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広場の賑わいを横目に見ながら、静音は村の外れまで歩いた。
領都から離れた場所なので、領の騎士隊が到着するまで時間がかかり、その間遠征隊はここから動けないのである。中央広場を野営地にして、数日か、或いは数週間過ごすとなれば、こっそり隠れて村の外れにでもいる方がいい。
野営地の隅には目くらましのいつものテントを張ってきた。
「隠遁」で隠れてきたが、少し離れた所には従者がいる。
面倒だと思いながらも、何かあった時のアリバイを立証する人間は必要なので、見て見ぬふりをする。
村はずれには小さな廃屋があり、静音の目的地はそこだった。
王子に言って、村長からこっそり使用許可を得た。
廃屋は朽ちかけた小屋と言ってよく、扉は外れて内部に立てかけられていたし、中に入ると壁は一部崩れているし、天井に至っては穴が開いていた。
静音はまず、外れた扉を本来の扉の位置に戻した。蝶番で取り付けたわけではないので出入りの時は扉をどかす事になるが外から中が見えないだけで静音の目的は果たしていた。
従者は遠巻きに見ているだけだ。
シェルターを出現させると、静音はいそいそと中へ入った。
噴火の時に咄嗟に唱えた「シェルター」だったが、予想以上に便利だった。
あの後、草地で野営した時にいろいろ試してみたのだった。
球体から他の形に変形させられることに気が付いたし、中を仕切ってガイキと自分の部屋を別に作る事もできた。
外から見えるようにも出来たが、それは必要があるとは思えず、むしろ、内側から透明で外が見える壁が落ち着かずわざと不透明にした。
部分的に開口部を設ける事もでき、出入口を作った。ガイキはそれにほっとしていた。静音はどこからでも出入りできたが、ガイキにしてみれば閉じ込められている気分になっていたのだろう。窮屈に感じないように部屋は広めに作ったつもりだったが。
そう、一番の驚きは、際限なく拡張できる事だった。
というわけで、シェルターそのものは今回次元の狭間へ押し込んだ。
ガンガン中を広げて、浴室など作り、土魔法で固めた浴槽を持ちこんだ。
排水は一部開口部を作って小屋の中に汚水槽を作り、そこへ流し込む事にした。翌日にでも水魔法で中身を蒸発させてしまえばいい。
トイレは汚水槽の横に作った。穴を掘って底を固め、浄化の魔法陣を刻んだ。
特殊なインクなど使わずとも、直接魔力で刻めば発動する事は、暁の神殿の魔法陣や、水蛇やゴーレムの魔核に刻まれた魔法陣を見て判っていた。
実はこれを作ったのは二度目で、最初は昨夜の草地の野営で作った。ガイキの要望で。
浄化の魔法陣を底に刻んだのを見て、「罰当たりだな」と言われたが。
単なる魔法であり、聖魔法などとは人間が勝手に呼んでいるだけだと言うと、「人には言うな」と釘を刺された。
今後、誰の為にもトイレなど作る気はないので言うはずもない。
水回りが済むと、早速風呂に入った。
水魔法と火魔法で湯を溜めると、洗浄魔法で全身を綺麗にしてから飛び込んだ。
思わずふーっと溜息が漏れた。
やっと一人になれた。
ガイキは他の人間より気安いとは言え、常に一緒にいればそれなりに緊張もする。
静音は、幼い頃から一人の空間が無いと落ち着かない人間だった。
恋愛や結婚に意識がいかなかったのはそのせいもある。一人の時間を脅かされる事を恐れた。親には理解されず若い頃は色々ともめたりもしたが。
過去の面倒だったあれこれを思い出しそうになって首を振った。
今となっては遠い昔、どころか次元を隔てた。
もう帰ることも叶わないだろう場所だ。
行方不明となれば親兄弟に迷惑はかけるだろうが、貯金とマンションと保険で相殺してもらえるだろう。
過去よりも今の事を考える事にする。
この国の中の力関係というものがだいぶ判ってきた。
まず、王の力は万全ではない。
魔導士団と神殿が各々力を持ち、微妙なバランスを保っている状態らしい。
魔導士団は火魔法が中心、神殿は光魔法が中心。
王は恐らく武力が中心なのか。
塔と懇意にしているようにも見えるので、もしかすると魔道具開発等は王の庇護下で行われているのかもしれない。
学者を見ていると、塔はあくまで中立を貫いているようにも見える。
が、恐らく内部は派閥で割れていることが想像できる。
そしてそれは魔導士団や神殿もそうだ。
そこに静音が現れた。
まず「神聖魔法」が顕現し、それを王が婚姻等で取り込めば、神殿の力が落ちる。神殿の上層部は静音獲得に走るだろう。
しかし、現状神殿内部で力を持っているのは光魔法の持ち主たちの主家である貴族である。特に娘達は次期王の妃の座を虎視眈々と狙っている。静音は神殿にとって得たい力でありながら招かれざる客でもある。静音が男であればまだ問題はなかったのだろうが。
魔導士団はアリオの行動を見るに、神殿と繋がりがあるのだろう。
伝承の通り、渡り人が「力」を発揮したら、魔導士団の面子も潰れる。これまた魔導士団へ取り込むことが出来れば万事解決であろうが、恐らくアリオは静音の力を測りつつ、けん制している。
面倒だな、と思った。
いっそ、もう遠征隊を放り出して一人で浄化して回ろうか。
静音は左腕の上腕部に嵌めた水晶の腕輪を見やった。
身に着けている装身具のうち、これだけがこの世界で得たものだった。
得たというか欲しがったわけではなく、暁の神官に渡されたのだったが。
洗浄魔法がなければ外して身体を洗う所だが、必要が無いのであの邂逅からずっと嵌めっぱなしだった。
右手の指先で触れると微かに震えた。
おや、と手をとめる。
この腕輪は色々機能を持たせてあるらしいが、暁の神官と直接会話を交わせる事が主機能であった。
---無事噴火を避けられたようだな。
「おかげさまで。私もガイキも怪我一つしませんでした」
---それは良かった。
これはトーヤにとっての「鳥」と告げられた。
学者に知られるとうるさい事になるだろう。
「これ、作ってみました」
静音は宙にこの国の地図を浮かべて見せた。
「ここへ「魔力の血脈」とやらを重ねてみます」
北の山脈のある地点を中心にして血管のように地を這う図を重ねる。
「で、『吹き出し口』、魔沼の位置を土魔法と魔力糸で探ってポイントしました」
血管の上にぽつぽつと光る点とグレーの点が現れた。
「光っているのが浄化前の所です。このマッピングで問題ないですかね」
---見事だが、魔力の血脈をどうやって探った。
「上に上がって、見下ろしました」
---どういうことだ?
「魔力蛍に視力を乗せて、上空からこの国を魔力視で眺め下しました。光って見えますからすぐ写せますよ?」
---なんと。
「不都合ありました?腕輪のメモリーにも簡易な図があったし別に構わないかと思いましたが」
---構わぬが、そんなことまで出来るとは思わなんだ。
静音は笑った。
「恐らく私の生きていた時代から誰を連れてきてもこれくらいのことはやってしまうと思いますよ。トーヤがいつの時代の人間かは判りませんが」
---もう少し、無邪気というか素朴というか……
「では時代が違うのでしょうね」
静音の世界は、科学が発展し続ける。
そもそも最初に腕輪のメモリーと直接思念が連動し、頭脳に流れ込んできた「魔力血脈」とその簡易図を知った瞬間、「上から眺めて確かめよう」と思ったものだが、ネット上のマップや映像を見慣れている人間なら誰しも考える事だろう。
その上に魔沼が出現すると知ればなおさら。
「で、間違いや漏れはありませんか?」
---ないな。
静音は頷いた。
「では遠征隊を離れようと思います」
---ガイキだけでも連れてゆかぬか?
「彼の出生にも何かがあるのは判っていますが、私は関わりたくありません」
神官は黙り込んだ。
「私が行うのは「浄化」だけです。それ以外のことはしません」
神官に提示されたどんな交換条件にも頷かなかった静音である。
「叶うなら一人でいたいんです」
それは静音の性質であり、神官はそれを理解していた。
これ以上遠征隊にいては、身体より先に精神が病むかもしれない。
実際先日の体調不良を見てもいた。
---そなたの行動をいちいち制限するつもりはない。
当然とばかりに静音は頷いた。
「頃合いを見て離脱します」




