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暁の神殿の跡地に残されていた魔法陣の導きにしたがって転移したものの、ただただ思わせぶりな空間の有様に苛ついて巨大な炎塊を作って投げつけた。
それでようやっと神官は姿を現したのだった。
「最初から現れてくだされば、私だってこんな真似はしませんでしたよ」
空間を壊すつもりかと言われて、静音は答えた。
男は渋い顔をした。
「それは済まなかったな」
男は長い黒髪を背中で一つに結わえ、魔導士のようなローブを身に着けていた。
「そなたの魔力を測っていたのだ」
「へえ。それでどうでした?」
「測れなかった」
「あら、そうですか」
「何故だ。一定量以上の魔力が無ければここまで来ることはまずできない。しかも、あの炎の塊だ。一体どうやって出した」
静音は首をかしげた。
「魔力を呼びます」
「はあ?」
男は素っ頓狂な声を上げた。
「呼ぶんです。だってこの世界はどこにでも魔力がありますから。自分の中に魔力があろうがなかろうが、呼べば呼んだだけ魔力は集まり、後はそれを炎なり水なりに変えるだけです」
男は驚愕に目を見開いたまま二の句を継げずにいた。
「こちらの魔法理論には全く当てはまらないという事は判っていますよ?でもあなたまでもそうだとは思いませんでした」
男はゆっくりと瞬きをした。
「私までも、と?」
「ええ」
静音は頷いた。
「少なくとも、同じような発露はご存じなのでは?前の渡り人にもお会いになったのでしょう?暁の神官殿」
「なんだその呼び名は」
「前の渡り人トーヤがそう呼んでいたのでは?私が借りた資料にはそう記されていますよ?」
静音は右手をくるりと返すと、手の中に学者から最初に借りた本を出した。
「ほ、もう空間魔法が使えるのか」
「ええ、魔力塊を複数作ってあちこちに飛ばし、視点を同時に持ちつつあっちへやったりこっちへやったりしているうちになんとなくどうとらえたらいいのか判ってきました」
「ここへ来る段階では渡り人はまだそこまで魔法を使いこなしてはいなかったからな。今までは。自分の中の膨大な魔力に振り回されてその制御に四苦八苦しているので、色々手ほどきしてやるのが私の役割となっていた」
「役割ですか」
「ああ、役割だ」
静音は腕を組んだ。
「誰が与えた役割なんです?」
「いきなり確信に来るな。それはまあ神と答えておくよ。私は神官であるし」
「ではそれはどんな神なんです?この世界で信仰されている太陽の神ですか?月の神ですか?それとも創造神?」
「そのどれでもあって、どれでもないな」
「私を呼びつけたものは神器と呼ばれていました。あれを与えたのは?」
「あれを作ったのは神ではなく……」
「神ではなく?」
「私と同じような存在……つまり神官なんだが……」
「その様子だと人に与えるつもりはなかったようですね?」
「一度きりの使い切りとして渡されたものだったんだ。まさか残るとは思わず、残っても召喚の力まで残るとは思っていなかった」
「トーヤを呼ぶ為の神器だったのですか?」
「そうだ」
「では私は完全にとばっちりですね」
「まあ……そうなるな」
「現状、「魔が極まっている」とこちらで待ち構えていた者たちに言われましたが、それもまた神の意志と考えてよろしいのですかね。私の行う浄化は本来ならば不要であると」
男は言葉に詰まったように押し黙った。
「そも「魔」とはなんぞや、と私は最初に問いましたが、明確に答えてくれる者はおりませんでした。神官であるあなたに問います。あれは本当の所、何なのです?」
「滅びの魔法だ」
「誰によって発動された魔法なのです?」
「あのようなものが人間に発動させられるわけがなかろう」
「では神ですね?」
男は無言だった。
だが無言こそが答えか、と静音は思った。
「前は思いとどまったが、今回は滅ぼすか、作りかえるか、という所ですか?気に入らない所でもありましたか?」
「神の意志は判らない。だが、我々は……」
神官は振り絞るように言う。
「我々は、見過ごすことが出来ない。なぜなら我々は、世界を守るように使命を魂に刻み込まれているからだ」
静音は苦渋に歪む男の顔をじっと見つめた。
「では私はあなた方にとっては渡りに船という事ですかね」
「その通りだ」
「ですが私は、正直この世界がどうなろうがどうでもいいと思っています」
「知っている」
「トーヤがどうだったかは知りませんが、この世界は私には理不尽なだけです。それを救えとあなたはおっしゃいますか」
「頼む。トーヤの場合は、あれは、そなたの世界でも居場所がなかったのだ。それ故呼び寄せ、それ故帰らなかった。そういう者を呼び寄せるように作られた神器だった」
「私は別段、居場所がなかったわけではありませんよ?きちんと働いて日々の糧を得て、平和に暮らしていました。帰らなかったとおっしゃいましたが、帰れるのですか?」
「異界渡りは、我々に出来るのは「送り出す」だけだ。あちらの世界では我々とは違う力が働いている為次元を超えてしまうと制御が出来ない」
「つまり最後まで責任は持てないと?」
「済まない」
静音はふうと息を吐いた。
「このまま浄化を続けるとして、全てをリセットしようとしている神が黙っているとは思えませんが、それは?」
「神は、そなたにうまく説明できるとは思わないが、一つのシステムなのだ」
「は?」
「そこに意志はあるが、システムを円滑に保つ事が最優先される。つまり、今この世界はそのシステムを揺るがす可能性があるとされ、それがためにあの「魔」が発動された」
「具体的には一体何が問題なのです?」
「生体活力が停滞している」
「ええと……初めて聞く言葉なんですが」
「もっと具体的に言うと、この世界はずっと停滞している。そなたの世界と比べてみても判るだろう」
「文化程度とか、そういう事でいいんですかね」
「概ね。トーヤが来た頃から三百年以上経ったが、殆ど何も変わっていない。君の世界で、現在と三百年前を比べてそういう事があるか?」
「流石にないです」
「停滞はシステムにとっては大きな弊害なのだ」
「ええと、私がやるべきことは浄化なんですよね?そちらの弊害を取り除くのは流石に荷が勝ちすぎていますよ」
「それはそれで我々も考えよう。だが、浄化さえしてくれれば、そなたの寿命が尽きるまでは持たせる事は今のままでも可能だ」
「つまり、浄化によって猶予が出来ると」
「そうだ」
静音はもう一度考え込んだ。
「見返りは、少なくとも私の寿命が尽きるまでこの世界がある、という事ですか」
「他に望みがあれば、出来ることはかなえよう。済まないがそれしかできん」
「モチベーションが上がりません」
「……そうか?」
「どうなってもいいと思っている世界を救う為の努力なんてどうやったら出来るんです?いますぐ滅んでくれていいとさえ思っているんですよ?」
「望みはないのか?」
「特に思いつきませんねえ」
「どこかの国の王にすることもできるぞ」
「いりませんよ。そんなめんどくさい事」
「一生かかっても使い切れない財はどうだ」
「いりませんて」
どこか必死になって言い募る男の顔を見ているうちに、なんとなくほだされた気分になってきた。
「まあ、いいですよ。このまま浄化の旅は続けます」
「そ、そうか」
あっさり引いた静音に男は意外そうな顔をした。もっとごねられると思っていたのか。
「ああ、可能であれば、向こうで購入した電子書籍がダウンロードできるようにしてほしいです。タブレットは持ってきてますけど、落としてなかったんですよね。それと壊れないようにしてほしいです。ソーラー充電器も含めて。こちらで壊れてしまうと換えが無いので」
「判った。それくらいなら。なんなら電源は魔力に換えようか?そうすれば充電も必要ない」
「ああ、お願いします。ついでにネットも出来るとありがたいんですけどもね」
「参照だけなら。流石に発信は無理だ」
「充分です。後は適当にやりますよ」
「済まない」
「もういいですよ。それより、「魔沼」ってこの国だけに発生しているわけじゃないですよね」
「この国でとどめる事が出来れば広がらないはずだ」
「え、そうなんですか」
「この国は大地に流れる魔力の血脈の起点になっているんだ」
「魔力の血脈」
「魔沼はそれに沿って発生している」
静音は眉を寄せた。
「その、私の想像が間違っていなければ……」
男は手を前に突き出して止めた。
「そなたが考えた通りと思っていい」
皆まで言うなとばかりに男は遮る。
静音はますます顔をしかめた。
「いずれ更に詳細を話す時が来ると思う。少し待っていてはくれまいか」
「まあ、いいですけどもね」
「そなたにこれを渡しておく」
男は空間から水晶の腕輪を出した。
「なんですか、これ」
「この世界の必要な知識を詰めておいた。何時も答えられるとは限らないが私と連絡を取る事も出来る。トーヤにとっての「鳥」だ」
「ああ……」
受け取って、左腕の上腕部で止めた。
どういう作用か吸いつくようにサイズを換え、落ちることもないようだ。
「どうせ連絡が取れるなら、メールにしてくれませんか。先ほどの話だと電話的な通信手段より文書的やりとりの方がよさそうですよね」
「そうだな。緊急な時以外はそうしよう」
「ではよろしく」
そう答えた途端、足元に魔法陣が現れた。
「もう大所帯で遠征する必要はないですよね」
「そうだな」
目の前から全てが消えた。




