23
朝起きて、テントを畳んでいると王子と王子の従者がやってきた。
後ろには学者の姿も見える。
「そなたの剣を渡してほしい」
王子はそう言った。
静音は王子の美しく整った顔を見あげ、何かを言いたげに口を開きかけたが、後方の学者のにこやかな顔に目を留めると肩をすくめた。
腰に留めたベルトごと外して王子に差し出す。
王子の従者が進み出てそれを受け取った。
その剣身に帯びた魔力の効果か大した重さも感じずに身に着けていたが、妙に身体が軽くなったような気がした。
「それでは」
「いや、もう一つ」
静音は片付けの続きに入ろうとしたが、王子は更に止めた。
「鞘から抜いてくれないか」
静音は今度こそ呆れたような顔をして王子を見やった。
「そなたから取り上げようというわけではないんだ。ただ、そなた以外に抜けないというだけで、誰でも使えるようではあるので、討伐など、そなたにわざわざ危険な事をさせるくらいなら、誰か騎士にでも持たせた方が良いのではと思ったのだ」
王子の言は、言い訳じみて聞こえもしたが、実際そう思いもしたのだろう。
静音は手を伸ばし、与えられたときからしっくりと手に収まる気がしていた柄を掴んで鞘から引き抜いた。
「どうぞ」
従者に手渡す。
王子は従者の手から抜身の細剣を受け取った。
「随分重量があるのだな。やはりそなたには扱いづらかったのではないか?」
「いえ、軽かったです」
「そうなのか?」
「ええ」
もう用は無かろうとばかりに静音は背中を向けた。
畳んだ布が風にあおられて飛びそうだったからだ。
出立時間は迫っている。
なんでもやってもらえる王子とは違うのだ。
そう言わんばかりに静音は動き始めた。
「そなたの従者はどうした」
「自分の片付けをしているかと思います」
ばたばたと暴れまわる布を押さえて小さくし、テント前の小さなたき火跡の石組を崩し、静音は答えた。
野営用の品一式を袋へ入れ、荷馬車に積んでもらわねばならない。
「傍にいない従者など聞いたことが無いぞ」
「私に言われましても」
「家臣を扱いきれないとなれば主の能力を疑われる。そなたが魔導士たちに舐められているのはそのせいではないのか」
王子としては当然のことを言ったまでであった。
だが静音は一気に表情を凍らせ、王子の後ろにいた学者は片手で顔を覆った。
「あの人は私の家臣ではありません」
ひやりとした空気がよぎった事に王子は気が付いた。
「従者として与えたと宰相には聞いているが」
「お給料を払っているのは私ではありません。あの人は「宰相が雇った」私の護衛であり監視者であると認識しています」
「そうか……変わった考え方だな」
「そうですか」
ぱんと袋を広げて野営道具一式をしまうと、口をきゅっと絞った。
まとめてしまうと驚くほど小さかった。
「荷物はそれで全てか?」
「野営道具はそうですね」
アンナが用意してくれたものは別にもう一つ小さなトランクがあり、そこに全て入っていた。いちいち野営の度に上げ下ろしの必要は感じず、荷馬車の所定の位置に積みっぱなしにしている。
着替え等はそこから出していたが、漸く空間魔法の扱いに慣れてきたので徐々に必要なものは収納空間へ移している所だった。
「もっと色々必要なのではないのか?」
王子の基準は魔導士の貴族令嬢たちなのだろう。
比較が極端すぎる。
「今のところ私はこれくらいで済んでいます」
「そうか。昨日の水蛇討伐の褒賞に何か与えようと考えているが必要なものは無いか」
「ありません」
王子は「は?」とその美しい青い瞳を見開いた。
「では失礼」
静音は袋を抱えて荷馬車へ向かって歩き出した。
「セラ、ねえ、本当に欲しいものないの?」
後を追いかけてきた学者が声をかける。
「ないですね」
荷台に上がって所定の位置に袋を置くと、静音は学者の前におりてきた。
荷をまとめている騎士たちの邪魔になるのですぐにその場を離れる。
学者はずっとついてくる。
「欲が無いんだねえ」
「いえ、人並みにあると思いますよ」
「じゃあ相手は王子なんだしなんでも言えばいいのに」
「この先遠征なんか行きたくないと言ったって通らないでしょう?」
「ああ、そりゃ……無理だね」
「そういえばあなたやアリオは何か貰ったんですか?」
「僕は素材を一部頂いたよ。アリオについては知らない」
「そういえばガイキは火魔獣の褒賞もらったのかしら」
「彼の褒賞は恐らく金だと思うよ。彼の立場は雇われ剣士だからね。依頼料の上に、魔物討伐ごとにそれに応じた金が支払われる。そういう契約になっていたはず」
「へえ」
そういえば、静音に関しては、「契約」というものが存在していなかった。
遠征に出る事が当たり前とされていた為、誰もそれが必要と思わなかったのだろう。
静音もこの世界の変な制約に縛られるのを警戒して言い出さなかった。
おかげで、給金が発生するかどうかすら知らされていない。
誰も気にしていない。
アンナが荷物の中にそっと入れておいてくれた十枚ずつの金貨と銀貨がなければ、静音は現在無一文のはずだった。
「この世界の貨幣ってどういうものがあるんです?」
「え、そんなことも教えられてなかったの?」
学者は驚いた。
「そんなことというか、何一つ教えられていませんよ?」
自分で買い物に行く事さえ許されなかった。
「そ、そう」
学者は流石にあんまりだと思ったのか静音に硬貨を出して説明してくれた。
鉄貨から始まり、銅貨、銀貨、金貨があること。
銅貨の上には大銅貨、銀貨の上には大銀貨、金貨の上には大金貨がそれぞれあること。
ほぼ商取引でしか使われない白金貨も存在する事。
王都でパン一個買うには大体銅貨数枚から大銅貨一枚。
宿を取るには銀貨数枚。
少し良い所に泊まろうと思うなら金貨一枚前後。
そういう相場まで教えてくれた。
静音は、大体銅貨が百円、銀貨が千円、金貨が一万円くらいと当たりを付けた。
「なるほど。貨幣価値は大体わかりました。ありがとうございます」
「何でも聞いて。このくらいならお安い御用だよ。でも暁の神官から授かったこの世界の基礎知識って貨幣価値は入ってなかったの?」
「神の視座ですからね。こういう細かい事はどうでもいいんでしょう。そういえば、これってこの国の貨幣なんですよね?他国の貨幣はまた違うんですか?」
「言葉と一緒で流通している貨幣に差は無いよ。その国独自の貨幣もありはするんだけど、あまり見かけないね」
この世界には真贋を見極める魔法や魔道具があるそうだ。贋金が流通する心配があまりない為、どこも無頓着に同じ貨幣を使っているらしい。
「へえ」
何でも魔法で解決か、と思う。
魔法がないとこの世界は立ち行かないようだ。
貨幣を作るのも魔法らしい。そちらについては「詳細は一般には知らされていない」そうだ。静音は多少興味を引かれた。
「出発だ」
知らせの声が響き渡った。




