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「こたびの渡り人は女人であるそうですな」
領主の言葉に王子はうなずいた。
「こうやって何度も領主の歓待を受ける度、顔を出すように言うのだが、嫌がるのだ。野営地の方が気が休まるそうだ」
「それは残念な事ですな。お会いしてお礼申し上げたいと思うのですが」
「やめておいてやれ。貴族が本当に苦手らしい」
「おやそうですか」
「私など、口も利きたくないと言わんばかりだ」
王子の言に領主は苦笑する。
美貌で知られた王子であったので、いささか大げさだと思われたらしい。
「気持ち良く浄化を行っていただくためにも、あまり意にそまない事を願うわけにもいきませんな」
食事のテーブルには上座に王子が座し、辺境伯と侯爵子息が同位置、そして侯爵子息の隣に学者が配置された。
ここに渡り人が入るとなると、王子と並ぶ位置になる。
本来なら「浄化の神子」はそういう身分であるのだ。
遠征隊は誰もそのようには扱わないが。
「身に着けていた指輪やネックレス等の貴金属からして上流階級の娘ではないかと思ったのだがな」
「違ったのですか?」
「あちらの世界では、庶民でもその程度は身に着けていて不思議はないそうだ」
「豊かな世界なのですかな」
「少なくとも彼女の国は、誰もが一定の教育を受けられる権利があり、識字率はほぼ百パーセントだそうだ」
「それは、我々には考えられない世界ですな……」
領主は複雑そうな顔をした。
庶民が皆読み書きできる世界とは、どういうものか。
貴族社会にとってはメリットばかりではない。
「このあたりの話はアディトリウスが聞き取りしたものだ。彼女は私には何も話してくれないのでな」
領主は学者を見やった。
学者はゆっくりと、久しぶりに手の込んだ料理を味わっていたが、自分に皆の視線が向けられて少し顔をしかめた。
「私だって大概嫌われていますよ。ただ、尋ねたことにはきちんと答えてくれますから、殿下だって知りたいことがあれば聞いてみればいいんですよ。近寄ろうともしないで」
「あれだけ嫌がられてはな」
王子だとて、ここまで避けられる予定ではなかったのだ。
「嫌がられているのは、魔導士のご令嬢たちのせいもあるでしょう」
「ああ、まあな」
「神殿のご息女たちですかな」
領主が首をかしげた。
この度の食事は、彼女たちには別室でのもてなしとさせてもらった。
色々理由はあったが、王子の方からの申し出でもあった。どう説明したのかは聞いていない。
王子と一緒でない事に不満が出るかと思ったがそうでもなかった。
魔導士は魔導士でまとまって話したいことがありでもしたか。
「筆頭は公爵家のご令嬢だったのでは?」
「渡り人が女であるのが気に入らないのか、色々とな」
「それはそれは」
第一王子には未だに婚約者がいない。
候補は数名存在しているらしいが、魔沼の出現が確認されて以来、候補のままでとどめ置かれていると聞く。
いずれ召喚する渡り人が女人である可能性も考慮に入れていたのか。
「女の争いに口を出すのも考え物ですからなあ」
領主の言に王子は首を振った。
「そう思って静観していたら、全てお前のせいだとばかりに嫌われた」
「フォローはなさらなかったので?」
「する前に、彼女は自分で距離を取った。最初は女同士がよかろうと同じテントに配置したのに、気が付くと野営地の隅に自分でテントを張って一人で過ごしていた。見ていると何でも一人でできるようだ。こちらの手は必要ないと言わんばかりだ」
多少の苛めは最初の内は見過ごして、辛くなった所でフォローを入れて警戒心を解こうというつもりでもあったのか。
「用心深いようでな。誰も信用していない」
「それでは気の休まる暇もないのではありませんかな」
辺境伯はふと呟いた。
北の領地は、他国と接しているわけではないが、魔獣の出来は頻繁にあり、常に緊張を強いられている。南には豊かな土地が広がって、国の食糧庫とも呼ばれている以上、何としてもその手前で食い止めなければならない。
一瞬たりとも警戒を解くことが許されない環境は似てもいる。
女人一人でそれに耐えている、と思えば少し気の毒な気がした。
「そうだろうな。だが誰を受け入れる気もなさそうだ」
今のところ、見ているしかない、と王子は言った。
沈黙が訪れた時、それは走り抜けた。
この場で気が付いたのは学者のみだったか。
顔を上げて、「それ」が来た方角を見る。
「どうかなさいましたか」
領主が尋ねる。
「失礼」
学者はおもむろに席を立ち、北側の窓の鎧戸を開けた。
夜の闇、野営地よりも離れた場所で、魔力と思しき光がじわりとにじんで消えた。
「あちらの方角には何があります?」
今まさに光が消えた場所を指さして学者は尋ねた。
「あちらですか?これといって何があると言う事も……。耕作地の外れですよ」
「今すぐ行ってみたいのですが」
王子の方を振り返ると、うなずいていた。
「では何人か護衛を用意して案内させましょう」
話しているとアリオが駆け込んできた。




