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月影映る  作者: 林伯林
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 どん、と地響きがした。



 道の真ん中に、巨大な魔獣が鎮座している。



 突然、何の前触れもなく中空に現れ、そのまま地面に降り立ったのだ。



 隊長が騎士たちにさっと手を振ると、瞬く間に後方の王子が乗る馬車の周囲を固め、数人が前に出た。

 よく訓練されている。


 「見たことが無い魔物だ」


 学者が呟いて、それに静音がはっとした。


 「後ろに下がるか馬車に乗るかしてください」

 「いやあ、珍しい魔物だし、近くで見せてよ」


 暢気すぎる言に、静音はじろりと見やる。


 「責任は取りませんよ」

 「うん、大丈夫大丈夫」


 相変わらずへらへら笑っている。

 静音はそれ以上は何も言わない。


 まずはガイキが剣を抜いて切りかかった。



 魔獣は『魔影』ではなかったので、ガイキの魔力を帯びた剣だけでなく、騎士たちの鋼の剣も通じはした。

 騎士たちは固いものに当たる感触にわずかながら安堵し、そして困惑した。

 魔獣の剛毛に覆われた身体には傷一つついていなかった。


 魔獣は不思議な姿をしていた。

 二足歩行で頭部には真っ黒くねじれた二本の角があり、臀部には太い尻尾が見えた。

 毛皮の下の筋肉は盛り上がり、肩幅は広く、腕も胴体も足もその見上げるほどの上背に比例して驚くほど太くがっしりとしてさながら大樹のようだった。

 足にも手にも鋭い爪が見え、一撃で人は胸を裂かれて吹き飛んだ。


 騎士たちがざわりと浮足立った。


 その途端、後方から炎弾が飛んできた。

 珍しくもアリオが静音から距離のある、魔獣の身体に向かって魔法を飛ばしたのだ。

 魔獣は平然としていた。

 更に大きな炎弾がスピードを増して放たれたが、魔獣はまるで水浴びでもするかのように正面からそれを浴びて見せ、ぷるりと首を振った。

 そしてすっと左手を上げるとそこには先ほど浴びた炎弾と同じ大きさ、同じ威力であろう炎の塊が現れた。

 

 アリオは真っ青な顔をして飛びのいたが、炎弾は足元に着弾し、同時に身体は炎に飲まれた。


 どうするかと考えたが、寝覚めも悪かろうと静音は水を念じ、アリオの頭からぶちまけた。

 炎は消え、衣服がぷすぷすと音を立てていたが、自分の意志で地面を這って後ずさっているようだったので生きてはいる。後は光魔法の娘達がなんとかするだろう。


 そうしている間にもガイキは魔獣に挑んでいた。


 騎士たちの剣と違って、多少は刃も通るようで、薄くとも傷はついている。 

 魔獣の腕が振られる度、ガイキはその大柄な体でひらりひらりと身をかわしていた。

 静音はガイキの身体を魔力視で見たが、その身体は身軽に動く度に輪郭が淡く光っていたので、己の魔力を使って必要な時だけ身体能力、それも部位ごと個別に上げているのを見てとれた。

 修練の賜物だろう。

 静音は素直に感心した。

 特に光っているのは彼の持つ剣の刃。

 そこだけは、他と違って驚くほど赤く、灼熱の光を放っている。

 みているうちに更に色に変化が訪れ、光は白く変わった。

 しかし静音は魔獣の方からも同じ光が発されている事に気が付いた。

 刃が叩きつけられた肩はその光によって覆われた。

 ガイキは刃が沈み込む感触は得たものの、悪い予感がして飛びのいた。

 その後を追うように魔獣の肩からあふれ出した光はガイキを飲み込もうとした。

 咄嗟に静音は魔力糸の束でガイキを包み、引っ張って光の影響範囲から遠ざけた。

 

 はた目には、ガイキが一瞬のうちに移動したように見えたことだろう。


 ガイキ自身も何が起こったのか判らない顔をしていたが、己が無事であること、そして魔獣がいまだ健在であることを見て、全てを後回しにする事に決めた。

 魔獣は切られた肩を修復していた。

 あの光はガイキのそれと同じに見えたが、攻撃と修復を同時に行うのか?


 静音は隣にいる学者を見る。

 多少青い顔はしていたが、大して怖がっているようにも見えない。

 「魔法の属性というのはその人生来のもので変えようはないんでしょうか」

 「え、なんだって?」

 「例えばアリオは火しか攻撃に使いませんが、それ以外の攻撃は出来ない?」

 「ああ、そういう話か」

 学者はアリオがいた方を見やったが、既にどこかへ運ばれでもしたのかそこにはいなかった。

 「人が持って生まれる属性は決まっていて、変わることはないね。複数属性の持ち主もいるけれど、結局得意なものばかり鍛錬するから、複数属性持ちでそのどれもに秀でている人というのは滅多にいない」

 静音はそれを聞いて不思議に思う。

 何故なら、そこらじゅうにあるように思える魔力は呼び寄せただけの状態では何の属性も示していないからだ。

 静音次第でいかようにでもどのようにでも変化する。

 そういうものであるから。


 『人』という器官を通すと、魔力は変質し、一つの属性を示すようになる……?

 例えば『人』が魔力の出口と考えると、出口の形が人それぞれ違うということか?

 この世界の人間は今のところ自らの内部からしか魔力の発動が出来ない。すなわちその出口の形の魔法しか生じさせることができない。

 制限がかかっている状態なのか。


 「火の魔法は派手だからね。攻撃力も高いし、大体の人間は火属性があると喜ぶし、そればかり訓練する」

 「なるほど」

 アリオも火魔法ばかり練習したのか、それしか適性がなかったのか。

 「所であの魔獣、火属性の魔法が得意なようですが、火に火をぶつけても意味が無いのでは?」

 静音の言葉に学者は苦い顔をした。

 「その通りだ。同じ属性同士で戦うなら、魔法の習熟度が高い方が勝利する」

 習熟度。それは強さとかそういう事だろうか。

 ではレベルと考えて良いのか。

 静音は首をひねる。

 「水が得意な人がいればいいのでは?」

 「生憎と水は攻撃にあまり向かないと思われていて、いても習熟度が低い者しかいない。私もそうだ」

 学者の口調が固いものに変わっていることに気が付いた。

 流石に危機感を感じているらしい。

 静音はぐるりと周囲を見回した。

 誰しもが手をこまねいて見ている。

 王子の馬車とそれを守る騎士たちはじりじりと後方へ下がりつつさえあった。

 光魔法の令嬢たちとその馬車も同様だ。

 なんとかしようと戦っているのはガイキのみだ。


 静音は少し考え込んだ。

 そしてさっと走り出す。 

 「え、ちょっと待って!」

 学者が後方で慌てた声を上げたが、構わず、たった今ガイキが一撃を入れて飛びのき、着地する場所までたどり着いた。

 「何で来た!下がってろ!」

 ガイキは怒鳴ったが、息が上がっていた。

 「騙されたと思って、これ使ってみて」

 静音は構わず、自分の腰の細剣を抜いた。

 「水」と念じると魔力視の下、刃は眩い青に光った。

 ガイキは一瞬目を眇めたが、何も言わずにそれを受け取った。

 渡してしまうと、炎弾を避け、攻撃圏より一歩外側へ下がる。

 ガイキは己の剣を背中に戻し、その大柄な身体にはいささか不似合で頼りなくも思える細剣を右手に持って再び魔獣に飛びかかった。

 すっと、見た目には、剣先で撫でたようにさえ思えた。

 しかし静音の魔力視は、青い軌跡が空間ごと魔獣の身体を、すっぱり分断したのをはっきりと捉えた。


 ガイキが着地し、遅れて魔獣の身体が二つに分かれて倒れ伏した。


 一瞬、沈黙が流れた。


 そして、わっと人々がガイキの周りに集まった。



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