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月影映る  作者: 林伯林
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 「さてと」


 静音は村はずれの空き地---野営地の隅、タープで作った形ばかりのテントの前に立っていた。


 ごそりと中に入り込み、そのまま横たわったふりをしながら、魔法で姿をごまかし抜け出した。

 テントを立てたり、食事の支度をしたり、皆がばたばたと動いている時が一番隠れやすい。

 今回は王子たちと貴族娘達は領主の別邸に招かれている為不在で気も楽だ。

 従者はどうしているか判らないが、

 行先は畑のかなたに見えている林。

 先に魔力蛍を飛ばして探ってみたが、崩れかけた古い神殿があるほかは何もなく、人気もなかった。

 毎日数個の魔力蛍を駆使しながら、静音はこの国の地形を詳細に確認していた。

 時々は空高く上がり、あの満月の夜のように眼下に大陸を見下ろした。

 地理は次第に頭に刻まれていった。


 

 魔力の糸をどこまで飛ばせるか静音は日々試している。

 徐々に距離を伸ばして行き、現在では数キロ離れていても何の問題もない。

 その距離を一瞬で移動するのも可能。

 糸の先を留めて、「手繰り寄せる」のだ。

 自分の方へではなく、糸の先の方へ。

 最初は腕を長く伸ばして先のどこかを掴み、自分の身体を引き寄せるイメージで練習したのだが、慣れてしまえばどうということもなかった。

 魔力蛍を扱いなれたおかげもある。

 複数扱って視点をあちこち移動させ、また同時に全てを見ているうちに、果たして自分の実態はどこにあるのか、あやふやになってしまったのだ。


 その時に、「自分はどこにでもいてどこにもいない」という妙な境地に陥ったのである。


 どこにでもいるのであれば、ここにもいるし、数キロ離れた森にも、山にも、空にもいておかしくはない。


 そしてどこにもいないのであれば、それらの場所にもいないし、ここにもいない。


 魔力糸をあっちにひっぱりこっちにひっぱりして、静音は訓練した。

 その結果、移動は容易くなった。

 空間の把握の仕方も変わった。

 「同時にどこにでも存在する」人間にとっての空間は、通常の人間の認識する空間とは違う。

 ついには「ここにいて、あちらにもいる」というのであれば、転移も出来るのでは、と思い、試してみた。

 何故か、見えている範囲でしか出来ず、これなら魔力糸による移動の方が距離が優っている。


 そして次元を超えるまでは出来ないようなので、帰還はやはりかなわない。




 打ち捨てられた神殿は、石造りで元は丈夫でもあったろうが、長い年月手入れもされずにいるうちに、屋根は崩れ、柱も半ば折れていた。

 静音は、床の一番北よりに積み重なっている瓦礫や土を魔法で撤去した。

 現れたのは意外にも真っ白な床材。

 欠けもヒビも入っていない。それどころか汚れてもいない。


 静音は学者に渡された資料に記述のあった「ヨルヨの神殿」の場所を探していた。

 北部荒野に近い事と、年老いた神官が一人で守っていた事、街外れにある事、程度しか書かれておらず、学者に確かめてもみたが、今となってはその場所もあきらかでないらしい。

 聞くと、その頃このあたりにあった街は百年前の干ばつとその後の水害でなくなってしまい、長い事人の手が入らず、今では村が点在するのみとなっているそうだ。

 ここから少し南へ下れば、豊かな土地があるのである。皆そちらへ移って暫くはだれも近寄ろうとさえしなかったそうだ。いまある村は、当時からの住人ではなく、豊かな南の領主肝いりの開拓団が築いたものだという。

 南に長く蛇のようにのたくった大河があり、水路を引いてそこから農業用水を得て、北からの乾燥した風に対抗している。


 静音がこの神殿に気が付いたのは、軽く林全体に「隠蔽」がかかっていたからだ。

 そこにあるのに、誰も大して気にしていない。

 だが、それがなければ、開拓の際、切り倒されて木材の足しにされ、土地はならされて畑の一部にされても不思議はない場所にあるのである。

 不自然であったがため、魔力蛍を飛ばして探った所、神殿跡を見つけたというわけだった。


 資料には「ヨルヨの神殿にて暁の神官より祝福を受ける」とある。

 トーヤは出来るだけ各地の神殿に寄って参拝していたらしいので、そのこと自体は別段珍しくもないのであるが、「暁の神官」という記述が目を引いたのだ。

 この世界の神というのは創造神から生まれた太陽と月を象徴する神二柱だ。「暁の」と言うからには太陽かと思われるが、通常そういう呼び方はされないという。

 そして、先日新たに手渡された「浄化の旅覚書」にはこのあたりを通った時の記述に「夜明け前に目覚め、呼ばれるように街の外へ出た所、日の出とともに「鳥を見た」」とある。

 そこでなにがしかの託宣を下された、とされているらしい。

 トーヤはその後神殿に詣で、「暁の細剣」を授けられた。

 それが静音の腰に下げられている細剣であるという。

 渡り人でなければ抜けない剣として知られているそうだ。

 静音にとっては神も神殿も胡散臭いだけではあったが、この剣に関してだけは「力がある」という一点のみでその出所を探ってみる気になった。


 暁の神官とは何者であったのか。


 荒れ果て崩れた神殿を魔力視で見ると、その下から魔力がにじみ出ていた。

 その影響でこの木立が長い間保たれているのは明らかだった。

 一際魔力が強い場所が、たった今静音が掘り返した場所であった。


 静音は床材の端に指をかけると魔力を込めて引き起こした。


 その下からもう一枚石版が現れる。

 そこには魔法陣が描かれていた。 


 魔法陣の中央には、特別大きな魔核が設置されていた。

 そこからじわじわと魔力が吸われ、魔法陣を隅々まで満たしている。

 何のための魔法陣なのか静音は暫し描かれた文字を読む。

 初級教本の知識では穴だらけだったが、わずかに自分の魔力を通せば何のための魔法陣かは明らかになった。


 一部は勿論この地の隠蔽に使われている。


 どうするか、と躊躇ったが、遠くからじりじりと近づく気配に気が付いた。


 魔力蛍を飛ばせば、それは大きな蛇だった。

 スピードからして小一時間でこちらへ到着するだろう。


 面倒だな、と思った。



 意を決して魔法陣の上に立った。




 中央の魔核の周辺に描かれた魔法陣が浮き上がった。



 同時に林の隠蔽が解かれた。





 そして静音の姿が消えた。




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