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月影映る  作者: 林伯林
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 「おお」


 北の荒野の端からも、遠い頂きに落ちた閃光は見えた。

 学者は額に掌をかざしながら感嘆の声を上げる。

 「すごいね。あの辺り嵐なのかね」

 「間違いなくセラがいて何かが起こっているせいだと判っているだろうに」

 ガイキはぶっきらぼうに答える。

 「あそこまで一足飛びに転移できるのか?」

 「一旦山の麓に出て、準備させてくれる?」

 「何のだ?」

 「主に防寒と風よけ。前にひどい目にあったからさあ」

 学者は苦笑いしながらあっけらかんと言った。

 ガイキはわずかに目を見開いた。

 「あ~、行くのは初めてではないんだな?」

 「座標を自由に変えられるようになったら、そりゃ行くでしょ?人が滅多に行けない所にさ」

 「ああ」

 ガイキは一瞬言葉に詰まり、そして頷いた。

 「そうだな」

 「おかげで遺跡巡りも楽になってさあ」

 ますます遺物も手に入るようになったと学者はにんまりと笑った。

 一体どれだけ隠し持っているのだろうとガイキは多少寒気を覚えた。

 「まあ、遺物は機能を調べる所から始まるんで、今のところ何だかわからないものがいっぱい溜まっていくだけじゃあるんだけどね」

 学者はガイキの腕を掴んで、転移の球体を作動させる。

 ここへ来るまでに何度も繰り返して、その浮遊感にも慣れてしまい、ガイキは既に眩暈すら覚えなくなった。

 あっという間に麓に移動すると、学者は腰のバッグから小さな立方体を取り出してガイキへ渡した。

 「これは結界の魔導具。魔力流せば展開する。上に出たら僕の結界で君も覆うつもりだけど、一人で動かなきゃいけなくなった時の為に渡しとくね。あと君のマントだけど、それ背中の剣と『同じ』かな?」

 学者の目がきらりと光る。

 ガイキは無表情だったがやはり目が鋭くなった。

 「寒さ対策出来てるならいいんだよ。上はとんでもないから」

 「問題ない」

 「そう。それならいいよ」

 学者は背負い袋からローブを出し、それをはおると背負い袋そのものを腰の小さなバッグにつっこんだ。

 大きなものが小さなものの中に入っていく不思議を、ガイキは見慣れたものとしてとらえた。

 学者は笑う。

 「君も背中の荷物なんとかしたら?きっと邪魔になるよ」

 ガイキの背負っているものもフェイクだ。

 野営道具が入っていて、簡易テントが丸めて上部に括り付けられている。

 ガイキは溜息をついて、荷物をおろし、学者と同じような腰につけた小さなバッグにつっこんだ。

 「僕のは遺物を改良したものなんだけど、君のは?」

 「親の形見だ」

 「ふうん。君のご両親ってどういう人達だったんだろうね。興味深いね」

 「さあな。何も話さず逝ってしまったし、俺も知ろうとは思わん」

 じろじろとガイキの腰のバッグを見る学者の視線を遮るように、マントを引き寄せる。

 学者は上を見上げた。

 ガイキも同じく。

 足元が微かに揺れた気がした。

 「地震か?」

 地鳴りのような音が響いてきた。

 ガイキは咄嗟に学者の胴に腕を回すとその場から飛び退った。

 一瞬遅れて二人がいた場所に裂け目が出来、地割れがはるかかなたまで走り抜ける。

 着地した場所がまた割れ、飛びのきながら結界を張った。

 山は北側は知られていないが、南のこちら側は乾いた空気のせいでろくに木も生えていない。何も止める物がない為、崩れる時は上から一気に土砂や岩がなだれ落ちてくる。

 「少し離れるね」

 学者は素早く座標を指定し、麓から離れた。

 揺れはまだ続いていたが、多少おさまりかけたと思われた。

 その時、轟音と共に、山の頂が吹き飛んだ。


 「噴火?……じゃないね」


 吹き飛んだ土砂の中に雄たけびを上げる竜の姿があった。


 竜の声は地を裂き、山を穿つ。


 竜の周囲からは稲妻が発生し、落雷の攻撃が次々と繰り出される。

 繰り出された先には、小さな人影が一つ。


 「セラだ」


 学者は魔導具らしき双眼鏡を出して目に当てた。

 ガイキは強化魔法で視力を上げられるので、言われるまでもなくそれを見ていた。

 「あの竜、雷を生んでる。前にセラが岩のゴーレムを倒した時の魔法と同じかな」

 見ている間にも、静音の元へ落雷は次々に襲い掛かるが、静音の周囲は丸く結界が覆って全ての攻撃を防いでいた。

 竜の攻撃は激しさを増し、稲光はひっきりなしに空中を走り目を開けていられなくなってきた時、静音は動いた。


 ふわりと結界ごと浮き上がり、竜の頭部へ移動する。

 竜はそれを察知し、素早く右に左に動いて静音の接近を避ける。

 そうしながらも落雷攻撃は間断なく行われている。

 ガイキは竜の動きを目で追っていたが、とても人が追い付けるスピードではなかった。

 転移しているがごとくに見えた。

 だが、静音には見えているようだった。

 やがて竜は「何か」につかまったように宙の一点に留められた。

 ガイキの視界には、静音から無数に伸びたオレンジ色の魔力の糸が映っていた。

 それらが竜の全身に絡み付いて動きを封じている。


 ぎりぎりと魔力糸で締め上げた竜の頭部へ移動すると、静音は魔力糸をより合わせて鋭い刃を作った。

 それをおもむろに眉間に突き立てる。


 竜の悲鳴に近い咆哮が北の荒野を揺るがした。


 更に地は割れ、山は崩れた。


 竜の額からは血は溢れなかった。


 代わりにこぼれ出てきたのは紫色の光。


 稲妻を千も万も集めたような眩い光だった。


 静音は無造作にその中へ手を入れ、何かを掴みだした。


 と、その時、静音は結界ごと「黒い影」に覆われた。


 どん、と地響きがして、竜は地に落ちる。



 影は崩れた山頂から飛来した。



 静音を包み込んだ黒い影は、徐々に圧をかけるように渦巻いて小さくなっていく。


 空気さえ軋むような音がした。


 影は静音を圧殺しようとしているのだろうが、ある大きさから一向小さくなろうとせず、ぎりぎりと圧がかかる音だけが響き渡る。


 それは地割れを更に深く、広範囲に広げ、ガイキ達がいる所へまで迫ってきた。


 「まずいな」


 学者が呟くのと、地割れの中から黒い影が滲み出すのは同時だった。


 もう一度学者は離れたところへ転移した。



 「これ、人里の方まで行くと思う?」

 学者の問いにガイキは頷いた。

 「ああ」

 見ている間に、細い地割れが遥か南の方へ走って行った。

 それを見て学者は溜息をついた。

 「しょうがないね」

 結界を解いて、ガイキを見る。

 「ここに障壁を作るよ」

 噴火で辺境の村を守った時の事を思い出してガイキは難しい顔をした。

 「この広さだぞ。その上あんた、魔力の残存量は大丈夫なのか」

 「大丈夫じゃないけど、奥の手があるから」

 そう言って、腰のバッグから杭のようなものを幾つも取り出した。

 何事か唱えながら、学者は杭の一本を足もとへ突き立てた。

 と、そこから左右へ、目に見えない障壁がそびえたち広がった。

 「これ、遺物か」

 「そう」



 荒野の端から端へ何度か転移を繰り返して学者は何本も杭を打っていった。

 その間、ガイキはずっと静音を見ていた。

 影は全く縮まらず、ただただ周囲を猛烈な『力』が渦巻いていた。

 そこそこの所で学者は戻ってきた。

 その途端、足もとで破裂するような音が弾けて地割れが現れたが、障壁で止まった。

 「あ、利いてるね。よかったよかった」

 学者はほっとしたように言った。

 「この障壁、魔は止まるのか?」

 「いや~、地割れを留めるので精一杯かなあ」

 じわりじわりとにじみ出てくる影は、確かに障壁をするりと抜けていく。

 「まあ出て行ってもこの荒地じゃ薄まって消えちゃうんじゃないかなあ」

 最悪荒地を暫く人の通わぬ地としても「大勢に影響はない」はず、と学者は言う。

 「セラにお願いして、気が向いたら浄化してもらえるかもしれないしね」

 調子がいい、と言われてしまえばそれまでだが。

 「しかし、それもあれが終わらないと始まらんぞ」

 空の一点で真っ黒な点となっている物を見やってガイキは言った。

 空気がきしむような音はまだまだ続いている。

 「あれは一体何なんだ」

 「何だろうね。障害の最後は『飛来する嵐』だったはずだけど、それ多分あの竜だよね。だったらその後の物はトーヤの覚書にもないものだ」

 地割れはますます広がって、二人の周囲もボコボコと音を立てて地の底からひっくりかえされるように地面が盛り上がって沈む。

 そして掘り返された奥からは魔影があふれ出してくる。

 今までの魔影は人なり動物なりの形をしていたが、もう特定の形すら保っていない。

 「これは、魔沼に溢れていた黒い水に近いのでは」

 「つまり、この荒野全体が魔沼化していると?」

 二人は暗澹たる気分で広大な荒地を見渡した。

 


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