---ないな。
「いい加減私を利用する事ばかり考えず、自分でなんとかしてください。ガイキは納得して剣の本来の使い方を解放したし、学者だって秘密にしておきたい虎の子の遺物を惜しまず使ったんです」
剣士と魔導士。
恐らく、渡り人の浄化の旅に随伴する面子として用意されていたのはこの二人。
以前の渡り人の旅に倣って。
---ガイキの事はいつ気が付いた。
「魔力視で見ていたら、剣にだけは外部魔力を使っているようだったので」
慎重に施された制限は、彼の魔力を一切外部へ出さないものだった。
そうであるにもかかわらず、刃には眩い魔力をまとわせていた。
「私と同じかなと思いました。トーヤの子孫ですか?」
---そうだ。
「神殿に入ったという記述はありましたけど、その後はどうしたか資料には書かれていませんでした。碌でもない事しか想像できなかったので誰にもきいていませんが、ガイキの子供時代の徹底して隠れ住んでいた様子を聞いてもあまり良い事はなかったのは想像に難くないですね」
---ガイキの父親がトーヤだ。
「あら、長生きだったんですね」
多少目を見開いて見せたが、驚いたようには見えなかった。
---驚かぬな。
「魔力量が多い者は寿命が長いと聞きましたし」
---そうか。
「彼の父親も腕輪で縛ったんですか?」
沈黙が流れた。
静音はゴーレムたちを置いて、雲の中を進み始めた。
結界球を使わず、シールドだけで、ふわふわとはっきりとは見えない足もとを気にもせず歩く。
暫く歩くと、北側の斜面に出た。
北側は、南に比べると鬱蒼とした木が茂り、湿った冷たい空気が満ちていた。
崩れた土砂が木をなぎ倒した所もあったが、南ほどひどい事にはなっていない。
静音は魔力視で左右を見回し、何かを探しているようだったが、やがて諦めたように視界の中で一番高い木の上へ移動した。
「やっぱり肉眼じゃ無理か」
呟き、魔力視で北を見た。
山脈の裾野には湿った草原地帯が広がっていた。
あまり丈の高い植物は育つ事が出来ないらしい。
更にその先には断崖や砂浜が見え、そして、海が広がっていた。
久しぶりに見た海に静音は思わず深呼吸した。
---海がいいのか?
「そうですね。人がいなければ」
静音はじっと曇天の下の波が荒い海を見つめる。
---なぜそこまで人を厭う。
「元の世界でさえ人づきあいが得意ではなかったんですよ」
---何故神器はそなたを選んだのだろうな。
「知りませんよ」
迷惑千万だ、と静音は顔をしかめる。
「こっちの人達の人間性があれじゃなかったらまだマシだったかもしれませんが」
---最初に現れた場所が特殊だっただけで、市井の人間はそれほどでもないと思うが。
「そうですか?街の中は治安が悪く、村は排他的で、どこへ行っても気が休まるとは思えませんが」
---そなたが住んでいた国は、治安が良かったな。
「あら、ご存知ですか」
---見るだけなら。
「ああ、ネットも参照のみなら大丈夫でしたしね」
静音は断崖を目指して転移した。
逆巻く波を見下ろす場所で、シェルターを引き出した。
中に入ると靴を脱ぎすて、ローブも脱ぎ落とし、寝台へダイブした。
暫くぼんやりと横たわっていたが、思いついたように壁に目を向ける。
グレーの壁は透明な壁に姿を換えた。
鉛色の海がさかまき、波しぶきをあげ、時折崖上まで飛沫が上がってシェルターを濡らす様が見える。
暫くそれを見ているうち、とろとろと微睡の中へ吸い込まれていった。
目が覚めると、日がとっぷりと暮れていた。
静音はのろのろと起き上がり、真っ暗な海を一瞥して、寝台をおりた。
顔を洗って、髪と服装を整えて、靴を履いて、出入口に定めた場所に浮いている扉を開けた。
結界の中で、ガイキが灯りの魔法で作りだした光の玉を浮かべて焚火を起こしていた。
その上には鍋がかけられスープが出来ていた。
「体調はどうです?」
静音が尋ねるとガイキは頷いた。
「一眠りしたおかげですっきりした」
じっとガイキを見て静音もうなずいた。
「魔力はほぼ回復しているようですね」
すこぶる健康体ですよ、と言った。
「お前さん、俺の制約や浄化魔法の能力について神官にでもきいていたのか?」
静音は出しっぱなしだったテーブルについて、冷めていない茶を口にした。
「いいえ。暁の神官は私には制限した情報しかくれませんでしたから。あなたの事に気が付いたのは、私の力と似ていたからです」
「似ているのか?」
信じられないようにガイキは己の手を見る。
そこからふわふわとまた灯りの玉が生まれた。
「発動の仕方が。剣に魔力をまとわせる時限定ですけれどもね」
こちらに座りませんか、と静音は自分の前の椅子を差す。ガイキは火から鍋をおろし、それを持ってテーブルへやってきた。
静音はさっと魔力で淡く光る板を出し、その上へ鍋を置かせた。
そのついでにテーブルの周辺に狭い結界を張った。
「あなたの父親はトーヤです。あなたの力は半分異界の力です」
ガイキは椅子の背を掴んで引こうとしていたが、途中で固まった。
「知りたくもなかったでしょうが、知っておくべきと判断したので話します。東の森に隠れ住んでいた事情は判りませんが、現在のこの国の上層部のあり方を見るに、想像はつきます」
ガイキは深く息をついて椅子に腰をおろし、静音にスープの器をよこせと手を出した。
静音は何もない場所から陶器の花の彩色の器を出した。およそ野営には似つかわしくない器だったが、それを言えばテーブルも茶器も菓子もそぐわないのだった。
「あなたの力を制限したのはトーヤでしょう。あの剣を作ってあれだけを発露の道具とした。普通の人間……この世界の人間は気が付きません」
ガイキは未だ地面に刺さったままの剣を見た。
あれを渡された時、父は「これはお前専用の剣だ。お前以外は誰にも使えない、一種の魔導具だ」と言った。
死の間際の言葉だった。
「父にとって、この世界はあんたと同じく理不尽だったのか?」
ガイキの問いに静音は首をかしげた。
「私はトーヤではないので判りません。ですが、暁の神官が言うには、呼び寄せの神器は元の世界でも居場所が無かった人間を選ぶように作られていたそうです。なので帰りたいと言った事はなかったそうですよ」
「居場所が無い?」
「私はちゃんと居場所はありましたよ。あの神器がもう一度動いたのは誤作動だそうです」
ガイキは顔をゆがめた。
「つまり本来なら呼ばれる事はなかったはずだったのか?」
「と神官は言っていますが、どうだかあやしいものです」
スープの器を受け取って、収納空間からパンを出した。固い携帯食をかじる気にはならなかったからだ。ガイキにも勧めるため、スープの器と揃いの皿に盛った。
「あれは神の使徒と名乗っていますが、あれが言うには神はシステムだそうです。その神が作った使徒が独自の意志で動いているとも思えません。当然システムの一部として動いている事でしょう」
自由意思すら錯覚ではないのかと疑われる。
「現状、魔沼の発生が神の意志だったとして、それを阻むように動いた使徒たちをシステムとして排除しないのはあまり考えられない。それはトーヤの時代だとてそうです」
「魔沼が神の意志とは思えないが」
ガイキはうめくように呟いた。
静音はうっすら笑った。
「あれは滅びの魔法であり、そんなものを発動できるのは神だけではと問うと神官は黙り込みました。他に心当たりがありますか?」
問われてもガイキには答えられなかった。
「この世界を守護するよう使命が魂に刻まれていると神官は言いました。それ故、滅びの魔法を発動させたのが神であっても見過ごすことができないと。それを信じてあげるのも良いかもしれないですね」
パンを取って、半分に毟りながら静音はぼんやりと言った。
「この世界に神が見切りをつけたのは、生体活力が落ちているからだそうですよ。進化せずひとところに停滞して先が無いと見なされたようです。神官が言うにはね。学者先生のような人間が沢山増えるといいんじゃないでしょうかね」
パンを口にいれ、もぐりもぐりと噛みながらスープを口に含んだ。
「何故俺にそこまで話す?」
「本来ならこの世界の人間が知っておくべきことでしょう?私は部外者ですよ」
ガイキは疲れたように息をついて、スープではなく茶を口に運んだ。
「話す人は選ぶべきでしょうけど、一人で背負わなくてもいいと思いますよ」
静音の慰めるような言葉にガイキは背もたれにもたれかかった。
「お前さんの言う通りだよ。本来なら他所の世界の人間なんて呼ぶべきではなかったんだ。それで解決できないなら滅びるべきだったと俺は思う」
「私もそう思いますけどね……」
静音は疲れ切った男の顔を見ながら正直に言う。
トーヤが父親と言う割に、ガイキの体格は日本人離れしていた。母親の遺伝が色濃く出たのだろうか。
髪の色も瞳の色も淡く、日本人の血が入っているとは思えない。
そもそも……
「トーヤはよくこの世界の人間との間に子供が出来ましたね」
つくづくと言うとガイキは不審げに目を向けた。
「見た目が同じに見える生き物でも同じ仕組みで動いているとは限りませんよ。生殖の仕組みが同じというのも本来ならあり得なかったのでは」
ガイキは首をかしげた。
「まあ、実際あなたが出来たわけですからね……」
静音はまだ神官に確認しなければならないことがあると気が付いた。
縁を切りたいのはやまやまだが……
「今までの話、学者先生に聞かせてやっても構わないか?」
ガイキはちらりと学者のテントに目をやった。
静音も目を向けると、入口から学者が恨みがましい顔でこちらをうかがっていた。
「なんだよ~、二人だけで仲良く食事してさあ。声かけてくれてもいいじゃないか」
静音は肩をすくめてガイキに向き直った。
「あなたの判断で良いと思いますよ」
そう言ってテーブルの周りに小さく張った結界を解いた。
「内緒話でもしてたの」
学者はごそごそとテントから出てきた。
「あなたを起こさないように気を使っただけなんですけどもね」
「ふうん」
「食べますか?」
「うん。パンが食べられるとは有り難い」
いさんで椅子に着くと、ガイキがスープの器を出せと手を出した。
学者は腰のバッグから木製の椀を出した。
「で、何の話してたの?」
二人の顔を見る。
ガイキは皿からパンを取って、暫く考え込むように噛んでいた。
学者も同じくパンに手を伸ばし、毟ってスープに浸けて口に含んだ。
「美味しい」
もぐもぐ咀嚼しながら呟いた。
静音はにっこり笑った。
「遠慮なくどうぞ」
「ありがとう。ずっと携帯食だったからさ~。パンなんて久しぶりだ」
最後にパンを口にしたのは、ああ、そういえば、静音が去ったあの村だった、と学者は言った。
静音は何も言わず、スープを口に含んだ。干し肉の出汁が良く出ていた。
「正直俺は、あんたをどこまで信用していいか判らん」
ガイキは学者に向かって言った。
学者は首をかしげた。
「あんたは研究者だろうが、王族の子飼いでもある」
「ん~」
学者はスープをこくりと飲み下した。
「そうだねえ。お得意様だし」
「今回の事だって、王子に報告義務があるだろう」
「あるね」
「見たことをそのまま報告するなら、話すとしてもその後にする」
「え~そう?まあでも僕も僕の内緒の魔導具の事まで報告はしないよ?」
「ついでに俺の魔導具の事も内緒にしてくれ」
「そりゃ勿論。お互いそれで見せ合ったんだから」
「じゃあ、私の魔法の事も黙っててください」
静音が言うと学者が笑う。
「でも君、もう隠す気もなさそうじゃない」
「ま、見せたくないものは見せてませんから」
「じゃあいいでしょ?」
「見たままを報告するなら」
学者は首を傾げた。
「困るのは、予測されたり推測されたりで見せていないものを想像されることです」
「ああ、なるほど」
「見たことしか報告しないでください。じゃないとあれのこととかそれのこととか」
静音は障壁を指さし、腰のバッグを指さした。
「バラしますからね」
「おっかないね」
「あなたが予測し、推察するなら、私にだってあなたの持ち物の予測くらい出来るという事です」
「わかったよ」
学者は両腕を広げた。
「元々君たちの事だってあけすけに報告する気はなかったよ。言って欲しくない事は言ってよ。ガイキも、ほら、あの剣の事とかどうするのさ」
地に突き刺さった剣を指さして学者は問うた。
「そうだな……まあ、セラが浄化の魔法をかけてくれたからそれで影を切ったとでもしておいてくれ」
「ここの騒動の事は?」
「これだけぼこぼこにひっくり返されたからなあ」
荒地はますます荒れて、まともに人が歩けない場所になってしまった。
「原因はそのまま報告すればいいと思いますよ。鎮めたのもガイキの剣でいいじゃないですか。どうせ私が浄化の魔法をまとわせた事にするんですし」
「あ、そうだ。本来なら暁の細剣がその役割をするはずだったとでも言う?仕方なくガイキの剣を代わりにしたって言えば辻褄合うよね」
「いいんじゃないか。そもそもあれは王家の宝剣なんかじゃないんだ。何の権利があって取り上げたのか、他人事ながら未だに承服出来ん」
ガイキが腹立たしげに言った。
「本来の持ち主はセラだ」
「確かに、時々困りましたけどね」
ナイフで代用したり魔力糸で刃を作ったり。
「私が持つのが一番効率が良いというだけの話なので。まあこのまま王家にあった所で魔沼の発生がなければ誰も使いたがらない剣となって死蔵されるだけですよ」
「魔力吸い取られるもんねえ。魔影切らないなら、いらないよね」
「いりませんね」
静音は頷いた。
鞘におさめておけば魔力を吸い取られる事もないのだがいらぬ世話かと言わずにおく。
「じゃ、そんな感じで」
学者はもう一個皿からパンを取り、今度は大口を開けてばくんと食いついた。
「高位貴族のご子息が」
静音が冗談っぽく言うと、学者は笑った。
「貴族の作法が調査現場で何の役に立つって言うんだ」
「まあ、そうですね。死にそうな局面では何一つ役には立ちませんね」
「そもそも貴族家の三男なんて婿養子にでもなるんじゃなきゃ単なる無駄飯食らいだよ」
細い体でパンと干し肉をもりもり食べている。
「結婚もしたくないとなれば、さっさと身を立てる手段を手に入れるしかない」
それで魔導具を作ったり魔法の研究をしたり色々と手を出してみたらこうなった、と学者は言った。
「実家から色々言われたりはしませんか?」
ふと静音は興味を引かれたように尋ねた。
「前ほどは言われなくなったよ。稼いでるし、変り者で通ってるし」
それを聞いて静音はふふふと笑った。
「何かおかしいことでも?」
「いえ、私と同じだなと思って」
笑いながら静音は顔を上げた。
「結婚願望が全くないので親が心配して色々ありましてね……。暫く帰省もしなかったんですが、適齢期を過ぎるとうるさくなくなりました」
「あ~、諦めてくれたんだね」
「そうですね」
あの時期は本当に面倒だった、と静音は溜息をついた。
学者は判るよとうなずいた。
「あのさ」
そして控えめに言い添えた。
「城に戻らないにしても、時々連絡とれないかな。個人的に」
あと一回で一旦終わりです。
拾っていない伏線が沢山あるので、続きもぼちぼち書きはじめました。
実は本当に書きたい所が入りきらなかったので、是が非でもそこまでは書きたいと思っています。




