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月影映る  作者: 林伯林
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 「どうしようかしら」

 静音は影に覆われてしまった結界の中で暢気に呟いた。

 ぎりぎりと圧をかけてくる影を前にして、結界は全く危なげなく機能していた。

 どれだけ時間をかけて潰そうとしてきても、百年でも二百年でも耐えられるのは判っていたし、面倒な外へ戻るくらいならそれもいいかとさえ思いもした。

 結界の中にシェルターを呼び出す事もできたし、いざとなれば、結界を残して自分だけ転移する事も出来る。

 「います?」

 とりあえず暁の神官に声をかけてみたが、応えは無い。

 外に残していた幾つかの魔力蛍が、遠くに学者とガイキの姿をとらえて見せてきた。

 「あら」

 見事な障壁が築かれている。

 それが魔導具によるものだと見てとった時、辺境の村もこれを使えば簡単だっただろうにと思ってすぐに思い直した。

 恐らくアディトリウスはこれを今まで隠していた。

 理由は静音と同じ。他者に知られると面倒なことになるからだ。

 という事は。



 「うわ」

 ガイキは思わず後ずさり、学者は目を輝かせた。

 傍に突然静音が現れたからだ。

 「ごきげんよう」

 静音は声をかけた。

 「突然現れるなよ。驚くだろう」

 ガイキの抗議に肩をすくめる。

 「セラ、それ転移魔法だよね。いつから使えるようになったの」

 学者は状況を丸ごと無視して尋ねてきた。

 「旅の途中からですね。いつからかは忘れました」

 律儀に答える。

 「いや、この状況を何とかする事を先に考えろよ、あんたたち」

 ガイキは頭痛をこらえるように額を押さえた。

 「そうですねえ……」

 静音は考え込むように地割れが縦横に走る土地を見る。

 「浄化は最後までするって書き置きしただろう。ここを浄化はできないのか?」

 どうやら小屋の中に残した書置きは見てもらえたらしい。

 「うーん、私としてはそんなものくそくらえなんですけどもね」

 ここをこのまま放置して荒野全体が魔沼化して、瘴気が国中に溢れても、恐らく静音の良心は痛まない。


 そうはならないが。


 「元を断ったので、そのうちおさまると思うんですよ」

 静音は崩れ飛んだ山の頂上を見上げた。

 「『魔の湧く山』の浄化は済みましたんで」

 「え、そうなの」

 「ええ」

 静音は頷いた。

 「ここから魔沼への経路には、まだ浄化されていない魔の『気』が行き場がなくなったまま詰まっていたようで。大元を浄化したせいか遡ってきたようなんですよね」

 「ええ、そんなことってあるの?ていうか、じゃああれって最後の執念か何か?」

 学者が中空に浮かんでいる黒い点を指さして言った。

 「どうなんでしょうね。まあでも、そのうち薄まって消えると思いますよ」

 「どれくらいで……?」

 学者は絶え間なく蠢く大地を見渡して問う。

 「そうですね……百年か二百年くらい?」

 「長いなあ……。結界が持たないかも」

 言われて静音は、魔導具によって築かれた透明な壁を見上げた。

 「良い物をお持ちですね。遺物ですか?」

 手を伸ばしてノックするように叩いてみる。ガラスのような質感だった。

 「まあね。本当は内緒にしておきたいんだけど、張りっぱなしにするならばれちゃうな」

 渋い顔をして学者は口をとがらせた。子供っぽい事をする。

 「そうですか……。そうですね、確かに、見返りもないどころか、搾取する事しか考えていない人達の為に秘密を大公開するのも業腹でしょうね」

 静音は言って、何故かガイキを見る。

 「なんだ?」

 ガイキは眉を寄せた。

 静音は笑みを浮かべて背中の剣を指さした。

 「ねえ、あなたが解決しませんか?」

 「何のことだ」

 ガイキは背中の剣の柄に触れた。

 「その剣で、『あれ』」

 静音は遠くに浮かぶ黒い点を指さした。

 「切れますよ」


 「は?」


 ガイキは信じがたい事を聞いたと言わんばかりの目をしていた。

 静音は笑みを浮かべたままそんなガイキを見ている。

 「確かに魔影は切れるが」

 次々と切れ味を失っていく騎士たちの剣を横目に、ガイキは易々と魔影を切っていた。

 「あなたの魔力って、量も質も結構な物なんですよ。ご存じないかもしれませんが」

 静音はガイキの柄に触れていない方の左手を取った。

 何かが、ざわり、と腕を這いのぼっていくような感触を覚えたが一瞬だった。

 「身体強化の仕方を見る限り、制御も繊細で上手です。外へは発動しないとおっしゃっていましたが、その剣へは自在に魔力が流せるようですし、それも熟練の域に達していますよね」

 静音は手を放した。

 「あなたの魔力が外部へ発動しないようかけられていた制限を解きました」

 「制限だと?」

 ガイキは左手を握ったり開いたりしながら何かを確かめるように呟いた。

 手の平の中から、眩い光が浮かび上がった。

 「……うそだろ……」

 ガイキは呆然と光を見つめる。

 今まで、何度唱えても、一度も発動しなかった灯りの魔法だった。

 「剣を抜いて」

 静音に言われるがまま背中の剣を抜いた。

 「実はあなたにも浄化の魔法が使えます」

 「は?」

 ガイキは理解が追い付いていなかった。

 「ただ、この世界には元々ない魔法のようなので、発動にコツがいるんですが」

 静音はガイキの右手の上から自分の右手を触れさせ、左手でそこから刃へそって人差し指をすっと滑るように動かした。

 ガイキは先ほど左手を這い上った感触が、右手を這いおりてくるのを感じた。

 静音の指先が通り過ぎると、刃は青白い光を帯びた。

 それは、静音が魔沼を浄化する度、何度も見かけた光だった。

 「私が誘導しないと発動は無理かもしれませんね……」

 静音は言って、ガイキから手を放した。

 大剣は青白く光り輝いていた。

 「さて」

 静音は黒点を見上げた。

 「私があそこまで転移させてあげましょう。周囲の力の奔流にも巻き込まれないように結界を張ってもあげます。ただ、元々はこの世界のトラブルなんですから、この世界の人間が最後くらいは頑張ってください」

 じっとガイキを見る。

 ガイキは自分の手と刃をじっと見ていた。

 彼にも魔力を見る能力があることは判っていたので静音は彼が納得するまで待った。

 「頼む」

 顔を上げ、静音に言うと、静音は彼の背中に触れた。


 学者の目の前で、二人の姿が消えた。


 すぐに視線を中空の黒点へ向ける。

 そこには既に二人の姿があり、ガイキは青白く光り輝く大剣を振りかぶり、黒点へ向かって振りぬいた。



 学者は双眼鏡を目に当てた。



 人一人が入れる大きさの黒い球が、真ん中から真っ二つに裂けていた。



 中にあった筈の静音の結界は消えていた。


 二つの半球になった塊は、瞬き二つの間に崩れるように消えて、空中にきらきらした光の粒を残した。



 静音は、ガイキの肩を叩き、何事か言いながら、地面を指さした。

 ガイキは頷くと、未だ唸りを上げて蠢いている地上へ降り立ち、剣をそこへ突き立てた。



 大剣の刃から青白い浄化の炎があふれ出した。



 地の割れ目を伝って、掘り返された荒地を恐ろしいスピードで浄化していった。


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