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月影映る  作者: 林伯林
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 伝書の鳥は、麓の避難が完了したと告げてきた。


 それを聞いて、静音はむくりと起き上がった。

 「起きていたのか?」

 反応の早さにガイキが問う。

 「うとうとしていただけなので」

 眠たげな声を出して両手で顔を軽くこすった。

 零れ落ちてきた髪をかきあげて、いつも使っている異界の髪留めで後ろで一つにくくった。

 支度を眺めているのもどうかと思い、ガイキは小屋の隅に置いた自分の荷物を手に取った。

 「直ぐ出られるか?」

 「お茶を一杯飲んでからにしましょう」

 静音は腕時計で時間を確かめながらかすれた声で言った。


 泥炭に火をつけ、静音は小鍋に水を出した。

 いつも肩に下げている大きな鞄から小さな茶缶を取り出し、ガーゼ地の小袋に茶葉を入れて口をおおざっぱに縫いとめた。

 湯が沸くと、小鍋の中にそれを放り込む。

 袋は時々静音が作っているのを見ることがあった。

 便利な事を考えるものだと思ったが、聞くと静音の世界にはこういったものは安価で売られているそうだ。

 こちらでは茶葉は高級品だ。

 それ故裕福な者たちしか嗜まず、そうなると高級な茶器で優雅に入れて飲むばかりで、静音のような入れ方など考えもつかないのだった。

 「こちらでも薬草とかこうやって煮出したりしませんか?」

 静音は不思議そうに言ったが、ガイキは首をひねった。

 「どうだろうな」

 森で暮らしていた頃は、大抵乾燥させた葉をそのまま放り込んでいたような気がするが。

 「まあ確かに良い茶葉なのでもっと丁寧に入れた方が美味しいとは思うんですけどもね」

 この茶も城の侍女が用意してくれたのだという。

 充分に色が出た茶を、木の器に二つに分けて注ぎ、静音は片方をガイキに手渡した。

 野の実の香りが湯気とともに上がってきた。

 「いい匂いだな」

 「そうですね」

 静音は表面をそっと吹きながら味わうように一口含んだ。



 「そういえば」

 瞬く間に小屋を崩し、元の地面に戻してしまった静音に驚いていると、静音は思い出したように顔を上げた。

 「暁の細剣は渡してもらえませんでしたね」

 言われてガイキも思い出した。

 「ああ、そういやそうだな」

 「勝手な人達ですね……。まあ忘れていただけなのかもしれませんが。私も忘れていたわけですし」

 静音はおかしそうに笑った。

 「魔沼はさくっと消しちゃいましょう」



 言葉通り、静音は、すり鉢状の火口の底にたまった黒い塊をぎゅっと掴みつぶすように消し去った。

 縁が意思を持ったように揺れて波打ち、そこから影が千切れるように魔影化してあふれ出ようとしたが、それを許さなかった。

 「あっけないな」

 ガイキは学者と同じセリフを呟いた。

 「浄化自体は簡単なんですけどもね」

 魔沼が消え去った下は岩がごろごろ転がっているだけの乾いた地面だった。

 「前は湖があったという話だが、影も形もないな」

 「下山しましょう。身体には感じませんが、先ほどから細かい地震が起きています」

 静音は急かすように言って、二人は踵を返したが、ふと足を止めた。

 空の一点を見上げたのは同時だった。

 しゅっと空気を裂くような音が耳元でした。

 ぱっとその場から飛びのいたのも二人同時だった。

 先ほどまで二人が立っていた場所が深くえぐれて裂けていた。

 「姿の無い鳥、ですかね」

 静音が呟く。

 「よりによって今か」

 ガイキは周囲を見回す。しかし、先ほど感じた異様な気配はどこかへ消えていた。

 「結界を張りながら移動しましょう」

 静音は自分とガイキの周囲に魔力障壁を築き上げた。

 足もとが揺れ、軽い眩暈のような感覚に襲われる。

 と、同時に、背後に強大な熱量が立ちのぼった。

 静音は咄嗟にガイキの腕を掴みよせた。

 ガイキは閃光に包まれた、と感じた。


 はっと気が付くと、ガイキは静音に腕を掴まれ、宙にふわふわと浮いていた。


 「な、なんだ」


 あまりな事態にガイキは硬直し、静音は、何かに思い至ったように「ああ」と息を吐いた。

 途端に、足元が透明な何かで固められた事に気が付いた。

 ガイキは足もとがしっかりした事で多少落ち着いて身体から力を抜いた。

 「ごめんなさい。覚悟していないと驚きますよね」

 静音はガイキの腕を掴んだまま言った。

 ガイキは周囲を見回した。

 うっすらと球形の壁に包まれて宙に浮かんでいる。

 その壁には背後の今まさに噴火した火口から飛んでくる噴石や火山弾が雨あられと降り注いでいたが、ヒビ一つ入ることなく静かに内部を守っていた。

 「こりゃ、またお前さんの魔法か?」

 ガイキはいつの間にか結構距離を取っていた火口を眺めやりながらおっかなびっくり尋ねた。

 「いえ、これは、岩のゴーレムの目です」

 「は?」

 ガイキは静音の方へ顔を向けた。

 静音は苦笑しながら肩をすくめた。

 「いらないと言おうとしたんですけれどもね。剣をとられたなら、とられる心配のないものをやろうと、拒否する間もなく与えられまして」

 ガイキを掴んでいない方の腕を伸ばし、手首を返すとまるでドアをノックするかのように壁をコンコンと叩いてみせた。

 「まあ、役に立ちましたんで、結果的にはよかったですかね」

 ガイキは答える事が出来ず、静音に倣って壁に手を伸ばし、触ってみた。

 あの時は水晶にも思えた材質だったが、そういえば、己の剣で砕こうとがんがん刃を叩きつけたのに傷一つつかなかった事を思い出した。

 「これは一体なんだ?」

 つるつるとした表面を指先でこすった。そこへ大きな噴石が当たったので思わず「うわ」と声を出して手を放したが、当然壁は無傷だ。

 「魔力障壁の一種でしょう。多分」

 「多分?」

 静音は足元を流れはじめた溶岩を見下ろした。

 「今の所、私の魔力障壁より強力ですし、自分で作れないものはよく判りませんし」

 「今の所?」

 静音は笑う。

 「自分以外の人間ごと球で囲って宙に浮かせるなんて、やったことありませんし、この『シェルター』、次元の間に押し込む事も出来るんですよ」

 言った途端、周囲が薄曇りのような色になり、何もなくなった。

 「練習すれば、そのうち似たようなものは作れる気がしますが、あるなら便利に使わないと」

 するりと再び外は山の風景に戻った。

 火口からはまた少し遠ざかっていた。

 「ゴーレムの司令塔はこの空間に設置されていた土魔法の刻まれた魔核です。動力源たる胴体部の魔核とのつながりを破壊したので、あの時倒れ伏したのです。その後、魔法で球を砕こうとしたのですが、ご存じの通りできませんでしたね」

 「ああ、あの時の魔法な……。見たことが無い魔法だったが、あれは雷なのか?」

 「ええ。電気系統は落雷に弱いですが、魔力回路も同じでしたね」

 「魔力回路?」

 「岩のゴーレムの内部は魔力回路が張り巡らされていましたよ。そこを魔力が通るんです」

 「魔法陣のようなものか?」

 「似ていますかね」

 見た目には全く分からなかったが、確かに腕や足を砕いていた時、何か魔力の抵抗のようなものを感じてはいた。

 「動脈と言ってもいい中枢の回路と魔力路はゴーレムの身体の中心を走っていました。そこさえ保持できていれば魔核の魔力がつきるまでどんなに壊されても修復は可能でしたね」

 「最初にそこを破壊したのか?」

 「ええ」

 「見えていたのか?」

 「ええ」

 ガイキには想像もつかなかったが、出来ると言うなら出来るのだろう。

 諦めたように溜息をつくガイキだったが、静音には、訓練さえすればガイキもそれくらいのことは出来るようになるのではと思っていた。

 この男を魔力視で見る度、有り余る魔力を身体強化にしか使っていない事を不思議に思っていたが、段々とそこに「封印」が見えてきて納得したのだった。

 その封印は背中の剣が補強し、守っている。

 守りながら、しかし、刃からは時折魔力が迸る。

 それはガイキの気力が押し出しているのだった。

 どう考えても、特殊な事情があるとしか思えなかった。

 恐らく、幼いころ両親と東の森に隠れ住んでいた事とも無関係ではないのだろうが、本人が明らかにする気がない以上、静音も余計な事を言うつもりもない。




 火砕流は麓の村まで押し寄せたが、学者が一晩かけて構築した土魔法の障壁と、得意の風魔法で作りだした必死の風防壁でなんとか守り切って見せた。

 山まで続く道や森はひどいありさまだったが。

 学者に協力した土や風属性の魔法を使える者たちは、魔力を使い切ってへとへとになっており、学者も疲れた顔をしていた。

 静音とガイキは、あの後、前日野営した草地で一晩過ごした。

 勿論「シェルター」に入って。

 風向きや火口の位置からあまり噴火の影響をうけない場所だったが、地震は避けられなかったので。

 気疲れする所へ急いで戻る必要もないと判断してのもう一泊だった。

 静音とガイキも疲れていたのだ。




 「いいなあ。僕だって上にいたかったよ」

 学者は不満そうだった。

 「適材適所だったではありませんか」

 静音は冷静に答えた。

 ガイキと二人で、王子に浄化の報告をしている所だった。

 村人たちは、とにもかくにも命が無事であったことと、村が守られた事で王子一行に感謝し、中央広場の野営地と、王子には村長宅を開放し、積極的に食料など提供していた。

 耕作地と牧草地が多少被害を受けたが、それでも村としての損害は大したことではなく、取り返せないものでもなかった。

 「そうだけどさあ……」

 中央広場の祭りのような賑わいを見ながら、学者は深く深く溜息をついた。

 「お疲れのようで」

 「まあねえ」

 答えつつ、王子の方をじろりと見た。普段の学者からは考えられない冷ややかな視線だった。静音は少し驚いた。

 「前から言ってましたけど、殿下、魔法は火魔法以外も強化するべきですよ。本来なら土魔法なんて適正が平均以下の私が、なんで魔力出しきって倒れるまでがんばらにゃならんのです」

 「すまんな。火魔法以外の適性だと、皆鍛えたがらんのだ」

 「アリオ殿だって聞けば水は適正があるらしいじゃありませんか。頭固いにも程がある」

 へえ、と静音は意外に思った。

 複数属性に適性がある人間はそこそこいるのかもしれない。

 「今回の件とそなたのおかげで、遠征隊の人間で土や風の適性がある者は相当鍛えられたぞ」

 「最初から鍛えておけばもっと楽だったという話ですよ。本来は災害なんてそうそう予測できるものでもないんですから」

 確かに、今回でも時間との闘いだったのだ。瞬時に大規模な発動が出来ればうまく災害にそなえられるに違いない。

 「魔導士団には、再々申し入れているんだがな」

 王子は苦笑いしながら言った。

 「塔からも何度も進言していますよ」

 「そうだな……」

 王子も疲れたように溜息をついた。

 「魔導士団は、その殆どが貴族だ。なかなかな……」

 なるほどな、と静音は思った。

 先の光魔法の貴族令嬢たちの事を考えても、その性質上魔導士団は王族でも御しきれない権力を有しているのだろう。

 それを考えると、現状それを揺るがしかねない静音に対する「生かさず殺さず」の扱いもよく判るような気がした。

 「そういえば、先だっての火魔獣や水蛇やゴーレムの魔核は、今回大いに役立った」

 気を取り直したように王子は顔を上げて静音とガイキを見た。

 「人間の魔力不足を補って余りあった」

 聞けば、学者が魔法陣を使って魔核から魔力を取り出し、障壁づくりに使ったらしい。

 火や水の魔物の魔核でも、取り出して「純粋な魔力」に換えて使う事が出来ると学者は言い、そこで静音は首をかしげた。

 そんな事が出来るのなら、周囲のいたるところに存在する魔力粒子を集めて使う事など容易いのでは……

 「どうかした?」

 学者は目ざとく静音の不思議そうな表情をとらえて問いかけた。

 「いえ……、何度も言いますが、私は自分の中の魔力を感じたことがありませんので」

 「ああ、そういえば君、魔力切れなんて縁がなさそうだもんねえ」

 「ええ、まあ」

 余計な事を言わないよう、曖昧に答えた。

 「君の聖魔法って不思議だよねえ……。魔力計測器は全く反応しないのに恐らく無尽蔵だよね」

 「そう……なんでしょうか。私は魔法の無い世界に住んでいたので未だに色々と理解が及びません」

 それはその通り。

 城にいる間も色々と本を読んだりもしてみたのだが、書いてあることがどれもこれも理解も実感もできなかった。

 「まあ、それでも実際使えているからねえ」

 学者は腕を組む。

 彼はこの遠征で、一つ論文を書くつもりでいたのだった。

 観察と考察で終わりそうだが。

 「ところで、休ませてほしいのだが」

 ガイキが横から初めて口を出した。

 「ああ、悪いね。もう報告が無いなら構わないよ」

 王子が答え、二人は去ろうとしたが、ふと静音が立ち止まった。

 「あの、火口から離れようとした時、恐らく「見えない鳥」に襲われました」



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