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月影映る  作者: 林伯林
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 王子たちの馬車は最短の距離で王都へ戻ることになった。

 馬車そのものが魔導具である為、速度も鈍足から最大限まで加速させる。

 騎士たちが馬を用いても随伴は不可能であるため、二名を選んで御者席に乗せ、とりあえずの護衛とした。

 光魔法部隊の馬車も機能的には王子のものと変わりないが、王子と比べると侍女等の随伴の人数が多く、またそれに伴う荷物の量も尋常ではない。


それを率いて数人の護衛で疾走するなどという事は貴族令嬢にはあまり品の良い事とも思われず、今までどおり遠征隊の騎士たちと帰還する事となった。

 途中の村で隊を抜ける際、リシュリアはエイディス---渡り人の従者だった男に、何事か言い含めていた。

 王子は少し離れてそれを見ていた。

 あの日、従者はリシュリアの元へ急ぎ足でやってきた。

 そして、小屋の中から渡り人の気配が消えた、と報告した。

 恐らく目くらましであろうテントが踏み荒らされた様を見て、小屋にとって返し、三十分も経っていなかったと言う。

 小屋の中のむき出しの土はどうやってか焼しめたように固められ、そこには「命の危険を感じる」と刻まれていた。

 神子がそこまで追い詰められた責任は当然統括者であった王子にあるとされる。

 その後、呆れるスピードで浄化がなされている現実があっても。

 報告後、王からは急ぎ帰還するよう命が下った。


 王子は、去り際の従者を呼び止めた。

 男は居住まいを正して頭を下げた。

 「セラは何故あんなにも頑なだったのか判るか?」

 従者は瞬きの間、考え込んだように見えた。

 「私には判りません。あの方はこの世界の人間ではありませんし、考え方も違います。ですが、それまで生活してきた快適な場所から突然身分制度が厳格な場所へ連れてこられて命令を聞けと言われても納得はできないでしょう。あの方はずっと「私はこの国の人間ではない」と事あるごとにおっしゃっておいででしたよ」

 それは王子も耳にした、のみならず言い放たれた事がある。

 「周囲の人間は、あの方を利用し、取り込む事しか考えていないように見受けられました。私が見ていた限り、そうでなかったのはガイキ殿と城で世話係をしていた侍女くらいで、この二人にはセラ様も少し気安げに接しておいででした。結局相手次第だったのではないかとしか申し上げようがございません」

 「そうか……」

 王子もまた利用し、取り込む事を考えていた。

 それは立場上仕方のない事だと思っている。

 「ではどうあっても、私では彼女と親しむ事は不可能だったということだな」

 親しもうという気持ちがあったのかとそれまで話を聞いていたリシュリアは驚いた。

 それは従者も同じだったらしく、軽く目を見開いたが表情には表さなかった。

 「だがアディトリウスはどうだったのだ。あれは気安く接していたではないか」

 ふと思い出したように王子は尋ねる。

 「あれは粘り勝ちです」

 学者はすげなくされてもふり払われてもしつこくしつこく話しかけていた。

 「あの方は自分の欲求を隠さなかった。しかもそれは知識欲です。はかりごととは無縁ですし、そういう意味ではセラ様も他の人に向けるような警戒心は無かったと思います。セラ様が望めば資料や知識を隠さず与えていらっしゃいましたし。そんなことをした人間はこの世界ではあの方が初めてだったでしょうし」

 余計な知識は必要ないと城の人間は判断した。

 だが、そう思われている事に静音は早々に気が付いた。

 それは警戒もするだろう。

 後に暁の神官と接触した際、この世界の知識を授けられたと聞いて「余計な事を」と思ったのは事実だ。

 「そういえば、セラ様に給金は払われていたのでしょうか?」

 従者は尋ねた。

 「当たり前だ」

 王子は何を言っているのかと従者の顔を見た。

 「本当にそうですか?街に寄っても、村に寄っても、私はセラ様が買い物をしているのを見たことがありません」

 王子はリシュリアを振り返った。

 リシュリアは顔を青ざめさせて馬車内へ書類入れを取りに戻った。

 だが、今回の諸々の資料の中に、彼女に関する申し送りの書類はあっても契約書を見た覚えがなかった。

 今に至るまで、誰も気が付いていなかった。

 「支度金を用意した事は書かれていますが、明細を見ると必要最小限の物を揃えたのみのようです」

 「残りの金はどうしたのだ」

 「侍女が申し出て「小遣い」程度は荷物に入れたようですが」

 要するに、「小遣い」程度で渡り人を半年以上も働かせていたという事になる。

 「何故セラは何も言わなかったのだ」

 王子は理解できないと言いたげに従者を見た。

 「余計な事を言うと「命の危険がある」と感じていたからでは」

 「そんな馬鹿な」

 「城の人間は世話係の侍女以外は「射殺すような目で見ていた」とセラ様がおっしゃっていた事がございます」

 王子は黙り込んだ。

 実際、城はそういう空気だったのだ。

 魔沼の出現とその影響で切羽詰まっていた。

 「そんな連中を相手に契約を交すのも危険と感じたのかもしれませんね。用心深い方ですから」

 そして無一文で一人飛び出す方がましと判断したのだ。

 知り合いの一人もいない異世界で。

 流石にショックを受けた王子はリシュリアをもう一度見やった。

 リシュリアはその優しげな顔を珍しくこわばらせていた。

 「帰り次第、セラへの報酬を検討、確定させます」

 「支払える機会があるとよろしいですね」

 侍従は言った。

 王子は侍従を睨みつけたが、言葉は発さなかった。

 浄化が終わっても、セラが城へ報告に来る義務はない。

 寄り付きたくもないだろう。

 侍従は頭を下げて二人の前から立ち去った。


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