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「綺麗な水ね」
静音はこんこんと湧く泉を見て感嘆するように呟いた。
光の玉を一つ浮かべただけの薄暗い空間だったが、その澄んだ水はほの青く光って周囲の氷を染めていた。
手を伸ばし、指先を水に浸けてみる。
光は指にうっすらとまとわりついた。
「魔沼の元がこれって言っても誰も信じないんじゃないかしら」
たっぷりと魔力を含んだ水だった。
だが水そのものは清浄で、例えばこれを人が飲んだとしても何の害もない。
「このまま置いておきたいわ……」
---浄化してもらわねば困る。
静音がそう言うに至って、漸く神官が返事をした。
「浄化ね……」
澄み切った水を両手ですくい、静音は口に含んだ。
「美味しいわ」
この世界に来て、初めて浄化も煮沸もしていない水を飲んだ。
清浄な魔力が体内を巡る心地がした。
うっとりを目を閉じる。
酒よりも好ましい酩酊感にとらわれる。
---静音
神官の危惧するような呼びかけに、静音は笑った。
「久しぶりに苗字ではなく名前で呼ばれましたよ」
---そなたがこの水のみならず、ここを居心地良く感じる気持ちはよく判る。だが、このままにしてはおけんのだ。
溜め息を一つついて、静音は冷たい水の中に手を入れた。
魔力視で泉の底を覗き込む。
水の湧きだす場所から更に奥。
氷の中の細い細い水路。
魔力糸を繰り出し、その先へ先へと辿っていく。
やがて氷河の下、地面との境に辿り着く。
そこには、ただ青い光の池があった。
流れ込む水は、単なる水であり、光を帯び、魔力を含むのはその池からであった。
池は魔力溜まりであった。
静音は「吸着」と念じた。
魔力糸がほのかにオレンジに光る。
髪の毛一筋より細い魔力糸の周辺が突然ぼこりとへこみ、青い光が波打った。
静音は更に魔力糸を追加して向かわせた。
池はそれによってかき回される。
イメージはストロー。
魔力糸を通してぐんぐん吸い上げる。
水ではなく、青い光のみを。
勿論途中の水路からも。
そして手を浸している泉からも。
手は青い光を帯び、輝きを強くしていく。
泉の水も波打っていた。
やがて、静音は泉から手を抜きだした。
泉は光を失っていた。
静音の手の上には、眩く青く光る玉があった。
逆巻くエネルギーは圧縮されて渦巻いていたが、静音は更にそれを小さく固めた。
手のひら大の玉が、ピンポン玉の大きさになり、ビー玉の大きさにまでなった。
「こんなものですかね」
静音は言って、それを無造作に口に放り込んだ。
そして飲み下した。
「浄化完了」
宣言した。
---大丈夫か?
心配げな声に静音は頷く。
「ええ。何の感触もありませんでした」
実際、固形物を飲み込んだ感触は無かった。
ただひんやりとした『気』のようなものが喉を通り過ぎて行ったように感じただけだ。
「さて」
静音は立ち上がった。
そびえたつ氷の壁を見上げる。
見る間にぴしりとそこへひびが入った。
氷に閉じ込められていた竜が目を開いた。
稲妻が、轟音と共に氷の裂け目へ落ちてきた。




