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月影映る  作者: 林伯林
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 数百年前の渡り人は男性だったようだ。

 というより、今までの渡り人は全て男性だったという。

 いずれも『神聖魔法』を発動し、魔をはらい、瘴気を浄化し、それらが済むと神殿に入って神子として死ぬまで務めたと。

 神聖魔法のうちには「託宣を聞く」能力もあり、「神の声を聞く」という。

 それにより神秘性はより増し、人々の信仰の的となったという。

 渡り人はいずれも若く、容姿に優れ、死ぬまでその姿を保ったそうだ。


 学者に渡された資料をざっと読むと大まかにはそういう事が書かれていた。


 「どう?そろそろ神の声は聞こえない?」


 興味津々というように学者---アディトリウスというそうな---は話しかけてきた。


 先ほど王子たちの馬車に引っ張り込まれた所でそう迫られ静音は閉口した。


 「聞こえませんよ。申し訳ありませんね」


 むすっとしたまま答えた。


 「外に戻してもらえませんか。悪目立ちしたくないんですよ。魔導士のお嬢さんたちにこれ以上嫌われるとおざなりな治療さえしてもらえなくなるでしょうし」

 「大丈夫だよ。そういう時は王子殿下が「治せ」って命令してくださるさ」

 「そういう問題ではないんですよ。あなた方ずっと私を見ているわけではないでしょう。ああいう手合いは人目が無い時を上手に選んでそれは見事に嫌がらせしてくるものなんです。折角普段は目立たないように過ごしているのに、私の平穏は台無しです」

 「それは済まないね」

 王子は少しも悪く思っていなさそうに詫びてきた。

 その一言で今回の馬車への同乗は王子の思いつきである事が判明した。

 「貴族社会というのは大なり小なり足の引っ張り合いで成り立っている所もあってね。彼女たちはそういう駆け引きに首までつかっているのだよ」

 「ここは社交場ではありません」

 それを聞いて王子は笑い、宰相の息子は興じるような目を向けてきた。

 やめてほしい。

 「ここにいる人達は全て果たすべき職務の為に同道していると考えていたのですが違うのですか」

 「いや違わないよ」

 「ではきちんと仕事してもらわねば」

 「そうだね」

 静音は溜息をついた。

 「私がいた世界では、仕事をないがしろにするような人はクビ……雇用契約を破棄されて職場を追われても仕方ないと考えられていました」

 「こちらでもそうだよ」

 「貴族女性は違うようで」

 「考え方による」

 「は?」

 「彼女たちが加わってくれた事でその生家から潤沢な資金が得られた。その対価として彼女たちは名誉を得る。多少の軋轢は目を瞑るさ」

 「給金は発生しないのですか?」

 「勿論それなりの給金は支払っているよ。まあ生家からの寄付に比べれば微々たるものだけれど」

 「なるほど……」

 要するに彼女たちは仕事をしてもしなくても別に構わない存在であるのだ。

 「判ってもらえたかな」

 「私には関係ない話ですけれどもね」

 「関係ないかな」

 「ないでしょう」

 「君の旅の資金もそこから出ているのだけれどもね」

 「私がいつ旅に出たいと言いました?」

 王子は黙った。

 「そもそもこちらに呼んでくれとも言っていません。私には何の利もないんですよ」

 「すまないね」

 「勝手に呼びつけておいて、無理やり危険な事をさせて、「すまないね」でおしまいにされる身にもなってください」

 「不敬だよ」

 宰相の息子が横から口を出した。

 「私はこの国の人間ではありませんよ」

 無条件に従う義務は本来は無い。

 「困っているというから、仕方なくこの馬鹿馬鹿しい旅に付き合っているのです」

 喜んで参加しているとでも思っていたのだろうか。信じがたい。

 資金の出所など知った事か。

 「命が惜しくないのか」

 王子は不意に笑みの種類を変え、低い声で言った。

 「惜しいからここにいますが」

 逆らえば殺さんばかりの面々だった。アンナ以外は。

 「では言葉にも気を付けることだ」

 静音は鼻で笑った。

 馬車の扉に手をかけて押し開く。

 「肝に銘じます」

 ひょいと飛び降りた。

 魔法で徒歩のスピードに抑えられているのだ。魔力でほんの少し滞空時間を延ばせば簡単に着地できた。

 「ごきげんよう」

 呆気にとられたような顔をしてこちらを見る面々の鼻先に叩きつけるように扉を閉じた。


 と、窓が開いた。


 「待ってよ。僕はもっと話したかったんだよ」

 学者が空気を読まずにのたまった。

 「では歩いたらいかがです」

 静音は呆れてそう言った。

 「私はその馬車にはもう頼まれたって乗りませんよ」

 「うう……わかったよ」

 もう一度扉が開いた。


 そして学者が飛び降りてきた。

 

 「ちょっと!」

 驚いて手を伸ばしたが、その前にガイキのたくましい腕が、がっしりと学者の胴体に巻きついた。

 そのままでは確実に地面を転がって怪我の一つもしただろう学者はへらへらと笑いながらガイキを見た。

 「いや、ありがとう」

 なんとも気の抜ける表情だった。

 「無茶しないでくださいよ」

 静音は大きく息をついた。

 「心配してくれたんだね」

 学者は嬉しそうに言ったが静音は渋面をこしらえて見せた。

 「びっくりしただけです。そんな細い体で勢いよくこけたら骨折しますよ」

 「うん。いや大丈夫だったろう?」

 「ええ、ガイキのおかげでね」

 ガイキはそっと学者の身体を地面におろすと肩をすくめた。

 「目の前で怪我されても気分悪いしな」

 「ありがとう、ありがとう」

 学者はそう言って静音に向き直った。

 「さて話をしよう」

 「神の声は聞こえませんよ」

 「それはさっき聞いたよ」

 くすくす笑いながら楽しそうに学者は首を振った。

 「あのね、君の世界の教育ってどんなだったの?学校って行った?」

 「行きましたね。私の国では憲法で子供には教育を受ける権利が保障されていましたし」

 「え、それはすごいね」

 「教育を受けさせるのは保護者の義務なんですよ。義務教育と言って、最低九年は学校に行きますね」

 「へえ。どんな勉強するの?」

 「国語、数学、こちらではどういう分類になるのか判りませんが、理科、社会……」

 静音は尋ねられるがまま答え続けた。


 ガイキはほっと息を吐いた。

 馬車の中でどんなやり取りがあったのか、静音が飛び出してきた事でなんとなく想像がついたからだった。




 王子は馬車の窓から学者と静音のやりとりを見ていた。



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