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月影映る  作者: 林伯林
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 「ねえ、ガイキ、僕と北の荒野まで行かない?」


 遠征隊は王都へと戻っている途中だったが、いつの間にかそばまで来ていた学者に突然声をかけられてガイキは胡乱な顔をして振り返った。

 学者はにこやかにガイキを見上げている。

 「何を言っている」

 不審げにガイキは言った。

 「君は依頼の途中だし、僕はどうしても渡り人の浄化を見届けたい。中途半端なまま全員王都に帰るのと、せめて最後まで見届けて報告するのとどっちが心証いいと思う?」

 「大差なかろう」

 ガイキはにべもない。学者はにっこり笑う。

 「実際はね。でも組織にはあれとかこれとか建前が必要なんだよ」

 毎日鳥は渡り人が驚くべき速さで魔沼を浄化していると告げてくる。

 位置もランダムで、一体どうやって移動しているのか王子たちには見当もつかなかった。

 この半年は何だったのかと問われれば、責任者として王子は答えなければならない。

 事の顛末も見届ける義務がある。

 「契約は遠征隊の同道で、護衛と討伐だけど、ま、遠征隊もう帰るわけだしさ」

 「そりゃ王子殿下の言か?」

 「そう。契約変更になるね。雇い主殿下だし、今から馬車に来てくれる?」

 ガイキは周囲を見回した。

 誰もかれもが「やっと帰れる」という顔をしていた。

 光魔法の令嬢たちは言うに及ばず、士気が落ちかけていた騎士たちや、普段は表情を全く変えないアリオでさえどことなくほっとした顔をしていた。

 そんな中、学者はさりげなく「遮蔽」を発動してまでガイキを誘いに来た。

 王子の周辺だけは未だ緊張が続いているようだった。



 「セラを正確に追えるのなら了承するが」

 ガイキは言った。

 王子は首を振った。

 「無理だ。移動の方法すらわからない」

 「では」

 断りを入れようとするガイキの前に手を出したのは学者。

 「最終的には北の山に行くんだから、そこで待ってるのが一番効率がいい」

 「今の調子で浄化をするとなると、追いつけないんじゃないか?」

 「そう。だから今すぐ決めて欲しい。君が来ないなら僕だけで行くから」

 学者の無茶な調子に、王子は溜息をつきながらガイキを見た。

 「こういうわけだから、そなたにはアディトリウスの護衛を頼みたい。そして今すぐ隊を離れて北へ向かって欲しい」

 「つまり、依頼はアディトリウス殿の護衛ということでよろしいのか?後は元の契約の通りで?」

 「ああ、頼む。間に合う、間に合わないはどっちでも構わない」

 王子が真剣な目で言うと、リシュリアが金貨の詰まった小さな袋を差し出した。

 「旅の資金だ。あと少しで今晩野営する村に着く。そこで馬を調達して北へ向かってほしい」

 「あ、じゃあ、この馬車の馬、村まで貸して頂けませんか」

 学者はあっけらかんと言った。

 「魔導で動きを制限している以上、実際のところ馬いりませんでしょ?先に行って村で別の馬調達したら、ちゃんと言伝ておきますんで」

 王子は渋い顔をし、リシュリアは頭痛を堪えるような顔をしたが、最終的には何も言わずに了承した。

 学者は嬉々として馬車から馬を外し、ガイキは荷馬車から自分の野営道具を持ってきた。

 「そういやあんた、野営の道具はどうするんだ。俺のテントは狭いぞ」

 ガイキが暗に当てにするなと言うと、

 「あ、気にしないで。大丈夫だから」

 学者はにこにこ笑って返した。

 魔法に長け、魔導具の開発で有名な学者だ。心配はいらないのだろうとガイキはそれ以上尋ねなかった。

 王子の馬車を馬の無い間抜けな状態にして、二人はさっさと遠征隊を抜けて先の村へと走り去った。


 村は、行きでも野営した場所だった。

 入口近くの農場主に後から来る王子の馬車に馬を返してほしいと言伝て、学者はガイキを村はずれへ連れて行った。

 「時間が無いんじゃなかったのか?」

 ガイキが問う。

 「うん。だから急ぐよ。これからの事、他言禁止ね」

 学者は腰につけた鞄から水晶球を取り出した。

 「ええと……」

 学者はそれを両手でつかんで魔力を送り込んだ。

 中心がほのかに光り、何かを呟いて調整しているようだったが。

 「よし。じゃ、ガイキ、もうちょっとこっち寄って」

 言われるがまま、数歩学者に近づいた。

 と、足元に魔法陣が現れる。

 「中心まで。僕の隣まで」

 更に近づく。

 「じゃ、行くね」

 周囲に突然風が渦巻いた。

 ガイキは目を見開く。

 学者の手の水晶球が膨れ上がり、二人を包み込んだ。

 そのまま球は、二人毎その場から消え失せた。



 ガイキは、一瞬の浮遊感からあっという間に引き戻され、眩暈を覚えながら周囲が森の中である事に気が付いた。

 「うん。狙い通り」

 隣で学者が水晶球の中心を覗き込みながら言うのを聞いた。

 「ここはどこだ?」

 頭痛を堪えながらガイキが問う。

 「ここはね、ヨルディアの森だよ」

 「は」

 ガイキはもう一度周囲を見回した。

 ヨルディアの森は、中央部と西部の間にある森で、奥に魔沼があって行きに静音が浄化していた。

 完全に西と中央を隔てているわけではなく、南側は開けていて街道もそれなりに整備されている為、商人などが旅をする場合はそちらを通る。

 この森の奥はそういう意味で殆ど人が入らない。

 「転移魔法、か?」

 ガイキは以前、静音に「あるはずだが見たことが無い」と言った事を思い出した。

 「うん。ただね、この距離が精一杯なんだよね」

 少し疲れたように息をつく学者を珍しい者でも見るかのようにガイキは見た。

 「それは、魔力量的な問題で?」

 「うん、それもあるし、そもそもこれ、長距離には対応していないんだろうと思う」

 ガイキにとっては充分長距離ではあったが。

 学者は手の中の水晶球を持ち上げた。

 「これね、古代遺跡の中で偶然見つけた遺物なんだけど、うっかり手に取ったら持ち主認定されちゃったみたいで。最初は遺跡の中から入口まで移動する為の道具だと思ってたんだよね」

 中心部で光っているものは魔法陣だった。

 「中の魔法陣をなんとか解析しようと色々やってきたんだけど、僕が知っている魔法陣とは全然違っててね、なんというか言語が違うって感じ。やっと座標の変え方が判ったくらいなんだよ」

 「なるほど」

 「なんだかあんまり驚いてないね。もしかして初めて見るわけじゃない?」

 学者に上目づかいで睨まれて、ガイキは顎をこすった。

 「いいや……似たものを見た事はあるが」

 学者の目が光った。

 「え、いつ、どこで、どんなの?」

 ぐいぐい近づいてこられて、ガイキはたじたじになりながら学者の身体を押し戻した。

 「中に入ると防御壁になる玉だったな。転移はしなかったが。まあ、俺の持ち物ではなかったし、詳しくは判らん。持ち主は聞いてほしくなさそうだったし」

 「ええ、それも遺物だったのかな」

 「そうなんだろうな。本人も仕組みを理解していたわけではなさそうだったし」

 「誰が持っていたか聞いても?」

 「言わないと約束した」

 「そう」

 傭兵や魔導士が色々な技を秘匿するのは仕方がない事だった。実際、学者もこの水晶球の事は今まで誰にも言った事が無かった。

 「今日はここで野営でいいのか?」

 夕刻に近づいていた。

 学者は気を取り直したようにうなずいた。

 「本当なら、人里近くに転移して宿を取った方がいいんだろうけど、突然現れて脅かすわけにもいかないし、それよりなにより人に見られたくないし。すまないね」

 「構わん」

 ガイキは肩にかけていた荷物をおろした。

 「あんたが秘密を一つ明かしてくれた礼に、俺も一つ披露しよう」

 鞄の口を開け、中に手を入れると何かを取り出した。

 と、見る間に、学者の目の前に、既に組み立てられたテントがぽんと現れた。

 「え……」

 学者はぽかんとそのテントを見て、次によろよろと近づいて、中を覗き込んだ。

 「うそでしょ」

 そして呆然とした。

 中は、宿屋の一部屋くらいの広さがあり、勿論外から見た大きさとは全く異なっていた。テーブルと寝台まで置いてある。

 「どういうこと」

 ガイキを振り返る。

 ガイキは肩をすくめて荷物を持ち、テントの中へ入った。

 「これは親の形見だ。どういう仕組かは俺も判らん」

 テーブルの傍には椅子もあった。

 「座ってゆっくりしたい所だが、夕飯の支度が先だな。煮炊きは外でするしかない」

 荷物を置いて、外に出る。

 「薪を拾ってくる」

 返事を待たずに、ガイキは学者の横をすり抜けた。

 「あんたも寝床の支度をした方がいいんじゃないか。大丈夫と言った以上、魔導具なり遺物なり持っているんだろう?」

 学者はぐるんと首を回してガイキを見たが、ガイキは木々の中へ枝を探しに入っていってしまった。


 学者のテントは、ガイキの物の簡易版のようにも見えた。

 小さな白い立方体をポンと地面に投げるとテントが組み上がる。

 遺物ではなく、魔導具だと言う。

 小さく「折りたたむ」呪文を刻んであり、「我ながら頑張って作ったんだよ?」と泣き言のようにガイキに訴えた。

 「いや、よくできていると思うが」

 ガイキはテントの中を見ながら言った。

 「折りたたむ」呪文は色々と有効なようで、野営用の寝床や道具もそろっていた。

 学者が大きな背負い袋一つ持って「大丈夫」と言った時、王子たちは一体それをどうとらえたのだろうとガイキはふと思った。

 あの時は、魔導具なりなんなりあるのだろうと深く追求しなかったが、王子たちも同じだったのだろうか。

 「まあ、あんた有名人だもんな」

 「え、何?」

 ガイキは一人で納得して頷いたが、学者は不思議そうにこちらを見た。

 焚火を起こし、火に鍋をかけて水に干し肉を放り込み、スープを作った所だった。

 流石の学者も食料は携帯食のみだった為、喜んでスープを飲んだ。

 「いや、隠している割に、王子たちの前で「大丈夫」とか平気で言ったり、全く野営の荷物も持たずに出てきたりするからさ」

 「あ、野営の道具に関しては殿下たちは知ってるから」

 意外な事を言う。

 「これで儲けさせてもらってるし」

 学者は悪い顔をして笑った。

 「実は今回の遠征隊のテントにはこの技術がちょっと使われてるんだよね」

 「ああ、そうだったのか」

 ガイキは合点がいったように呟いた。

 あの人数の荷物にしては少ないような気がしていたのだ。

 「僕のテントくらいまで小さくするには技術も時間も必要だから、予算に合わせて商品を開発したんだよね。というわけで「そこそこ」小さく軽くしたテントを皆知っていたというわけ。殿下のテントとお嬢さんたちのテントは更に特別性だったし」

 結構金かかってるんだよ、と学者は言った。

 「何だか、ますますセラが気の毒だな」

 ガイキの呟きに学者は目を細めた。

 「セラがあのペラペラの布でうまいことこしらえたテントの中で、恐らく寒い思いも暑い思いもしていない事は、俺やあんたは気が付いていたとは思うが、他の連中はどうだったんだ?」

 「ん~、どうだろう。誰もそんな話してなかったからなあ」

 「ますますひどい話だな」

 「お嬢さんたちの侍女なんかは気が付いてたんじゃないかな。セラはいつも身綺麗にしていたから、不思議に思っていたと思うよ」

 確かに、あの状況で、身綺麗にしていられるわけがない。

 最初に雨が降った時、ガイキは心配になって様子を見に行ったのだ。

 遠目には、静音のテントはびしょびしょで周囲も泥をはねていて中が無事とはとても思えなかった。

 本人が了承するなら自分のテントへ連れて行こうと思って近づくと、一見びしょびしょのテントが、細かく水をはじいている事に気が付いた。

 跳ねている泥も、テントに届く寸前に「何か」に阻まれていて、実際はテントを全く汚していない事にも気が付いた。

 そこで初めてガイキは静音のテントの周囲をよく「見た」。

 ぼんやりと、全体が、静音が浄化の際に張る結界とよく似たものに包まれていた。

 ガイキは驚愕した。

 眠っている間も結界を張り続けられる、つまり、無意識であっても魔法を維持し続けられる魔導士など聞いたことが無かった。

 だが、可能であり、自身で対処できるのであれば、余計な手出しは却って迷惑がられる気がして、ガイキは声もかけずに踵を返したのだった。

 静音が遠征隊の人間、というより、この国を全く信用していない事は言動に明らかであり、警戒されるだけのような気がしたせいもある。

 「お嬢さんたちはひたすら悔しがってただけじゃないかな。どんな嫌がらせをしても平然としてたからね。実際なんとも思ってなかったようだし」

 貴族令嬢たちには、侍女もいないのにいつも清潔な恰好をしていられる静音は「自分で洗濯をする庶民」と映っていたのだろうと学者は思う。そのくせ、異界からつけてきた自前の装身具は質も高く意匠も凝っていて、彼女たちのプライドを刺激する。上流階級の女にとっては矜持を傷つけられるほどの重大事である髪をボロボロにされる事さえ、静音は自ら髪を切り落とす事で平然と対処して彼女たちを驚愕させた。

 「王子たちはどうだったんだ」

 「殿下は基本的に興味が無い」

 すっぱりと言い切った。

 「女にもそのいがみ合いにも価値が無いと思ったものには興味を示さない。彼は忙しい人間だからね。脳の容量を無駄なことに割きたくないんだよ。徹底している」

 利用できる事であればその限りではないが、と続けた。

 今回の件は、利用できると踏んでいたにも関わらず、静音の対処が早すぎてできなかったわけだが。

 「現場責任者なんて、向いてなかったんじゃないか?」

 ガイキは正直な意見を言う。

 学者もうなずく。

 「向いてないと思うよ。特に今回みたいな編成だと」

 遠征隊が騎士たちのみだったら、隊長が存在し、上下関係もはっきりしているので問題は生じなかっただろうが。

 「なのでリシュリア殿が傍についてたんだけどね」

 「ああ……」

 優しげな顔をした貴公子。

 王子の側近として、そういった役割を求められ続けるのだとしたら苦労するだろう。

 「彼は彼で今回の件に関しては王や宰相からの思惑も受けて動いているようで、手をこまねいているうちにフォローが間に合わなくなった上、セラに逃げられちゃったって感じかな」

 「つまり誰もセラの気持ちを考えて行動していないというわけか」

 再度、静音を気の毒に思ったガイキだった。

 「殿下たちもさ、セラが「帰りたい」とでも言ってめそめそ泣いたらまた違ってたと思うんだよね」

 泣きもせず、静かに腹を立てて周囲の人間を冷ややかに見下ろしていた。

 その眼差しが城の人間たちの気持ちを固くさせた。

 「言わないだけで、彼女とて不安だったろうし、泣きたい気持ちもあっただろうよ」

 「でもさ、目に見えないと「無い」事になっちゃうんだよね」

 そして王子は「無い」事にした。

 「馬鹿だな。力があるはずの渡り人を婚姻で縛る意見だってあっただろうに。それでは到底取り込みは無理だろう」

 「そうだね~。セラの殿下にたいする感情ってお嬢さんたちの対極にあるよね」

 携帯食をスープに浸して柔らかくしながら学者は思い出すように宙を見た。

 「殿下はお嬢さん方に思いを寄せられるばかりだったから、その気がない女性の存在を知らないのかもね」

 ガイキが顔をしかめた。

 「セラも自分に関心があるとでも思っていたと?」

 「まあ、意識していたわけじゃないとは思うけど」

 それはそれで問題があるのではないか。

 ガイキから見た王子は、冷静で傲慢。しかし、傲慢さを隠す術は知っている。

 将来の為政者としては問題ないと以前は思っていたが。

 「殿下がこの先、誰も愛する事が無いのなら、今のままでもいいんだろうけどね」

 「そうか?いずれ弊害は現れると思うがな」

 ガイキにとっては王子は今や情緒に問題がありすぎる人間だった。

 「ま、俺にはどうでもいい話だ」

 「冷たいねえ」

 「本人がそれで良しとしているんだ。俺にどうしろと?俺は側近でもなければ貴族でもない。なんとかしたいならあんたたちがするんだな」

 「……難しいね」

 色々想像してみたのだろうが、学者は諦めたように首を振った。

 「子供じゃないんだ。責任は取るだろうさ」

 「まさにそれで、今回責任を取る事になるんだろうけど」

 「セラを逃がした責任を問われるか?いない方がせいせいするとでも言いたげな連中しかいなかったが」

 「形式として必要なんだよ。そのために僕は今回北上することになったんだ。これも形式だけど。僕にとっちゃ方便だし」

 ガイキは笑う。

 「なんで逃げられたか王子に理解出来たらいいな」

 「いや流石にそれは理解できていると思うよ?」

 「本質を本当に理解はできないと俺は思う」

 直接の原因は嫌がらせだろうが、見ているだけだった者たちも静音にとっては敵なのだ。


 浄化の神子は、生きている人間である。



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