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月影映る  作者: 林伯林
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 アディトリウスは急がせていた馬が速度を緩めた事に気が付いた。


 周囲を固める騎士たちやアリオの馬も同様だった。

 「どうしたんだ」

 騎士たちは自分の馬の首等を軽くたたいてみるが、馬は落ち着かなげに足踏みしていかにも進みたくなさそうにしている。

 「あとちょっとなんだけど」

 アディトリウスは夜の闇にじっと目を凝らした。

 先ほど、一瞬だけ膨大な魔力があふれた場所は、耕作地の外れにある林のあたりだった。

 月の光がない夜は松明の灯りも頼りない。魔法で光球を幾つか飛ばす。

 松明よりはいくらか明るくなり、いささかほっとした空気が流れる。


 「アディトリウス殿」


 アリオが同じく林の方を見つめながら眉間にしわを寄せていた。

 「ああ」

 アディトリウスも気が付いた。

 風もないのに、林の木々が揺れている。

 「下がっていてください」

 距離にして百メートル程はあるだろうか。

 しかし、枝を折る音、何かを引きずる音が確実に響いてくる。

 アディトリウスは百メートル先、その音が林の中から出てくる場所へ向かって光球を投げた。


 木々の間から現れたのは、巨大な蛇だった。


 「あ~、今出てきたんだ」

 アディトリウスは呟いた。

 「判っておいでだったのか。いや、下がって」

 アリオが暢気すぎる学者に向かって手を振った。

 「いやあ、火魔獣の次は蛇かなあとは思ってたもんだから。ほら、『旅の覚書』でさ」

 「あんな、与太話のようなものを」

 アリオは吐き捨てるように言った。

 「そうとも言い切れないんだよねえ。色々と……」

 馬たちが怯えたようにいななく。

 回れ右をして引きかえせば逃げることは可能だろうが、ここで逃げ出すと耕作地へ入られる。誰も止めるものがいなければ村にまで入ってくるだろう。

 「学者殿は城まで戻って事情をご説明願えませんか」

 騎士たちは馬を下りながら言った。

 「え、いや、僕は残るよ。君たちの誰かが連絡に行ってくれないか」

 「命の保証は出来かねますよ」

 「うん。自分の身は自分で守るから」

 領主からは学者の意をなるべく尊重するよう指示されている。

 仕方なく一番若い騎士を城へ戻す事にした。

 「なるべく後ろにいてください」

 そういって腰から剣を抜く。

 この領地の騎士たちは魔物には慣れている。

 突然現れた大蛇には驚いたが、騎士五人もいれば討伐できない事はないだろうと踏んでいた。攻撃魔法に特化した魔導士も一人いる。

 大抵の事態には対応できるだろうと。

 その魔導士アリオは、炎の塊を蛇へ向かって打ち出した。

 先日の反省も込め、威力もスピードも充分考えて放ったつもりだった。


 大蛇は口を開けると水球を飛ばしてきた。


 炎と水は空中で相殺し合って大量の水蒸気を上げ、周囲を真っ白に染め上げた。


 「風!」


 アディトリウスは慌てて唱えた。

 少し強すぎる風が吹きすぎ、蒸気をはらった。


 視界が戻った時、騎士たちは大蛇のすぐそばまで迫っていた。

 そのまま剣で各々太い胴体に切りかかったが、ガチンガチンと岩にでも叩きつけたような音がして一つも刃が通らない。

 体をくねらせ、しっぽの一振りで大の男たちが吹き飛ばされた。


 「やっぱり無理か。鱗固いんだよね。アリオ君もうちょっと炎弾の温度上げられない?ちっちゃい炎でいいからさ」


 アリオは言われるがまま温度を上げた小さな炎弾を叩きこむ。


 「一個じゃ駄目だよ。出来るだけ沢山」


 蛇が先ほどと同じように水球で対抗しようとするが、アリオはそれを避けて次々と身体中に炎弾を着弾させる。

 蛇が咆哮を上げた。

 空気がビリビリと振動する。

 炎弾が利いていると判断したアリオはますます高温の玉を凝縮して投げ続ける。

 蛇は大きく身をくねらせた。

 どすん、どすんと地響きがして足もとが揺れる。 

 「刺突!」

 アディトリウスは手を振り下ろした。

 鋭い炎の槍が上空に数本現れ、蛇の頭から背中にかけて撃ち落とされた。

 蛇はのたうち、それらを避けたが、アリオの炎弾が同時に襲い掛かり邪魔をしたため、胴体にかろうじて一本突き刺さった。

 蛇は再び咆哮を上げた。

 「よし、炎幕!」

 アディトリウスの手元から炎が吹き出し、蛇の全身を包み込む。

 蛇の表皮が水の保護を失いかけているのか、激しい蒸気が上がる。

 剣が通ると見た騎士が跳ねるしっぽに向かって刃を振り下ろす。

 刃は骨で止まったが、半分は通った。血が吹き上がる。

 「血、よけて!毒だから!」

 アディトリウスの声に騎士は慌てて飛びのく。

 遅れて、蛇は飛んできたアリオの炎弾に血しぶきの上がるしっぽを叩きつけた。

 「口覆って!」

 アディトリウスは袖で鼻と口を押さえた。

 熱で血しぶきが毒の霧と化す。

 騎士たちは息を止めて飛びのいたが、一番近くにいた騎士は毒の霧を吸ってしまったらしく、激しくむせてその場に倒れ込んだ。

 目の端には先ほどからふらつくアリオも見えている。

 魔力の残量が少ないらしい。

 こちらの戦力が落ちている事に気が付いていた蛇はアリオの炎弾が間遠になってきたと見るやその口を開けた。

 蛇の頭の周囲に水球が幾つも浮かんだ。

 毒の霧で目がかすむが、アディトリウスは風を唱えてせめてと毒を散らす。

 「逃げろ!」

 アリオに向かって叫ぶ。

 水球は、先ほどの炎弾に習うように、小さく、その分数を増やし、鋭くとがって、まずはアリオに向かった。

 アディトリウスは「炎壁」と叫んだ。

 アリオの前面に炎の壁が出現する。

 水球は触れると同時に蒸発したが、相殺されて壁も消える。その瞬間を狙ってもう一度水球は矢じりとなって降り注いだ。

 アリオもまた炎壁を張ろうとしたが、魔力残量はゼロに近かったらしく出現したそれはごく薄く、水の矢じりはやすやすと打ち砕いて倒れ伏したアリオに到達する。

 アディトリウスは必死で炎壁を唱えたが、間に合わない。

 アリオの身体が蜂の巣になる。


 と、思った瞬間、一陣の風が吹き抜けた。


 アディトリウスの炎壁が掻き消え、アリオを襲った水の矢じりはまとめて吹き飛ばされた。

 はっと息を飲む間に、アディトリウスのすぐそばを何かが走り抜けた。

 目で追えるスピードではなかったが、蛇の上へ飛び上がった時にその姿が見えた。


 予想通り、異界渡りの異邦人が細剣を振り上げていた。


 細剣の刃は闇に青く光っていた。

 一振りしただけで、あれだけ大暴れしていた大蛇は、その首を落とした。



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