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月影映る  作者: 林伯林
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04


 遠征隊には、騎士一個小隊と剣士と魔導士、そしてなぜか王子がいた。




 「面子とか外聞とかそういう話ですか?」


 ガイキは口元をもぞもぞさせると渋面を作った。それだけでなんとなく想像がついてしまった。


 「王族がいるといないとでは騎士の士気が違うという事だろう」


 「そうですか」


 そもそも王子は馬車の中だった。

 気にしないことにした。

 こちらは徒歩である。

 街を出てしばらくすると草原になり、遠くに森が見えた。

 とりあえず歩くだけでは暇なので道々魔法の練習をすることにした。

 あの「魔をはらう」力に関してはこちらの魔導士もよく判らないそうだ。

 恐らく光属性か聖属性であろうと。

 光ならともかく、聖属性では教えられる魔導士も存在しないらしく。

 となると、神殿とは何ぞやという話になる。あの全く効力のなかった聖水とは?

 それもガイキに聞いてみた。


 「神殿にいるのは光魔法の使い手だ。聖魔法の持ち主など通常は現れない。聖水は水に光魔法を通し、神官が祈りをささげたものだが、現状の魔物にはほぼ効かん」


 「気休めという事ですか」


 「まあそうだ。それでも一時的に影が引いたりする事もあって、効力がどうなっているのかは謎だ」


 「あらまあ」


 ガイキは腰につけたバッグから小さな瓶を取り出した。

 ガラス瓶が光を反射して虹色の光を弾いた。

 この世界、ガラスは存在するらしい。

 目を眇めて反射を避け、そう言うと、「ガラスも魔法で作る」との事。

 ああ、なるほど、と納得した。



 静音が城で受けた魔法指導はまず魔力を感知する事。

 魔導士曰く、へその下辺りを意識してみろと。

 誰しもに魔力は宿っておりそれに自覚的になれば制御も容易い、という事ではあったが、静音にはどうにもそれを感知する事が出来ず、四苦八苦する事三日。諦めてベッドにごろんと横になった時にそれは「見えた」。

 就寝前の自習時だったのでアンナも部屋にはおらず、ただランプの灯がゆらゆらと揺れていた。

 それが不思議だった。

 何故なら城のランプは光魔法によるもので炎ではないと聞いていたからだ。

 目を眇めてオレンジ色の光をよくよく見ると、囲いの中で何かが渦を巻いている。

 顔を近づけて覗き込んでみるとよりはっきりと渦が見えた。

 そっと指先を近づけてみる。

 渦は形を歪ませ、一部が崩れてなんと指先に近づいてくる。

 ぎょっとして遠ざけるとその動きについてきた。

 ベッドをおりて壁際まで逃げると渦は元に戻った。

 恐る恐るもう一度ランプに近づくとまたゆらゆらと揺れ始める。

 渦の正体が何であるかはともかく、害は無さそうだと判断し、指先に思い切ってまとわりつかせる。

 その動きが、なんとなく魔の沼で襲いかかってきた黒い水と似ている気がして一瞬身体がこわばったが、あの時と違って痛みも熱もなく、深呼吸して無理やり心を落ち着かせた。


 指を動かすと渦は解かれついてくる。

 宙にぐるぐると円を描くとその通りの軌跡を残す。

 面白くなってその何か判らぬものをまといつかせたまま部屋中を動き回った。


 暫く遊び戯れた後、ベッドに腰を下ろして考える。


 これは一体何であるか。


 ランプの灯りをもう一度見る。

 もう揺れてはいない。

 いやよく見ると微細に震えてはいる。

 淡い渦も存在した。


 指先を見てみる。

 そこにも渦はある。

 ランプの物よりもよりはっきりと目に見える。

 動きは魔沼の水に似ていたが、色は黒くはない。

 灯りの色に似ていた。

 うっすらオレンジ色で透き通っている。


 仮にこれを魔力だとして、目に見えるという事はどういうことだろう。

 今急に見えるようになったと言う事か。

 ランプの光が揺れる事に注目した途端?


 ランプの構造は簡単なものだった。

 金属の枠の下に小さな抽斗がついている。

 その抽斗の中には魔核と呼ばれる石が入っている。魔力が込められているという話だった。

 抽斗の底と上部には小さな魔法陣が描かれている。魔法陣の中央に石が固定され、抽斗を閉じると上部に開いた穴から出ている金属の筒を通って光が溢れだしその先端に留まる。

 そのようになるよう、魔法陣に書かれているという。

 聞いた時は思わず、魔法の修行より魔法陣の書き方を教えて欲しいと思ったしそう言ってもみたのだが、そちらはそちらで修業がいると言われ、適性がなければやっても無駄だとも言われた。

 何故だ。プログラミングのようなものではないのか、と思ったが説得出来る気がせず、せめて指南書のようなものはないのかと無理を言って初級にあたるものを一冊だけ用意してもらった。ぱらぱら読んでみたが、ルーチンやパラメータに類する物が見受けられ、やはりプログラミングではないのかと思った。

 魔法陣を描くには専用のインクなども必要で単に文法を理解するだけでは作成できないという事も発覚したのだが。



 で、このオレンジ色の透き通った渦だ。



 ランプの灯を消してみる。

 スイッチオフは簡単だ。抽斗上部の穴を塞ぐのだ。薄い金属の板をスライドさせるでっぱりがある。

 暗闇が訪れる、と思いきや、指先の渦がほのかに発光している。

 くるくると指を回すとそれについて発光体の渦もまわる。

 もう一度ランプの灯をともす。

 渦はやはりうっすらとそこにもある。

 魔力と判断し、次のステップに進んでみる。

 確か魔導士は「望みの物を想像する。水なら水。光なら光」と言っていた。

 ランプから移ってきた魔力であるし、ひっそりと「光」と呟いてみた。

 『ランプの光程度』の光が指先にともった。

 渦はほどけて消えたが。

 少し考えて、次は蛍光灯の光を想像して念じてみた。

 白い光がまばゆく溢れて部屋を照らし出した。

 馴染んだ明るさではあるが、やたらと眩しく感じてしまい、天井についたシーリングライトを想像するとそのまま光は指先を離れてするすると上へ上がっていった。

 そしてそのまま天井にぴたりとついてとまった。


 「戻って」


 この世界にはありえない光量に、扉や窓の隙間から漏れた光で誰かが覗きに来ても困ったことになると思って元のランプの光を想像する。

 豆電球程度の光になった。


 「手元」


 念じると指先にふわふわと戻ってきた。


 次はベッドサイドに置いてある水差しの上にかぶせられたカップを持ってくる。

 その上で「水」と囁いた。

 たぷんとこぶし大の水が宙に現れ、カップの中に落ちた。

 指先の光はそのまま。


 予定では指先の魔力を水にするつもりだったのだが。


 首をひねって、もう一度光を天井へ上げ(光度は豆電球のまま)、カップの上で「炎」と囁いてみた。

 ぱっとマッチの火をともしたように小さな炎が浮かび上がった。

 カップの中の水はそのまま。


 「魔力」と念じてみた。



 ----オレンジの渦巻きがどこからともなく現れ、身体にまとわりついてきた。



 どうやら魔力制御できるようになったらしい、と漸く認識した。


 へその下に何も感じず、身体内部を巡るという魔力の流れも何も感知できなかったが。

 



 というわけで、それからずっと魔力制御の練習をしている。

 身体の中から呼び出すのではなく、外から呼び込んで足もとからぐるぐるとコイルのように身体を覆い、頭のてっぺんで収束させる。

 最初はコイルの隙間が大きかったが、繰り返すうちにどんどん密になっていった。

 しまいにはそれがカプセルのように身体を包むに至った。

 そうしておけば、疲れにくく、周囲の温度も一定で過ごしやすい事にも気が付いた。

 不思議なことに人前で発動しても、誰もそれに気が付かなかった。

 最初は恐る恐る、皆のいる前で小出しにやってみたのだ。

 だが魔導士ですら気づいた様子が無かった。

 どういうことだろうと思う。

 これは魔導士の言う魔力とは違う物なのか。

 質問してみても良いかとも思ったが、この世界の人間はどうにも信用できず、信用できるほどの付き合いもしたがる様子もない。どこまで話していいかの判断が付かない。

 黙々と魔力を集めて練りながら細く細く糸状にしてそれを思うままの形にしては崩し時々はそろりと風に乗せて剣士や従者の身体にまで伸ばしてみた。

 首に絡ませてみても平然としている。

 二人とも訓練され切った人間の筈なのに。

 そっと従者の顔を見る。

 この男は恐らく護衛であり監視者でもある。

 守ってもくれるだろうがいざとなれば躊躇いもなく静音の命を絶つだろう。

 ありふれた茶色の瞳はどこまでも冷たい。

 そう思って見るからかもしれないが特徴のない表情がより酷薄さを増して見えた。

 「前を向いて歩かないとつまずきますよ」

 話しかけない限りは一切口を利かない男が珍しく声を出した。

 「……そうですね」

 答えて前を向いた。

 首に絡んだ糸も解いて手繰り寄せた。

 ある種の力を込めて引けば簡単に首は落ちる。それは確信していたが、いざという時実行できるだろうかと自問自答する。

 まだ決心はつかない。



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