02
そもそも最初は夜の散歩をしていたのだ。
仕事帰りに少し遠回りをして。
桜はもう終わりかけで、はらはらと音もなく散り続けていた。
公園ではなく、人通りも少ない裏道で、大きな古い屋敷の塀を乗り越えて張り出した枝の下、ふっと風にあおられて視線をそらして戻す、そのわずかな時間に。
次元を渡る魔術は発動し静かに終息していた。
突然世界が変わったのは、感覚が理解していた。
理性は拒絶していたが。
目の前には、日本の風俗からはかけ離れた服装の面々が控えていた。
そしてそれぞれが驚いていた。
聞けば、この国には神器があるという。
魔の極まりし時祈りを捧げよ。さすれば力持つものが現れよう。
そう言い伝えられているという。
とはいえ、「魔が極まる」などという事は数百年なく、誰しも神器のことなど忘れて過ごしていたらしく、言い伝えに則って祈ってはみたものの半信半疑であったらしい。
突然の事にお互いが面喰っていた。
そして探り合った。
「魔をはらっていただけるのか」
「そも魔とは一体なんでしょうか」
事情を話し合った後、最初の魔の沼へ連れて行かれた。
この世界に魔法がある事は聞いた。
聞いたがしかし、それがいかなるもので、どうやって発動させるものか、魔法が無い世界から来た人間にはどうにも理解しがたく、そううったえもしたのだが、「時間が無い」というこちらには何の関係もない理由で目の前の黒い水が湧きだす沼をどうにかしろと言われた。
どうにかしろと言われてもどうする事も出来ないと首を振りつつ、一歩前に進み出た。
こちらに迫ってくる面々はどれもこれも射殺すような眼差しで、それよりは黒い水の方がまだマシに思われたのだったが、一歩近づいただけで、水は水ではありえない動きをしてこちらに襲いかかってきたのだった。
目の前いっぱいに広がる黒い影。
そのように見えた。
手には神殿で祈って手に入れる「聖水」を持たされていたので、咄嗟にそれを影に向かって撒いたのだが、何の効果もなく覆いかぶさってくるそれにせめてもと手ではらった。
はらった手にそれはつる草のように絡み付いてきた。
袖が黒く燃え上がり熱が走りぬける。
いや、熱によるものか冷気によるものか判断がつかない痛みだった。
声も上げられず、死を覚悟したが、その瞬間こみあげてきたのは怒りだった。
理不尽にも程がある。
こんなところで、何故死ななければならないのか。
燃え上がった右手が腰に差しておいた細剣を引き抜いた。
最後のあがきのつもりで襲い来る影に突き立てる。
突き立てた場所を起点にして強烈な光が弾けた。
結果として、異世界渡りの異邦人世良静音は「魔をはらう」力の持ち主である事が証明された。