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水蛇の解体は請われて静音が補助した。
鱗や牙や骨等、武具や魔道具の素材になるからと。
騎士たちに手袋をつけさせ、その手袋に水の障壁をまとわせた。
そして、取り分けられた素材からは毒を魔法で洗い落とした。
「ねえ、何時の間に水魔法使えるようになったの?水だけじゃなくて解毒とか治癒とかも出来てるよね?」
アディトリウスは静音の横に立って素材を洗うのを手伝いながら話しかけてきた。
「旅しているうちに徐々に出来るようになってきました」
「え、なんで黙ってたの?」
「明らかにしても何のメリットもないどころかデメリットしかないと思ったからです」
「そう……」
「あのさ、暁の神官に会ったってどこで?」
「ここで」
「ここ?」
アディトリウスは周囲を見回した。
「正確にはあの林の中ですね。崩れた神殿跡がありました」
「は、暁の神官って人間じゃないの?」
「多分違いますね。彼は「神の使徒」のようです」
「会って、何を話したの?」
「色々質問はしたのですがね。あまり答えてはもらえませんでした」
「答えてもらえた事だけでも教えて」
「嫌ですよ、と言いたい所ですがね。殆ど何も。一方的にこの世界の知識と魔沼の事等を頭に流し込まれただけでした。恐らくそれを「祝福」と言ったのではないですかね。トーヤにとっては祝福だったのでしょう」
「君にとっては?」
静音は渋面で答えた。
「この程度の情報、もっと早く与えておいてくれないものかと。あなた方は相手を無知のままにしておく方が都合が良いと考えていたのでしょうし」
「手厳しいね」
「さっさと元の世界へ帰せと言ったら、今は出来ないと言われましたよ。神に文句言わせてくれと言ったら、人間とは成り立ちが違う存在なので無駄だそうです。腹立たしい」
静音はそろそろ解体も終わるのを見て、素材全体を風魔法で乾かし始めた。
「風魔法まで使えるんだね」
「ええ。そういえばあなたは風がお得意のようですね。複数属性は珍しいとおっしゃっていましたけど火も使いこなしていらっしゃるようだし、さすが学者さんという所ですか」
「ん~、僕の場合は趣味だからね」
「ああ……」
静音は頷いた。
学者馬鹿ですもんね、と目が語っていた。
「渡り人殿」
背後から声をかけられ、静音は振り向いた。
背の高い男が立っていた。
頭髪には白いものが混じっていたが、がっちりとした身体は見るからに鍛え上げられている。
「こちらの領主殿で辺境伯だよ」
アディトリウスが囁いた。
「直にお目通りしてお礼申し上げたかったのです。このような機会で、申し訳なくはありますが」
「はあ」
静音は少し驚いた。
今まで訪れた街や村の領主は王子優先で、顔合わせの機会があってさえも静音にわざわざ丁寧に接してくれた者はいなかったからだ。
「浄化の御業には感謝しかありません。その上この度は私の部下を救っていただきました。本当にお礼の言葉もありません」
辺境伯の瞳は真摯だった。
少なくとも、王子たちのようにわけのわからぬ思惑があるようには感じなかった。
「出来る事をしただけです。お気遣いは無用です」
「それでも感謝しかないのですよ。この世界の人間には手も足も出ない事だったのですから」
辺境伯は胸に手を当て礼を取った。
後ろに控えた騎士たちも同様に。
静音は目を見開き、微笑んだ。
「決して私自身が望んだ事ではありませんし、未だに理不尽さを感じてはいますが、皆様の感謝の気持ちは受け取りましょう」
「今夜は我が別邸にてお休みいただきたいと思うのですが……」
「野営地の方が気が楽ですので、何度も言うようですがどうかお気遣いなく」
「そうですか。聞けば貴族にはあまりなじまれていないとの事。無理は申しますまい」
「助かります」
静音は一礼して踵を返した。
「セラ、もういっちゃうのかい」
もう少し話そうよ、と、アディトリウスがその背中に哀れっぽい声をかけた。
「明日も朝早いじゃありませんか。もう寝ますよ」
「じゃあ野営地まで送るよ」
「必要ないですよ。迎えが来ました」
静音が顎をしゃくるのでそちらを見ると、闇の中から従者が現れた。
「歩きだと時間かかるよ。馬借りない?」
静音は深く深くため息をついた。
***
「屋根のある家より外で寝る方が寝心地がよろしいなんてどんなお生まれなのかしら」
馬を借りてくるとアディトリウスがその場を離れた途端、聞こえるように嫌味を飛ばされた。
静音は右から左へ聞き流す。
日本ではアウトドアが大流行で、むしろ金のかかる趣味の筈だったが。
まあ静音のテントは急ごしらえで、頼りない布一枚で張られている。隙間だらけで風は入り放題、雨でも降れば中はずぶ濡れと思われている。「信じられない」と思われるのも無理はないか。
そして決して静音はアウトドアが趣味なわけではない。
むしろ家の中が大好きだ。
「エイディス」
静音が珍しく従者の名を呼んだ。
「はい」
従者が答えた。
嫌味の主がはっと息をのむ気配が伝わってきた。
予想通り、松明の灯りから離れたこちら側に、気配の薄い従者がいることに気が付いていなかったと見える。
「そのうち機会があれば乗馬を教えて下さい」
こそこそと光魔法の娘が去っていくのを見やった。
「承知しました」
「馬連れてきたよ~」
能天気な学者の声がした。




