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月影映る  作者: 林伯林
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 外から見ていたガイキや学者に聞くと、静音が球体の中に入ってから一分足らず。突然表面が光ったと思ったら、球体は消え失せ、静音が立っていたという。



 「中で何があったんだい?」



 学者が興味津々で尋ねてきた。

 静音は眉を寄せた。

 「特に何も。暁の神官の声が聞こえました」

 「え、何話したの?」

 「ゴーレム退治ご苦労様。次の魔沼は古い火口だが生きているので気を付けろ」

 「え、噴火するって事?」

 「可能性があるという事でしょう。魔は火の地脈を活性化させるそうですよ」

 「なんと」

 初めて聞いたらしく、学者は考え込み、それからすぐに王子の馬車の方へ足早に去って行った。報告に行ったのだろう。

 「今の話は本当か」

 ガイキが後ろから尋ねてきた。

 「そう言われただけですよ?」

 「だが危険性はあるわけだ」

 魔沼の火口にはもう三十分も歩けば辿り着く。

 「皆様には下りて頂くというのでいかがです?」

 静音は、学者の後を追うように歩き出した。

 「確かに、必要最小限で向かった方が良いかもしれん」

 王子は馬車の扉を開けて学者の報告を聞いている所だった。

 静音は王子に皆を下山させるように言った。

 「機動性を上げて対処すべきです。私一人で行きます」

 「なんだと」

 ガイキが隣で怒鳴った。

 「俺は行くぞ。お前さんの補助をするのも契約の内だ。足手まといにはならん。邪魔なら放って下山しろ」

 「え、そうなんですか。知りませんでした」

 静音は驚いてガイキを見上げた。

 「実はそうなんだ。行くからな」

 「僕、僕も行くよ!気にしなくていいから!勝手についていくから!」

 学者も追従するように声を上げたが、静音は拒否し、流石に王子からも止めが入った。

 「君の身柄は、私預かりになっている。塔の優秀な学者を危険と判っている所へやるわけにはいかない」

 しまいには「命令だ」と言われ、学者は漸く諦めた。

 そもそも本当に噴火するなら、学者は下山してふもとの村で王子と一緒に避難等の対処に当たった方がいい。


 結局、静音とガイキの二人で行く事になった。


 下山していく皆を見送りながら、静音は大きく息をついた。

 「せいせいしたって顔だな」

 ガイキが笑いながら言った。

 「実際せいせいしましたから」

 静音は真顔で答えた。

 二人して下山組に背を向けて歩き出した。

 目的地までは三十分の距離だったが、全員が降りて、ふもとの村の避難が済むまでは待った方がいいだろうという事で浄化は明日に持ち越しになった。

 二人が向かうのは野営地だ。

 少し登った所に広い草地があるらしい。

 登ってみて、この岩だらけの山になぜ草地が出来ているのか理解した。

 広大な水たまりがあった。

 「雨が降ると溜まるんだろうな」

 平らな場所に出来た窪地に溜まった水は、流れ出す場所もなく、暫くは溜まったままなのだろう。

 「雨が多い山なんですかね」

 「そうなんだろうな」

 遠くの岸に野生馬の姿が見えた。水場になっているのだろう。

 どこでテントを張るか周囲を見回した。

 「お前さんがいいなら俺のテントで寝るか?」

 ガイキの申し出は、常日頃の静音の状態を知っているからこそだったが、静音は丁重に断った。

 「一人がいいんです」

 ひょろひょろとした木ばかりの木立ちがあった。

 「あそこにテント張ります」

 「どうせ火の番を交代でしなきゃならん。テントは一つでいい」

 「ああ……」

 今までそういった事だけは免除されていたのだったが、今晩は二人しかいないのだ。失念していた。

 「では一つ、試させてもらいたいことがあるのです」

 静音は木立の前に立つと、固さを確かめるように地面を何度か踏みしめて、両手を上げた。

 見る間に土が盛り上がり、壁となって大きな箱状になった。

 上部に四角く小さな開口部を作り、下部には人が一人通れるほどの出入り口を作った。

 万が一にも崩れることが無いように、コンクリート並みにぎゅっと固めた。


 あっという間に、小屋が出来上がった。


 「ええと、こりゃ……」

 ガイキは呆気にとられたように小屋を見上げた。

 「テントの代わりにどうですか?」

 静音は出入口から中に入ってみた。

 縦三メートル強、横四メートル強程度の広さがあった。

 「一晩寝るだけなら充分だが」

 静音はタープを広げると端を出入口の上部に魔法で留めた。

 「これで風を防げます。上の窓は空気の出入りの為にも開けておいた方がいいかなと思います。雨が降ったらまた何か考えます」

 「ありがたくここで寝させてもらうが」

 ガイキは小屋内部を見回した。

 「これ、黙っていた方がいいんだよな?」

 静音は笑って頷いた。

 「お願いします。あの人達に知られても良い事は何もないでしょうし」



 ひょろひょろの木立ちではあったが、枯れ枝も多少は落ちていたのでそれを拾い集めた。

 静音は、ふと思いついたように、池の傍へ近づき、岸の辺りを棒でつついてみた。

 黒い柔らかい土にずぶずぶと刺さっていく、

 土魔法で掘り出して固めると、水魔法で水分を抜いた。

 出来上がったブロック状の物に火魔法で小さな火種を飛ばすと、燃え上がった。


 「お、なんだそれ」

 両手いっぱいに作ったそれを持って戻るとガイキが珍しげに見てきた。

 「泥炭ですね。多分」

 焚火の中に二つ三つ足すと炎が勢いを増した。

 「おお、土が燃えた」

 ガイキが思わずといったふうに声を上げた。

 「気温が低い湿地帯に出来ると聞いたことがありますが、ここは湿地帯というわけではないのに不思議です。条件が合っているのでしょうね。まあ私がいた世界と同じであればですが」

 「ふうん」

 ガイキは置かれたブロックを手に取ってしげしげ眺めた。

 「珍しい事を知ってるな」

 「こちらにもある知識だと思いますよ。こうやって存在するんですから」

 「まあそうかもしれないが」

 静音は鍋の中に水魔法で水を出し、火にかけた。

 自分自身の手も水魔法で洗って(洗浄魔法もかけ)、遠征隊の食糧から分けてもらった干し肉を入れて出汁をとり、ざくざくナイフで切った野菜を放り込んだ。

 「手馴れてるな」

 「まあこれくらいなら」

 「色々見ていると、貴族階級の娘にも見えるんだがな」

 「庶民ですって。そもそも私のいた国は身分制度が廃止されていますから貴族はいません」

 「それがな。あまり想像がつかない」

 「まあそうでしょうねえ」

 経験したことが無ければ想像もつくまい。

 「古い家系の人達がいなくなったわけではなく、伝統を守って代々受け継いでいる家の人達もいます。それはそれで大変そうですけども」

 「そうだろうな」

 ガイキは道々狩った兎を捌いていたが、切り分けた肉を串に刺して焼き始めた。

 食欲をそそるにおいが漂い出した。

 「身分制度が無い国で貴族家を維持する事も想像がつかん」

 「ガイキはこの国で生まれたんですか?」

 何気なく尋ねると、ガイキは首を振った。

 「いや、実は東の森で生まれたんだ」

 隣国との間に広大な森が存在することを静音は既に知っていた。

 「この国と隣国の間にある森は魔物が多くて、緩衝地帯になっている。つまりどちらの国にも属していないんだ。人が住めないと言われている土地だが、俺の親はそこで暮らしていて、俺はそこで育った」

 「ご両親は安全に暮らせる方法をご存じだった?」

 「そうだったんだろうな」

 溜息をついた。

 「魔物避けの結界を張ることができる魔道具が住処を守っていた。二人とも狩りの腕はたしかだったんだろう。少なくとも飢えたことはなかった。俺は父親に剣を仕込まれた。母親は弓と魔法を教えてくれたが、俺の魔法は外へ発動が出来なくてな。身体強化しか出来ないが、まあそれなりに使えるようになった時、魔物に襲われて両親は死んだ」

 「魔物避けは利かなかった?」

 「どういうわけかな。父親は森を出て暮らせと言い残した。この剣は父の形見だ」

 背中に背負った大剣の柄を握ってガイキは言った。

 「父はこの国の出身だったらしいのでこの国に来た。剣で身を立てるには傭兵になるしかないと言われたので傭兵になった。仕事は主に魔物の討伐だったので、森に暮らしている時と大差ない生活だったな」

 「ご両親の事情は分からないんですか?その剣一つとっても何か由来がありそうですけど」

 「調べれば判るのかもしれないが、興味が無くてな。間違いなく隠れ住んでいたわけだし、下手に明らかにする事もなかろうよ」

 ガイキは自分自身が生きていく事にしか興味が無さそうだった。

 そうやって生き延びてきたのかもしれない。

 「お前さんの両親はどうだったんだ」

 訊ね返され、不意に静音は両親の顔を思い出して言葉に詰まった。

 帰れない、と気づいた時から考えないようにしてきたのだったが。

 「うちはごく普通の親でしたよ。父は会社……こちらで言うと商会のような所で働いて、母は家の事をしていました。平均的な家庭でした」

 「済まん」

 ガイキが詫びたのは、静音の目が少し潤んだのを見逃さなかったからだ。

 「いえ、大丈夫です」

 深呼吸して答えた。

 「家から独立して長いですし、親が恋しい年でもありませんから」

 静音の認識では、ドライな親子だったと思う。

 それでも、仲が悪かったわけでもなかったので、もう二度と会えないとなれば、胸が締め付けられる心地がした。

 それきり言葉は途絶え、二人は暫く黙って食事にいそしんだ。

 日が暮れたので、最初は静音が火の番をする事になった。

 その時になってガイキが小屋を囲うように小さな杭を打っていた事に気が付かされた。

 「あれは魔物避けだ。滅多な事では寄ってこないはずだ」

 静音は頷いた。



 魔物避けの結界の外側にもう一つ結界を張って、静音はガイキが寝たのを確かめてから、収納空間からタブレットを取り出した。


 元の世界ではたまる一方だった電子書籍を消化する事にした。

 時間になって、ガイキが目を覚ますまで、一心に読みふけった。



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