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『浄化の旅覚書』は読み物として面白かった。
眉唾や創作と思われているのはそのせいでもあるようだ。
渡り人トーヤはこの国の神殿に現れた。
そのころ神器は神殿にあったらしい。
祈ったのは神官で、王族もいたが、魔導士はいなかった。
今と同じ魔沼があちこちにでき、「影の魔獣」が徘徊し、森は奥の方から瘴気が満ちはじめ、「魔が極まった」と神官は言った。
戸惑うトーヤを、神官はまず魔沼へ案内し、「これが魔である」と示した。
トーヤは手をかざし、不可思議な光によって沼を消滅させた。
「間違いなく「力持つもの」であらせられる」と神官は言った。
トーヤは言われるがまま、浄化の旅に出た。
トーヤは魔法もそれなりに使えたらしい。
それも、火、水、風、土と全属性に長け、旅の間もそれらで快適に過ごした。
魔法で火を起こし、飲み水を用意し、一瞬で土を盛ってねぐらを作った。
だが特筆すべきは「神聖魔法」であった。
それはまず、癒しと回復の魔法に似ていた。
だが、光魔法では治癒の及ばない病を治し、怪我は欠損まで瞬時に修復し、果ては死者さえも蘇らせたと言う。
そしてそれが、「神子の条件」であり、唯一神子のみの属性であるのだと言われている。
静音は歩きながら本のページをめくっていた。
学者と剣士が呆れたように見ていたが、歩き読みは子供のころから静音の得意技である。
学校まで三十分以上かけて徒歩で通っていた為、その行き帰りの時間が無駄に思えたからだ。
試験前は暗記しながら歩いたりもした。
時々顔を上げて周囲を確認するのがコツだが、こちらの世界では魔力シールドで身体を覆い、数メートル先に魔力障壁を張っておけば良いので顔を上げる必要もない。
足元が悪くても、見えているようにひょいひょいと歩く。
トーヤは訪れる先々で人々を癒して回った。
どこへ行ってもたいそう喜ばれ、歓迎された。
所で以前聞いた「神の託宣」だが、「旅の覚書」の記述には「なんとなくそれらしき」ものがありはするが、明確には書かれていない。
ただ、旅の途中で夢を見たそうだ。
白い鳥が空を舞い、やがて近づいてくる夢。
鳥は夢の中で何度もトーヤに語りかけた。
「少し先に泉がある」
「このままいくと魔物の奇襲を受ける」
「嵐が来る」
「崖が崩れる」
「雨が三日はやまない」
等々。
それはもう親切極まりない。
旅のナビゲータ的存在であったよう。
静音と違って、少人数の旅だったようで、助かりもしただろう。
---私も少人数が良かった。むしろ一人が良かった。
そうであれば、どんな魔法だって使い放題だ。別にテントを張る必要もない。土魔法で小屋をこしらえてしまえばいい。
魔力操作の練習だって存分に出来る。
そもそも同行している人間のうち、実際に役立っている人間は数えるほどしかいない。
静音からしてみれば、ガイキ以外は必要とも思えなかった。
逃げ出してやろうか。
最近、静音はよくそう思う。
どこへ行くかはともかく、逃げ出して見つからないだけならば可能と思えた。
サービスで魔ははらってやるから、放っておいてくれないかな。
「ねえねえ」
沈黙を破ったのはまたしても学者だった。
「鳥の夢見ない?」
「見ませんね」
「鳥じゃなくてもさ、なんか空から降ってくるとか、地から湧いてくるとか」
「ないですね」
にべもない静音に学者はむーっと口をつぐんでつきだした。
「なんでそう素っ気ないかなあ。仲良くしようよ」
仲良くする必要がどこにある、といつもなら言う所だったが。
「してるじゃありませんか。こうやってお話もしているでしょう」
「え」
学者は一瞬目を見開き、それからぱっと顔を輝かせた。
「仲良い?君にとっては僕たち仲が良いの?」
「私にとってはあなたは大事な情報源ですもの。本も貸してくださいますしね」
学者は途端に肩を落とした。
「君さ、元の世界で友達いた?」
「失礼な。いましたとも」
「本当?なんだか信じられないなあ」
環境が違うのだ、人に対する態度も変わって当然である。
「こちらでは常に警戒して人を疑っていなければなりませんからね」
「そこまでしなくてもいいと思うよ。いや待って、僕も疑ってるの?」
静音はにっこり笑って返した。
学者は両手で顔を覆った。
「信用してよ。僕は少なくとも君に敵意は無いよ。判るだろ?」
「あるのは好奇心ですね?研究バカでいらっしゃるようですし、確かに敵意がないのは判ります」
「でしょ?僕は君を貶めたり、ひどい事したりしないよ」
大事な研究対象ですものね。
静音は心の中で言った。
「そうですね。今の距離感で仲良くしてくださいな」
「ええ~」
学者は不満そうに声を上げた。
静音は笑いながら男の傍を離れた。
遠くに村が見え始めていた。




